ハチワレ猫をついに保護 人生初の動物病院へ、汗びっしょり(7)

 その日の夕方、仕事をすませた私は、キャリーバッグを自転車の荷台にのせ、アパート前に戻ってきた。

(末尾に写真特集があります)

 いつものように足元にすり寄ってきたハチワレ猫の横に、そっとキャリーバッグを置いた。ハチワレは特に警戒する様子はない。

 アパートの住人に「猫を引き取ります」と宣言したことと、ハチワレが脚を怪我していたことは好都合だった。

 飼い主のいない猫だとはっきりしているとはいえ、路上の猫を捕まえようとする行為は、窃盗と映らなくもない。もし、通りがかりの人に不審がられ、声をかけられたとしても「猫を保護するのです。アパートの人にも話をしてあります」と堂々と言うことができる。

 また、脚を怪我したことで多少身動きが不自由になっている今なら、抱えてキャリーバッグに入れることも容易に思われた。

 私は小さく深呼吸をし、キャリーバッグの上部のふたを静かに開けた。インターネットの動画サイトなどで見た「猫の正しい抱き方」通り、わきの下に片方の腕を入れて抱き上げ、もう片方をお尻の下に当てて支え、ペットシーツを敷いたキャリーバッグの底に下ろした。そのまま上のふたをパタンと閉めた。

 とたんに、ハチワレは「ナオーン」と、これまで聞いたことのないような、犬の遠吠えにも似た心細そうな声で鳴き出した。焦りと緊張で顔が熱くなるのを感じながら夢中でキャリーバッグを荷台にくくりつけると、自転車にまたがり、動物病院へと向かった。

 病院までは300メートルほどの距離なので、あっという間に到着するはずだった。しかし、自転車をこぎ出してほどなく、荷台にしっかりとキャリーバッグが固定されていないことに気がついた。慌てて自転車から降り、ひもを巻き直そうしたが、気が急いてうまくいかない。その間ハチワレは鳴き続け、すれ違う人は視線を向ける。

 結局、右手でキャリーバッグを押さえ、左手で自転車を押しながら病院に向かった。たどりついたときには、背中にびっしょりと汗をかいていた。

病院の待合室にて。(小林写函撮影)
病院の待合室にて。(小林写函撮影)

 病院の受付で名乗り、野良猫を保護したので検査をして欲しい旨を伝えると「先日お問い合わせいただいた方ですね」と看護師さんは覚えていてくれた。待合室で待つ間もハチワレは絶えず細い声で鳴いている。

 名前を呼ばれ、診察室に入り、促されるままにキャリーバッグを診察台の上にのせる。私は、ハチワレが生活していた環境や、保護した経緯を説明した。40代前半と思われる男の先生は、「じゃあ、診てみましょう」と言い、キャリーバッグの前の扉を開けてハチワレを引っ張り出した。ハチワレは、抵抗することなくされるがままになっている。

「男の子で、去勢済みですね。お外で暮らしていて1年ですか。まだ若い猫ちゃんなのかな」

 先生は言い、ハチワレの口を開け、のぞき込んだ。

「歯がほとんどないですね。しかも歯周病がひどい。この歯の状態からみて、5歳は超えていますね、毛づやから推察すると10歳まではいってなさそうなので、78歳でしょう」 

 私は少しがっかりした。若い猫だったらいいなと漠然と思っていたからだ。猫の78歳は、人間でいえば40代なかば。私とほぼ同年代だ。

 怪我をしている脚に関しては、他の野良猫とケンカをして噛まれたものだという診断だった。消毒をし、抗生物質を投与すれば数日で治るだろう、とのこと。

 

診察台のハチワレ。(小林写函撮影)
診察台のハチワレ。(小林写函撮影)

 次は血液検査だった。看護師さんがハチワレの脚を押さえ、先生が採血をする。「猫ちゃんの顔を見て、頭をなでてあげてくださいねー」と言われ、ハチワレをなでる。

 わめいたり暴れたりすることなく、おとなしく血を抜かれるハチワレ。

「野良ちゃんだったなんて信じられない。おとなしくて、おりこうだねー」

と、ほめる看護師さん。

 うれしく、誇らしい気持ちが湧き上がってきた。子供を持ったことのない私は、保護者として、誰かに付き添って病院に来たのは人生初のことだった。

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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
猫はニャーとは鳴かない
ペットは大の苦手。そんな筆者が、ひょんなことから中年のハチワレ猫と出会った。飼い主になるまでと、なってからの奮闘記。
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