天国に行きかけた子猫 「天」と名付けられ、先住猫と幸せに暮らす
40歳を過ぎて結婚後、2匹のオス猫を迎えた女性がいます。1匹は教会前に倒れていたところを保護した猫で、もう1匹は飼育放棄された家から迎えた猫。どちらとも不思議な縁で結ばれていたようです。わが子同然の大切な猫への思いを聞かせてもらいました。
教会の前で天国にいきかけていた猫
福岡県のマンションに夫と暮らす会社員の千鶴子さん(57歳)が、リモート取材の画面ごしに2匹の愛猫を紹介してくれた。
「茶白が11歳の天ちゃんで、キジトラの子が推定14歳の久太郎です。性格は違いますが仲良し。“ふたり”とも、来るべくして我が家に来たのかなと思います。まずは若い天ちゃんのほうから話しますね」
11年前のゴールデンウィーク明けの夕方、職場からの帰り道、千鶴子さんはふと思い立って乗っていたバスを降りたのだという。
「いい天気で気持ちが良かったので、途中から歩いて帰ったんです。そうしたら、いつもはバスで通り過ぎていた教会の植え込み前に、小学生が座りこんでいた。何かなと見てみると、子猫が倒れていたんです」
息はあるが目を閉じて動かない。気になったが、千鶴子さんはいったんその場を離れた。
「うちにはその時すでに久太郎がいたし、すぐには決められませんでした。それでも子猫のことが頭から離れず、家に着いてから主人に電話して『倒れてる子がいたんだけど保護してもいいかな』と聞いたんです。そうしたら『そんなに気になるなら』と言ってくれて……」
教会に戻り、子猫をバッグに入れて連れ帰ったものの、やはり動かず水も飲めない。看取(みと)りも覚悟しながら、夫と一緒に夜間病院に連れていくと、状況はやはり厳しかった。
「脱水がひどく、先生に『治療をしたら助けられるかもしれないが、この状況だと助けても障害が残るかもしれません。それでも大丈夫ですか?』と聞かれました。すると私より先に、主人が『お願いします』と答えたので『いいの?』と思ってしまいました」
天ちゃんの前脚はあまりにも細く、点滴の針を刺すのも大変だった。病院に獣医師ひとりしかいなかったため、獣医師に頼まれて千鶴子さんが天ちゃんの前脚を持ったのだという。
「先生が皮膚をつまんで少し切ると細い血管が見えて……1回で針がすっと入ったので『この子は運がいい、助かるかもしれない』と先生がおっしゃったんです!」
名前に込めた思い
先生の言葉通りに、運よく、子猫は助かったわけだが、数日はやきもきしたという。入院しても2日ほどは意識が混濁し、ごはんも食べられなかったからだ。
「翌日面会にいくと保温器に入っていて、これで最後かなと思いながらなでました。でも3日目の夜、友人と夕食していたところに先生から電話が入り、『ごはんを食べました。明日、家に連れて帰れるかも」と。うれしくて泣いてしまい、一緒にいた友人が驚いていました(笑)」
帰宅してから名前を天と決めたが、奇跡的な回復と、奇跡的な出会いが由来だという。
「出会ったのが教会の前で、助けたくてとびこんだ病院の名がたまたま(キリスト教で喜びや感動を意味する)ハレルヤだったんです!まるで神のご加護を受けたみたい。天国にいきかけたけど天から戻り、姿は天使のように可愛い。そして先住猫が久太郎なので、『きゅう』の次は『てん』ということで、天になりました。名にすべてが込められている感じです」
天ちゃんの性格は、繊細で神経質。お客さんが来ると、ぱっと隠れてしまうそう。
そんな天ちゃんを兄のようにリードするのが、先住の久太郎だという。
ひとりぼっちで過ごしていた
「久太郎は、人懐こくて、よく犬っぽいねといわれるんです」
リモート取材中も、久太郎は興味深そうに何度もパソコンに近づいてきていた。だがいっとき、その明るさからは想像できないようなつらい環境にいたようだ。
「久太郎は以前、別の家族と暮らしていたんです。最初は可愛がられたようですが、だんだん状況が変わったみたいで……」
久太郎は元々、福岡県久留米市内の動物病院が家族募集をしていた時に、ある大学生が気に入って実家に迎え入れた。だが就職で家を出た後、部屋に残されたのだという。
「そのお宅には犬もいて、久太郎はあまりかまってもらえず……もっと久太郎のことを可愛がってくれる人を探していたみたいです」
13年前、夫が知り合いのボランティアから「猫が好きならこういう子がいるけど引き取りませんか」と久太郎のことを聞いてきた時、千鶴子さんは迷ったという。もちろん猫は好きだが、今のマンションに引っ越したばかりだったし急な話だったので、「少し考えたいかなあ」と思ったそう。でも夫はいてもたってもいられなかったようだ。
