沈黙の臓器と呼ばれる肝臓病について知っておこう(c)gettyimages
沈黙の臓器と呼ばれる肝臓病について知っておこう(c)gettyimages

犬の肝臓病は原因がわからず完治も難しい 発症して亡くなるまで飼い主ができること

 いつかやってくる愛犬、愛猫との別れに備える連載『病状別 犬猫の最期』。第7回は、犬によく見られる肝臓の病気です。犬は人や猫では比較的少ない胆囊(たんのう)や胆管の病気も発症するのが特徴です。

「肝臓病は発生原因を特定するのが難しく、完治を目指せる治療法も確立していない病気が多いのです」と田園調布動物病院院長の田向健一先生。原因よりも優先すべきは治療ですが、飼い主さんは原因の究明にとらわれがちだとか。沈黙の臓器と呼ばれる肝臓病について知っておきましょう。

 第1回はこちら
愛犬、愛猫を穏やかな最期へ導くために飼い主ができること

犬が肝臓病になっても症状が出ない

 肝臓は生きるために欠かせない働きをしているので、非常に高い再生能力をもつ臓器です。肝臓が「沈黙の臓器」と呼ばれる理由は、再生能力があだとなり、犬が病気になっても症状が出ないまま進行してしまうから。異変が現れるのは肝機能の75%が機能しなくなったころです。

 肝臓とつながっている胆嚢や胆管の病気をまとめて肝・胆道系疾患ともいいます。それぞれに重要な役割があるので病気になってもある程度は持ちこたえてくれますが、少しずつ働きが悪くなっていきます。

[肝臓の働き]
・体内の有毒物質を解毒する
・脂肪の消化を助ける胆汁を分泌する
・栄養素を作り替えて全身に送る
・血液を固める凝固因子をつくる
・エネルギー源を蓄える

[胆嚢の働き]
・胆汁をためて濃縮する
・脂肪の消化を助けるために胆汁を送る

[胆管の働き]
・肝臓から胆嚢へ胆汁を送る通路になる
・胆嚢から小腸へ胆汁を送る通路になる

犬の肝臓病は原因の特定が難しい

 犬によく見られる肝臓の病気の大まかな割合は、慢性肝炎が7割、胆嚢・胆管の病気が2割、急性肝炎が1割です。肝臓がん(腫瘍・しゅよう)に関してはこちらを参考にしてください。

 肝臓病の早期発見には健康診断の血液検査で肝酵素(ASTALP)を調べる方法が有効です。もし異常があれば超音波検査や生検検査(肝臓に針を刺して細胞を採取する検査)を行います。肝臓病の難しいところは、検査をしても原因の特定が非常に難しいこと。最も多い「慢性肝炎」でさえ病名には「肝臓にずっと炎症がある」という意味しかなく、原因がわからないことが多くあります。

 ただ、本連載の初回でお伝えしたように原因がわかっても病気は治せないので、飼い主さんと獣医師で必要な治療を行うことが重要です。

べトリントン・テリアやコッカー・スパニエルは遺伝的に慢性肝炎を引き起こしやすい(c)gettyimages

犬に多い肝臓の病気(1)慢性肝炎

 犬アデノウイルス1型などのウイルスやレプトスピラなどの細菌の感染、毒物の摂取などによって肝臓に炎症が起きる病気です。混合ワクチンの接種でウイルス感染による発症リスクを減らせます。原因の特定は非常に困難で、ウイルス・細菌感染も偶然起きるケースが大半。若い犬でも発症することがあります。

 べトリントン・テリアやアメリカン・コッカー・スパニエルは、遺伝的に銅を排出する機能がないため、肝臓に銅が蓄積して慢性肝炎を引き起こしやすい犬種です。

【症状】
初期
・症状がない(血液検査でわかる)

