自転車の荷台で「ほなー」 元野良猫「ぽんた」隣町の病院へ(22)
A子さん夫妻が家に来た二日後、私はぽんたを入れたキャリーバッグを自転車の荷台にくくりつけ、教えてもらった病院へ向かった。
(末尾に写真特集があります)
病院は隣町にあり、自転車では15分近くかかる。交通量の多い車道を走り、踏切や混雑する駅前を抜け、商店街を通る。現在通っている病院までは、住宅街を抜けて3分。これに比べると、遠い。
荷台のぽんたは道中、「ほなー、ほなー」と鳴いた。いつもの5倍の時間この「ほなー」を聞き続けるのかと思うと胸が痛んだ。信号や踏切などでときどき止まり、自転車から降りてキャリーバッグをのぞく。こちらの心配をよそに、ぽんたはのびあがって行き交う車や人を興味深そうに目で追っている。
商店街の一角にある病院の、明るく広々とした待合室には、平日の午前中にもかかわらず待っている人が何人もいた。若く元気な看護師さんが、なじみらしい飼い主とくだけた雰囲気で話をしている。
A子さんの紹介でセカンドオピニオンを受けにきた旨を伝え、問診票に記入をし、呼ばれるまで待つ。ぽんたは、キャリーバッグの中で香箱を組んで目を細めている。知らない病院だからといって特に動じる様子はない。
診察室に呼ばれて入ると、私よりはひと回り若いと思われる男性の院長先生が「はじめまして」と迎えてくれた。A子さんの情報によると、都内の大きな病院の勤務医を経て1年前に独立開業、若いが多くの症例を診た経験があり、最新医療の知識や技術を持ち、海外研修にも積極的、とのことだった。
私は、過去4回のぽんたの血液検査結果表のコピーを提示した。そして「腎臓の数値が上がっているのに、リン吸着剤を与えてときどき皮下輸液という、これまでと変わらない治療を続けるだけでよいのか」という疑問を口にした。
先生は、少し間を置き、
「現在の腎臓がどのような状態かを、血液検査以外の検査からもみる必要があるかもしれませんね」と言った。
「ぽんたちゃんの場合、数値が上がった原因は腎臓病悪化のためだとは思いますが、腎結石や腎のう胞など、他の病気の場合もありえますから」と続けた。
尿検査で尿の濃さを調べたり、超音波検査で腎臓の形や大きさに異常がないか、腫瘍や結石などがないかを診る。これらの検査結果を組み合わせて総合的に診断し、治療方法を決めることが望ましい、とのことだった。先生は本を広げ、腎臓病の猫の腎臓と、健康な猫のそれとを比べて見せながら説明した。
また腎臓病が進むと、腎臓に血液を大量に送り込んで老廃物を濾過しようとするため、高血圧になるという。
「高血圧が続くと腎臓に負担がかかり機能が低下します。それを抑えるために、血圧を下げる薬を処方することもありますね。できる限り腎臓へのダメージを減らすことで、猫ちゃんは長く生きられるようになります」
ぽんたは腎臓病になってからは尿検査をしていないし、超音波検査を受けたことはない。
当のぽんたは、診察台から降り、勝手に探検をしている。通りに面した診察室の壁の下方には丸い小窓が3つあり、通行人の足元や通り過ぎる自転車の車輪が見える。くるくる変わる光景は定点観測動画のようで面白い。ぽんたはしばらく「動画」をながめると、私を振り返り「なあー」と機嫌よく鳴いた。
この病院でぽんたを診てもらいたい、と思った。
「お願いします」という言葉がのどまで出かかった。しかし「そのような方向で、かかりつけの先生と相談されてみてはいかがでしょうか」と先生が言ったので、とりあえずお礼だけ口にして、ぽんたを連れて病院を出た。
今、通院中の病院には、野良猫だったぽんたを診てもらったという恩がある。治療に疑問があるからといって質問もせず、何も相談しないまま、他の病院に移ることはためらわれた。
帰宅してツレアイにことの経緯を話したところ、あっさりとした反応が返ってきた。
「なんで検査をしなかったの。わざわざ連れて行ったんだから、検査だけしてもらえばよかったのに」
それで気が楽になった私は、その日の夕方、再びぽんたを荷台にくくりつけ、隣町の病院へと向かった。
【前の回】野良猫「ぽんた」久しぶりの血液検査 ぬぐえないモヤモヤ感(21)
【次の回】夜中に突然「あーうー」 元野良猫「ぽんた」尋常でない鳴き声(23)
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