弱って小さくなっていく愛猫 「つらい、けど、愛おしい…」
元気だった愛猫が体調を崩して、弱っていく。とてもつらいことだが、トイレや食事の介護をすることで、愛しさが増すこともあるようだ。はっきりした診断も出ないまま、弱っていく猫を抱え、1分1秒を大切に暮らしている家を訪ねた。
高層ビルが立ち並ぶ東京都心。そこに建つクラシカルなマンションが、猫「虎千代」(オス、11歳)の住まいだ。飼い主の中山浩子さん(49)に招かれて自宅にあがると、まるで子猫のように小さな虎千代がいた。防寒用の服を着て、紙のパンツをつけている。
「昔とはもう別の猫です。5キロ台だった体重が、今1.85キロしかないんです」
浩子さんが話す前を、黒猫が悠然と歩いていく。同居猫の「龍」(オス、1歳半)だ。虎千代の4倍くらいの大きさがある。
「赤ちゃんだった龍が育って大きくなって、健康だった虎千代が痩せて小さくなって。この数カ月ですっかり大きさが逆転しました」
お花屋さんの小さな猫として、龍をsippoで紹介したのは、一昨年夏。その時に、甲斐甲斐しく保父のように新入り猫の龍を世話する虎千代のことも記した。
だが、今では保父どころか、浩子さんから介護を受ける身だという。龍が抱きつくこともできない。一体、どうしたのだろう。
「昨年の春くらいに、いつも遊びに来る友達から『虎君やせた?』と言われて。確かにその少し前から食欲が落ちて、便秘気味になっていたんです」
お腹にたまっていた毛玉
どこか具合が悪いのだろうか、と心配していた矢先、知り合い宅の猫が突然、毛球症の処置後に死んだ。浩子さんはそれを聞いてハッとした。
龍が来てから、部屋に猫草を置かなくなっていたし、虎千代の抜け毛のケアをほとんどしてこなかった。そもそも虎千代が毛球を吐くのを見たことがなかった。食欲不振の原因は、それではないか、とまず疑ったという。
「血液検査など、あらゆる項目を調べました。もし毛玉がたまっていたら、腸の変形でわかると獣医さんに言われて、エコーやレントゲンも受けたんですが、わかりませんでした」
夏になると、ますます食べなくなり、ウンチも出なくなった。別の動物病院に連れて行くと、獣医が虎千代の肛門から指でかき出してくれたのだという。
「びっくりするほど立派なフェルト状の毛玉が4つ、5つと出てきたんです。しかも色はすべてグレー。自分のでなく、龍の毛でした」
虎千代が、朝から晩まで、龍の毛を舐めてあげた証しだった。手が届く範囲で毛玉をかき出してもらい、獣医から「これが食べられない理由だったかもしれないので、今後きっと食べられるようになるね」と言われ、浩子さんは期待した。
だが、その後も食欲は戻らなかった。
見つからぬ原因、覚めない麻酔
「胃の上の方とかにも龍の毛が張り付いているのかもしれないと思って、半日入院し、全身麻酔をして内視鏡検査もしました。ところが異常はなかったんです」
むしろ、虎千代はその時の麻酔からなかなか醒めず、2日ばかり朦朧として、ひどく暴れ、そこから転がり落ちるように体調が悪くなっていったのだという。
「本当に原因を究明したいならMRIもしないと、と先生に言われたけれど、また全身麻酔が必要だし、抵抗がありました。『ごめんね、治してあげたかったはずなのに……』と。検査しても治療にもつなげられず、虎に申し訳ない思いでいっぱいでした」
浩子さんの葛藤は大きかった。11月に入ると、自身が突発性難聴になり、仕事に出られなくなってしまった。
「18年前の結婚式以来、初めて1週間休みました。神様は私が虎を看取ることができるように、私の耳を悪くしたんだ、と思ったりして。虎はほとんど食べなかったので、長年の猫飼いの勘で、あと数日の命だろうと思いました」
虎千代が家に来てから、これほど浩子さんが虎千代につきっきりで過ごすのは初めてのことだった。その思いに応えようとしたのだろうか、1週間の休暇の間、虎千代が逝くことはなかった。
「そこからは朝、仕事に行くのがつらくて。帰ると『死んでるかも……』と部屋に飛び込み、翌日また飛び込み……。そうして仕事に復帰して、1週間くらいしたときに、帰宅したら虎が“猫柱”に上っていたんです。自分でそこに? と驚きました」
さらに、食事の準備をしていると、自分からフードに近づくようになってきた。虎の「生きること」への意志を感じたという。
「その頃、尋常でない目ヤニが出始めて。もう負担がかかることはしたくない、病院には連れていかないと思っていたけど、虎が生きたいのなら、治療したらいいんじゃない? と思ったんです」
夏の間に別の病院を回っていた浩子さんだが、元々通っていた病院に連れて行った。痩せてしまった虎千代を見て、獣医さんは驚いたような様子で「痩せすぎると、眼球と瞼の間に隙間ができて、細菌が入りやすいんですよ」と丁寧に説明してくれた。目薬を差し、少し脱水があったため点滴をして帰宅すると、虎千代は食事を食べ始めた。
「4か月ぶりに自ら食べたので、号泣しながら友達に“虎が食べた””自分で食べた“とメールしちゃいました。その後ヘルスメーターを買い直して100グラム増えた、200グラム増えた、なんてちょっとの増加で喜んだりしました。目もきれいに治りました」
「たまらなく可愛い」
愛猫の姿が変わることは、耐え難いだろうし、悔いもあるかもしれない。この先の不安もあるだろう。それでも浩子さんは「つらいだけではなく、虎千代が、たまらなく可愛く思える」と前向きに話す。
浩子さんの腕に赤ちゃんのように抱かれる虎千代(2月中旬)
「自分のすることが命に直結するので、重みがありありますね。このごろ同じ場所をくるくる回ることもあるので、脳の問題もあるかなと思うのですが……。この小ささで生きていること自体、奇跡に近いという気もしています」
この先少しでも穏やかに楽しく暮らしたいという。
「さーて、虎、そろそろ寝る?」。おくるみのように毛布ごと抱いた虎千代に声をかけた。
軽く目を閉じていた虎千代は“そうだね”とでもいうように、尾をぱたっと振った。その振り方が、思いのほか力強かった。
僕は、母さんと一緒にいることがすべてだよ。
浩子さんの腕の中、小さな命がそういったような気がした。

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