20歳の猫、「寝たきり」覚悟の大けがを乗り越え、奇跡の快復

2歳違いのミミくんと、ベル(右)
2歳違いのミミくんと、ベル(右)

 飼育環境やフードの向上などでペットも長生きになった。猫の平均寿命は15.04歳(2016年日本ペットフード調べ)。今では20歳(人の100歳に相当)の猫も珍しくはないが、大けがをして不自由な身体になりながら、今も元気に生きる20歳のメス猫「ベル」の軌跡を紹介する。

 

(末尾に写真特集があります)

 

「ベルッ! どうしたの?!」


 昨年7月。朝7時ごろ、自宅2階にある寝室で目覚めた熊谷淳子さん(58歳)は、階下を見て息をのんだ。階段下の廊下に、愛猫ベル(当時19歳)が倒れていたのだ。階段から落ちたのかもしれない。そういえば、明け方に物音がしていた。


 淳子さんは夫の弘行さん(66歳)を揺り起こし、二人でベルをやわらかい布の上に運んだ。ベルに意識はあったが、ぐったりしていて鳴くこともできない。


「獣医さんに診てもらおう」


 弘行さんはベルを入れたキャリーバッグを抱え、動物病院へ急いだ。


 検査を終えた獣医師から「腰の骨折で、寝たきりなるかもしれない」「介護が必要になる」と告げられた……。

 

 

◆ベルは歩いていた

 それから1年2カ月たった今年9月。ベルが健在だという話を聞き、神奈川県横浜市にある熊谷家を訪ねてみた。


 そこで目にしたのは、オムツをつけてはいるが、すたすたと歩くベルの姿だった。同居の猫ミミ(オス、18歳)と一緒に、エサをもりもり食べている。

 

20歳の秋、食欲旺盛
20歳の秋、食欲旺盛

「食いしん坊なんですよ」。にこやかに淳子さんが言うと、夫の弘行さんがうなずいた。


「無事にこの夏、20歳を迎えました。一時はどうなるかと思いましたが、元気です」


 食べ終わると、ベルは向きをかえて、ソファに飛び乗った。座る時は“よっこいしょ”という風に時間がかかるが、毛艶はよく、眼も輝いている。手術をしたのだろうか。


「いいえ、年齢を考えて手術はせず、家に連れ帰ったんです。痛みをとる薬をもらい、流動食とスポイトを用意して、その日から介護が始まりました。猫の介護なんて初めてでしたけど」(弘行さん)


 ベルは、知り合いから譲り受けた元保護猫だった。妻の淳子さんは実家で猫を育てた経験があるが、弘行さんにとっては人生で初めての猫。扱い方がわからず、かつては気性の荒いベルに手を噛まれて血だらけになったこともあった。だが弘行さんは、大けがの後、今まで癒してくれた恩返しだと思い、睡眠時間を削って付き添った。

 

横浜市(元町)で保護された直後のベル
横浜市(元町)で保護された直後のベル

「1階の部屋に毛布を敷いてベルを寝かせ、床ずれしないように数時間おきに家族交代で寝返りを打たせました。慣れない流動食を口に運ぶと、初めは少し嫌がりましたが、生きるために何とか食べてほしいという思いで、スポイトを口に入れました」

 

 

◆階段を上って2階に?

 2日ほどすると、不思議なことが起きた。弘行さんが右に向けたはずの身体が左を向いていた。「動かした?」と妻に聞いたが、「いいえ」と返事が返ってきた。そして1週間ほど経ったころ、ベルの姿が消えた。


「あわてて家中を探したら、なんと2階にいました。長女の部屋のベッドの上に」


 ベルが来た時12歳だった長女は5月に入籍。新居の工事の都合で、今も同居しているが、昼間は保育の仕事をしていて不在だ。ベルは骨の折れた身体で、自力で階段を上ったのだった。


 淳子さんがいう。


「本当に驚きました。でも、また階段から落ちたら大変なので、階段下にガードを置いて上がれないようにしました。ベルは後ろ足をひきずりながら、それから毎日歩くようになったんですよ」


 その生命力に、家族は心を動かされたという。


 長引く介護を予想して流動食を大量に購入していたが、起き上がるようになったベルは体力がみるみる戻り、フードも従来のドライタイプをかじれるまでになった。筋肉もついた。

 

 

◆排泄の介助にも進歩

 ただ、排泄だけは前のようにはできなかった。部屋のところどころに尿を漏らしてしてしまうため、オムツをつけることにした。


「知り合いから、人の新生児用のオムツに、シッポの穴をあけるといいと教えてもらいました。最初はオムツをしているのにトイレに行って、おしっこをしようとしていたので、その姿はちょっと切なかったですね」(淳子さん)


 排便の手助けは、ベルを寝かせた状態でお腹を押すようにする。介助を繰り返すうちに、ベルは“排便は家族と一緒におこなうもの”だとわかってきたらしく、新聞を広げて“うんちタイム”が来ると、静かに横たわり、動かずに便を出すことができるようになった。


 排便介助は2日に1度するが、便が出た後は浴室でお尻を洗い、ドライヤーで乾かす。この間もベルはおとなしくしているという。


 この排泄介助は長女の夕紀子さんが得意で、ベルとの息もぴったり合うのだとか。夕紀子さんによれば、最近のベルは、自分でもお腹に力を入れるようになったので「前よりスムーズにうんちが出る」という。今でも進歩しているのだ。

 

ベルを囲んで 淳子さん(抱かれているのはミミ)と弘行さん
ベルを囲んで 淳子さん(抱かれているのはミミ)と弘行さん

 一度は落ちた体重も戻り、今は2.8キロ、もうすぐ3キロだ。


「以前、食事は日に朝晩2回でしたが、けがの後は朝昼晩の3回食べています。変わらないのは、上から目線の性格かな(笑)。ちょっとでも高いところに登り、ミミを見おろしています。あと、シッポが元に戻ってきましたよ」


 ベルのシッポは、けがの後に(神経が通らないため)だらーんと垂れたままだったが、最近ではシッポが動くようになった。


 弘行さんが、うれしそうに話す。


「この前ミミの爪切りで動物病院に行った時、獣医さんにも報告したんです。『先生に診て頂いた白い猫が復活しました。寝たきりどころか歩き回っています』と。そうしたら、先生もとても驚いていました」


 ベルには類まれな生命力があったのだろうか。家族の願いが通じたのだろうか。確実なのは、この家族のもとで今も幸福に生きている、ということだ。


 帰り際、ベルに「元気でね」と話しかけると、品よく挨拶するように、シッポがゆっくりと揺れた。

藤村かおり
ペットライター。小説等の創作活動を経て90年代後半から、ペットの取材を手掛ける。2011年~2017年週刊朝日記者、2017年からsippoメインライター。丹念な取材と独自の目線から、動物と人の絆、動物と共に生きる人の心をすくい取る記事に定評がある。ペット関連の著書に『長寿猫』『明日にアクセス』など。現在は保護した黒猫、キジ猫と暮らす。

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