愛犬や愛猫を失う悲しみ ディエゴ君の悲報にピンを思い出す

「親のときよりもキツかった」とは、愛猫家の女友達の言葉。私にとって「初めての犬」だったピンが虹の橋を渡っていき、私がしばらく、仕事現場でも涙ぐんでしまっていたのを見た彼女が”経験者の一言“として言ってくれたことでした。
地方の仕事が多い、その女友達は、当時、二匹の猫ちゃんを飼っていました。ある日、仕事から戻ると、一匹の猫ちゃんがいつもとは異なる大きな鳴き声で彼女を出迎えたそうです。嫌な予感がして部屋に入ってみると、もう一匹の猫ちゃんが亡くなっていたのだそうです。その二匹の猫ちゃんの名前をいまだにメールアドレスにしたり、個人事務所の屋号にしている彼女。その思いを聞くたびに、私も泣けてきます……。
彼女が言うように、ピンの翌年、父を見送った私のキツさは、確かに、やや軽めだったかもしれません。最期の一週間、ずっと病院に泊まり込んで身体をさすってあげたり、おむつを替えてあげたり、寝がえりをうたせてあげたりしたことで、「親孝行ができた」という自負。さらに父は87歳という大往生だったことにも、ある意味、納得がいきました。
でも、ピンは、平均寿命より短い一生だったこと。私もピンも「治る」と信じていた病気に勝てなかったこと。やっぱり悔いはありますし、小さな身体で大きな息を懸命に吐いたり吸ったりしながら、最後、私たち家族(夫と妹犬・ココと私)の姿を確認してから息を引き取ったピンの姿は、いまでも決して忘れられるものではなく、思い浮かべるとまた涙があふれ出てきてしまうのです。
ごめんなさい。これはもう何回も書かせていただいていましたよね……。
そんなピンのことをまた、たくさん思い出すことが先日、起きました。
私がミニチュア・ピンシャーを飼う大きなきっかけとなった森泉ちゃんの愛犬・ディエゴくんが17歳で亡くなったのです。
泉ちゃんとはいま毎週水曜日『バイキング』(フジテレビ系)で共演させていただいていて、時折、犬談義をします。ディエゴくんが亡くなる数日前も、泉ちゃんから「ディエゴは、ちょっと変わった姿勢で過ごしている」「床ずれができないように、枕を買ってあげた」などと近況を聞いたばかりでした。
泉ちゃんのブログで確認したところ、顔は、白いものがたくさんまじり、明らかに「おじいちゃん」という風貌。それがまた愛らしく、まだ元気だった頃のディエゴくんとピンが対面した様子を思い出したりもしていました。
泉ちゃん宅と我が家はご近所で、よくクルマでディエゴくんと共にお出かけする泉ちゃんファミリーに、派手にごあいさつをいただいたこともありますし、『犬の佳族』さんというショップを共に利用していた御縁です。
ミニピンに決めたのは夫でしたが、当時、犬が苦手だった私にとって「森泉ちゃんも飼っている」ということは、背中を押してくれる大きな大きな理由だったのです。
ディエゴくんが虹の橋を渡っていったことは、スポーツ紙の記者さんからの電話で知りました。イベントに登壇した泉ちゃんが「実は昨日…」とディエゴくんのことを話し始めたというのです。
17歳という「犬生」を全うしたこと。そして、あんなに忙しい泉ちゃんとディエゴくんが、最期のときを共に過ごせたと聞いて、それだけは良かったと……。
先日、朝日新聞本紙で大竹しのぶさん宅のわんちゃんが亡くなったというエッセーを読んでも私は号泣してしまいました。大竹さんやIMALUちゃん、そして二千翔くんがどれほど可愛がっていたか存じていたので……。
「親のときよりもキツイ」愛猫や愛犬との別れは、友人や知人の話でもキツイし、とても悲しいのです。
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