中期
・食欲がなくなる
・嘔吐(おうと)
・下痢

末期
・黄疸(おうだん)が出る(白目や歯ぐき、皮膚が黄色くなる)
・腹水がたまる

 食欲不振はさまざまな病気の症状ですが、血液検査をすれば病気の臓器をある程度、特定できます。慢性肝炎が長く続くと肝臓が硬くなる肝硬変の状態になります。血液の流れが悪くなって血管内の圧力が高まり、血液の水分が血管の外へ染み出して腹水がたまるようになります。血管内の水分を保持するたんぱく質の一種であるアルブミンが、肝臓で十分に作れなくなることも理由です。

【治療】
初期~中期
・食事療法食
・投薬
・サプリメント

末期
・中期と同じ
・腹水がたまる

 肝臓病の薬やサプリメントは肝臓の働きをサポートするもの。細菌の感染が原因であれば抗生物質を投与して治ることもありますが、すっきり治らないほうが多いと感じます。良質なたんぱく質・低脂肪の食事療法食も並行して行います。腹水がたまったときは利尿剤を投与して余分な水分を尿として排出させるなど、そのときの症状に合わせた対症療法が中心です。

【自宅でのケア】
・食事療法食を食べさせる
・処方された薬やサプリメントを飲ませる

 肝臓病には食事療法が重要です。食事は少量を数回に分けて食べさせ、食欲が落ちた犬が食べたがる嗜好性のよいものを与えましょう。栄養バランスを崩さないように、主食の10%程度の良質な低たんぱく質・低脂肪(鶏肉や白身魚など)の食材を与えるのも一案です。

初期~中期ではサプリメントでサポートする(c)gettyimages

犬に多い肝臓の病気(2)胆嚢粘液嚢腫

 胆嚢粘膜嚢腫(たんのうねんまくのうしゅ)は、肝臓から分泌された胆汁が胆嚢でドロドロの粘液が溜まってしまい、胆管をふさいでしまうことがある病気です。濃縮した胆汁や胆石(胆汁が石になったもの)が胆嚢の内側を刺激して炎症を起こし、粘液を過剰に分泌させてしまうことがきっかけになるといわれていますが、はっきりした原因がわかっていません。

 中高齢の犬の発症が多いため、老化によって胆嚢の動きが悪くなったり、免疫の低下でウイルス・細菌に感染したりすることで発症する可能性もあります。

 遺伝的に脂質代謝異常があるシェットランド・シープドッグ、アメリカン・コッカー・スパニエル、ミニチュア・シュナウザーに比較的よく見られます。

【症状】
(1)の慢性肝炎と同じ
 胆汁が流れなくなるので肝臓にも悪影響を及ぼし、慢性肝炎などの病気を引き起こします。

【治療】
(1)の慢性肝炎と同じ
・手術で胆嚢を摘出する

 中期以降は外科手術で胆嚢を摘出する方法もあります。愛犬が胆嚢粘膜嚢腫と診断されたら、定期的に超音波検査で状態を見ておくことが大切です。手術の時期についてはかかりつけの動物病院とよく相談しましょう。

【自宅でのケア・予防】
(1)の慢性肝炎と同じ
 ・腹部に強い刺激を与えないように注意する

 胆嚢が破裂すると犬の命に関わる腹膜炎を起こします。胆嚢が大きくならないうちに手術を検討しましょう。

胆嚢粘液嚢腫は免疫の低下でウイルス・細菌に感染したりすることで発症する可能性がある (c)gettyimages

犬に多い肝臓の病気(3)急性肝炎

 毒物(カビやキシリトール)の摂取や、ウイルス・細菌感染が原因で急激に肝臓に炎症が起きます。キシリトールは犬の体重1kgあたり0.1g以上を摂取すると中毒を起こす危険が。家庭によくあるキシリトールガムも急性肝炎の原因になるので、犬が届かないところに置いてください。

