まるで繭玉だった犬「かい子」 全力で愛することが生きる理由

獅子舞のコスプレをするかい子(斉藤里香さん提供)
獅子舞のコスプレをするかい子(斉藤里香さん提供)

「私の人生で手に入れたものの中で、一番いいもの、大事なものがこの子だな。宝物」。そう語る斉藤里香さん(52)。その横を、愛犬「かい子」(推定8歳、♀)が獅子舞のように歯をカチカチしながらはしゃいでまわる。                    

(末尾に写真特集があります)                               

 かい子が里香さんの家にきて3年になる。

 かい子は、保健所に収容されていたところを、愛護団体に引き取られた。手入れされていない白い毛が全身を覆い、まるで繭玉のようだったという。「かい子」の名は、繭をつくる「かいこ」から。動物愛護団体ランコントレ・ミグノン代表の友森玲子さんに命名されたという。

丸まって眠る様子はまゆ玉のよう(斉藤里香さん提供)
丸まって眠る様子はまゆ玉のよう(斉藤里香さん提供)

 里香さんが「犬を飼いたい病」にかられたのは、2011年ごろ。里香さんの勤める「ほぼ日」の社長である糸井重里さんが飼っているのをみて、うらやましくてたまらなかったという。「犬を飼うのは大変だと思っていたけど、忙しいご夫婦が協力して、楽しそうにお世話しているのが、すてきだなと」。

犬を飼う前から「ペットロス」だった

 仕事の一環で犬を飼うゲームを始めたときも、のめりこんだ。「『死』がないゲームなので、私がゲームをやめるまで終わらない。でもほかの仕事に支障がでるので、泣きながらゲームやめたんです。まわりからは『ペット飼う前から、ペットロス』と笑われていました(笑)」。

 友人の家へ行っては犬をかわいがり、犬を連れている人がいれば、ついて行ったことも。「ちょっとおかしい人と思われていたかも(笑)」。

 犬好きが仕事にも生かされた。フランス在住で、ヨークシャーテリアの「バブー」を飼う、ヘアメイク・フォトエッセイストの女性の連載企画をはじめた。「バブー」に会うのを楽しみに、何度もフランスと日本を行き来した。企画は、内容のおもしろさで、300回を超える長期人気連載となっている。

 かくして、「犬を飼いたい病」は加速する。一方で、飼うことへの不安もあった。「楽しいだけじゃないのも聞いていた。病気や介護、亡くなった後のことを考えるとすぐには飼えないなって。たぶんお留守番もさせるし、飼う資格ないなと思ってました。」

 当時、住んでいたのはペット不可のマンション。「家を建てる間に、飼うための心の準備をしていました」。夫の賢(すすむ)さん(51)と、2011年から家探しを始め、13年に土地を見つけた。

 2015年2月、やっと一軒家が完成した。それまでときどき覗いていたミグノンが開催する譲渡会への参加も、真剣味が増した。「自分たちの年齢や体力を考えると、大きな犬は難しい。でも小型犬がいても、友森さんに『あの子は素人の手には負えないかも』とストップが出て、なかなか出会えないままでした」。

犬を飼って、自由気ままな2人暮らしが一変

 里香さんは、友森さんに信頼を置いていた。「人間よりも、動物の気持ちに寄り添う人。友森さんが勧めてくれる子は、その子自身がこの家に来ることを望んでいるんだ、と思っていました」。何度か通って、やっと友森さんのOKがでた。それが、かい子だった。

 ケージの中で、キャンキャン吠えるかい子に不安はあった。でも、それよりも友森さんの「里香さんちに合うと思う。明るいし。おすすめ」と太鼓判をもらったことが決め手となった。

 5月の連休に2週間のトライアル。いたるところで、おしっこをしてしまうかい子に苦労はしたが「家族になる(正式譲渡してもらう)」以外の選択肢は、ふたりの気持ちにはなかった。

 ここから里香さんたちの生活は変わる。自由気ままな夫婦2人暮らしから、思い通りにならない犬を迎えての生活になった。

斉藤里香さん(左)と夫の賢さん
斉藤里香さん(左)と夫の賢さん

 トイレトレーニングのために、起きる時間は1時間以上早まった。

 かい子は当時5歳の成犬だったため、子犬に比べて、おしっこの機会が少なかった。1回、1回がトイレの場所を教える貴重な機会だ。ただし、里香さんも賢さんもフルタイムで仕事があるため、夕方まで家に帰ることはできない。

 教えるには、起きてトイレをしたいはずの朝しかチャンスはなかった。

 そこで朝5時に起きて、家の中をぐるぐる遊ばせ、おしっこを促す。「そうはいっても、こちらの思うとおりになんて動いてくれなくて。でも出勤の時間は来ちゃうので、あきらめて外に連れて行くと、すぐにおしっこしてしまうこともありました」。

 このトイレトレーニングは、3カ月続いた。トレーニングは散歩にも及んだ。

トイレトレーニング中は部屋のいたるところにトイレシーツがひかれていた(斉藤里香さん提供)
トイレトレーニング中は部屋のいたるところにトイレシーツがひかれていた(斉藤里香さん提供)

 かい子が、どのような家で飼われていたのか、いつ生まれたのかはわからない。ぷにぷにとした肉球、お散歩に出ると足元に絡みついてくる動作からも、散歩慣れしていないのは明らかだった。

 「犬の言葉がわからないから、過去のことは推測するしかないんですけど。どんな生活してたのかな~と考えることはあります」。獅子舞のように歯をカチカチさせる動作も、「吠えるな」と言われて生み出した要求のポーズかもしれないと考えるという。

 「トレーナーさんが言ってたんですけど、犬って『ピュアな利己主義』だと思うんです。お菓子がほしい、遊んでほしい、そういう要求に、答えてあげるのが幸せだなって思うんです。親子でも夫婦でも自立しているから『自分が幸せにしてあげられること』なんて限られているでしょう。だけど、かいちゃんは私に丸投げしてくれている。だから全力で愛情を返さないと、と思う。この子が嬉しいなら、わたし生きててよかった、なんて、大げさなこと思ったりします」

 うれしそうに話す里香さんの足元を、何か言いたげな、かい子のカチカチカチという歯の音が響く。「要求」を伝えるその音が、里香さんを幸せにする。

(伊藤あかり)

<かい子の出身団体>

一般社団法人 動物愛護団体 Rencontrer Mignon(ランコントレ・ミグノン)
ミグノンでは、東京都動物愛護相談センターから犬猫、ウサギなどを受け入れ、動物たちが新しい家族と出会えるように毎月第2日曜日と第4土曜日に譲渡会を開催するなど、さまざまなイベントを企画しています。
住所:東京都渋谷区千駄ヶ谷4-3-5
mail:info@rencontrer-mignon.org
HP: http://rencontrer-mignon.org/

伊藤あかり
朝日新聞のウェブメディアのコンテンツを作る女31歳。9年どっぷり浸った紙の世界から、ウェブへ。趣味はポールダンス。体を柔らかくすることに命をかけている。

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この連載について
幸せになった保護犬、保護猫
愛護団体などに保護された飼い主のいない犬や猫たち。出会いに恵まれ、今では幸せに暮らす元保護犬や元保護猫を取材しました。
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