「その相談を受けて間もなく、仕事から帰ったら玄関にキャリーバッグが置いてあり、あれ?と思ったら、奥のほうから久太郎がトコトコと、あたりまえのように廊下を歩いてきたんです。夫が連れてきたのですが、その姿をみて、『可愛い!』と思いました」
久太郎は、前の家で使っていた物を持たされ、Nちゃんという名が書いてあったという。
「それを見た時に泣けてきましたね。名前までつけてもらっていたのに、送り出されることになって……十分に可愛がられてなかったんだろうなと思ったので、前の持ち物をすべて処分し、新しい食器を買い、名前も変えることにしたんです」
夫が家に連れて帰る時に車中で「きゅうきゅう」鳴いていたことと、久留米の一文字をとって、きゅう、ではじまる久太郎という名をつけたそうだ。そこには、「新しい人生(猫生)を長く送ろうね」、という思いが込められていた。1歳をゆうに過ぎていたのに去勢をされていなかった久太郎に、千鶴子さんはほどなくして去勢手術も施した。
中学生の子を持ったつもりで
そのまますくすく育ち、家に来て2年後には天ちゃんも仲間入りし、楽しい生活を送っていた久太郎だが、昨年3月、異変が起きた。口内にできものが見つかったのだ。
「たまたま主人が久太郎と一緒に遊んでいて、顔を触っていた時に気づいたんです。何だろうと言われて口内を見てみると、上の歯茎のところに指先くらいの突起がありました」
かかりつけの動物病院がお休みだったので、別の病院に連れていくと、先生はパッと見てすぐに、「これは腫瘍(しゅよう)です」と言ったそう。
「その後、扁平(へんぺい)上皮がんの説明のコピーをもらいました。そこには、予後が悪いとか、口の中のできものの7割くらいは悪性です、と書いてあり、先生には『切除しても再発の可能性が高いので、どうするかよく考えてください』と言われました」
ちょっとしたできものだと思っていた千鶴子さんは、目の前が真っ暗になったという。
その後いつもの主治医にも診てもらうと、やはり楽観はできない状態だった。
「良性でも悪性でもどちらにしても麻酔手術が必要で……その前に一応検査をしてもらうことにしました。先生からは、『悪性だったら、上手に腫瘍を取れる大きな病院のほうがいいでしょう』と他県の大学病院での手術を勧められました」
結局、山口大学動物医療センターまで足を伸ばし、4月に手術をすることにした。
「ちょうど手術の頃にコロナがすごく増えてきていて、ペットの手術は不要不急だろうか?もし手術が予定通りできなくなったらどうしよう?とものすごく不安でした……」
入院は10日ほどだったが、検査結果がわかるまでに1カ月くらいかかったそうだ。
「腫瘍下の骨まで取って悪性のものがないか調べ、ごはんが食べられるようになってから退院できました。それから2週間くらいして、良性だったとわかったんです」
最悪のことも想定し、看取りまで考えていた千鶴子さんは、うれし涙を流したという。
「久太郎がどんなに大事な存在か痛切に感じるできごとでした。1回分のボーナスを丸々、検査、治療、入院などに使いましたが、その時、久太郎が13歳だったので、『私立の中学に入学した』と思うことにしました(笑)。私たち夫婦は結婚が遅く、子供もいませんし、猫たちはまさに子どもそのものなんですよね」
わが子ふたりが天寿を全うするまで
腫瘍の手術から1年半、久太郎の経過は順調だ。
天ちゃんも落ち着いているので、今年の夏は、子猫の預かりをしたのだという。
「友人が道端で子猫を拾ったのですが、家に病気の子がいるというので、こちらで預かりました。主人はそのままうちの子にしてもいいと思ったようですが……やはり子猫のエネルギーは相当だし目も離せない。今はその子にもよき家族が見つかり、ほっとしています」
じつは子猫を預かった後、天ちゃんの便が出なくなり、声も出なくなったそうだ。
「病院にいくと『ストレスです』と言われたので、やはり天ちゃんはデリケートですね」
自分たちとともに久太郎も天ちゃんもそれなり年をとってきたので、「どうやってみんなで心地よく暮らしていくか」を、夫婦で話すことも増えたのだという。
「今までもいろいろありましたし、これからもまた何かあるかもしれません。でもどんな状況になっても、大事に最期の時まで見守りたいと思っています。それが親(飼い主)の責任ですものね」
優しい笑顔で、千鶴子さんがうなずいた。
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