【症状】
(1)の慢性肝炎のすべての症状が急激に現れる
・吐血
・血便

 肝臓が急に悪くなり、肝臓病の症状が一気に現れます。急性肝炎から派生して出血傾向を示す播種(はしゅ)性血管内凝固症候群(DIC)が現れる重篤な状態になると、犬を助けられないかもしれません。播種性血管内凝固症候群とは、何らかのきっかけによって全身で血液を固める凝固が亢進し、血液中の凝固因子をすべて消費します。すると今度は血が固まらなくなり、あちらこちらから出血が始まります。

【治療】
・制吐剤の投与
・抗生物質の投与
・点滴治療
ただちに動物病院に入院してもらい、そのときにできる治療を行います。

【自宅でのケア】
・皮膚に内出血など見られたらすぐ動物病院へ
播種性血管内凝固症候群による出血が始まると、命を落とす可能性が極めて高くなります。皮膚に紫斑などの症状が現れた時点ですぐに動物病院を受診してください。

キシリトールガムは急性肝炎の原因になるので注意が必要(c)gettyimages

肝臓病の犬の亡くなり方

 犬は肝臓病の末期になると肝臓・胆嚢・胆管の機能が著しく低下し、冒頭で解説した生きるために必要な働きができなくなります。犬は体内に有毒物質がたまって気持ち悪さを感じる状態が続き、食べられなくなり、徐々にやせていきます。慢性肝炎の場合、犬の最期は老衰に近い死に方です。腫瘍ができている場合は別ですが、おそらく痛みはあまりないと思います。

 犬の胆嚢粘液嚢腫も慢性肝炎に近い死に方ですが、もし胆嚢が破裂した場合、胆汁がおなかの中に出て腹膜炎を起こして亡くなります。激しい痛みを伴うので、緩和のためにもすぐ動物病院を受診してください。

 急性肝炎は急激に症状が出て悪化していくので、ただちに動物病院に犬を入院させて治療を行いますが、播種性血管内凝固症候群になったら救えないことが多くあります。一気に重篤な状態になるので、犬は意識がもうろうとした状態でつらさは少ないと思います。「入院したからには治って帰れる」と思う飼い主さんが多いのですが、犬がそのまま亡くなることも少なくありません。

変わらない日常を送るために、変化があればすぐ動物病院へ (c)gettyimages

肝臓病になったら目の前の犬を見て必要な対処を

 犬の肝臓病はそのときの症状や体調に合わせた治療を行いますが、血液検査で肝酵素の数値が高いまま、時間とともに症状が悪化していくケースが多いと感じています。「原因がわかれば治療ができるのでは」と期待して検査を繰り返す飼い主さんもいますが、じつは特定できたとしても治療は変わりません。犬に負担をかけて治療を行う必要があるのかどうか、獣医師とよく相談しましょう。

 肝臓病になったら、目の前の犬を見て対処することが重要です。日ごろから犬をよく観察し、変化があればすぐ動物病院を受診してください。犬を守るための基本的なことが犬の苦しさをやわらげ、変わらない日常生活を1日でも長く送る助けになります。

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監修:田向健一(たむかい・けんいち)
獣医師。幼少期からの動物好きが高じて、学生時代には探検部に所属時、アマゾンやガラパゴスのさまざまな生き物を調査。麻布大学獣医学科卒業後、2003年に田園調布動物病院を開院。『珍獣ドクターのドタバタ診察日記: 動物の命に「まった」なし! 』 (ポプラ社ノンフィクション)をはじめ、犬猫およびエキゾチックアニマルの飼い方に関する著書多数。田園調布動物病院
金子志緒
ライター・編集者。レコード会社と出版社勤務を経てフリーランスになり、動物に関する記事、雑誌、書籍の制作を手がける。愛玩動物飼養管理士1級、防災士、いけばな草月流師範。甲斐犬のサウザーと暮らす。www.shimashimaoffice.work

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この連載について
病気別・犬猫の最期
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