原宿の街に生きた花屋の黒猫たち 看板猫との出会いと別れ
東京・原宿の神宮前交差点近く、生花店で看板猫をつとめていた2匹の黒猫がいた。イケメンの「ヒロシ」と、可愛い「ユニ」。彼らがいなくなって半年以上たつ今も、その姿が語り継がれている。街に愛され、街に生きた猫だった。
(末尾に写真特集があります)
「ヒロシ、かっこよかったなあ」
別れた恋人に思いをはせるように、生花店「馬鈴花(ばれいか)」(東京都渋谷区神宮前)に勤める中山浩子さん(48)が話す。ヒロシは今年5月、みなに惜しまれながら旅立っていった。
浩子さんがヒロシに出会ったのは13年前。近所の人が引越しの時に置いていき、表参道界隈(かいわい)の外猫になり、やがて馬鈴花に通ってくるようになった。
「うちのオーナーは猫好きで、当時の店には『豆太郎』という猫がいた。ヒロシは豆が好きで会いに来たんです」
この豆太郎は、近所のゴミ捨て場で保護された猫で、先天的に両前足が曲がって大人になってもヨチヨチ歩き。近所の人やお客さんに絶大な人気があった。ヒロシはそんな豆太郎を兄のように慕い、店で一緒に寝たり、時にはとっくみあいのケンカをしたりして、猫同士、強い絆で結ばれ、2匹の看板猫になった。
だが、こんな時間は長くは続かなかった。豆太郎は5歳の若さで、癲癇(てんかん)で旅立った。
先輩に先立たれ、1匹になったヒロシのもとに、ある日ふらりと、小さな黒猫が現れた。それが「ユニ」だった。
迷い猫なのか、捨て猫なのか。首輪もなく、探している人の情報もない。ユニはヒロシになつき、弟子入りするかのように花屋で過ごす時間が増えた。グリーンの瞳のヒロシと、イエローの瞳のユニ。2匹の黒猫を花屋のブログに載せると、大反響となり、遠くから会いにくる人も現れた。雑誌等の取材も何度か受けた。
「ヒロシは看板猫、店長として自覚があり、日課のパトロールがあっても『取材があるよ』と言うと戻ってきました。言葉がわかるのか、空気が読める頭のいい猫でした」
ある日の取材では、こんなこともあった。ヒロシはカメラマンが写真を撮り始めると、プイっと外出してしまった。
「しかたない。それなら店に来たばかりだけど、ユニを代役にするか、と(笑い)。期待しないで寝ていたユニを起こすと、しっかりポージング。日ごろのヒロシを見ていたのかしら」
その時の雑誌『ねこ』の特集には、「黒ねこ店長に憧れて こねこが面接にやってきた!」と素敵な見出しがつけられていた。
クールなヒロシと、天真爛漫なユニ。2匹の黒猫は好対照なコンビだった。
店からの出入りは自由で、日に何度かパトロールに出かけた。住民も、店を営む人もみな2匹を温かな目で見守ってくれた。
「うちの裏を歩いていたよとか、今日は店の前を通らなかったとか、毎日声をかけてもらいました。ユニがご近所の家の前に置かれた火鉢の金魚にいたずらをして、謝りにいくと“猫だもんねー”と許してくださって。あいさつ程度のお付き合いのお隣の方も、ヒロシとユニには優しく、ベランダで昼寝しても怒らず迎えてくれました」
観光客を釘付けにしたこともある。
「あるとき、表参道のキディランドの前の歩道にヒロシが座っていたんです。けっこうな数の人に取り囲まれていて、慌ててヒロシーと呼んだら、知らん顔された(笑い)。店では甘えるのに、表ではツーン。ユニは逆で、表で会うとニャッニャと鳴きながら寄ってきたのに」
月日を経るほどに、浩子さんとヒロシたちとの絆も深くなった。でも、想えば想うほど、複雑な気持ちになるのだった。
浩子さんは自宅から地下鉄で表参道まで通っており、夜から朝までは、看板猫と離れ離れ。ヒロシは主に花屋の店内で寝て、朝、シャッターを開けると伸びをしながら出てきた。ユニは閉店直前に表に出て、次の朝、店の前で待っていたり、シャッターを開ける音で戻ってきたり。目が届かない心配もあったのだ。
特にヒロシの体調は気がかりだった。もともと猫風邪(鼻炎)を持っていて、薬を飲んではおさまり、を繰り返していたが、今年に入って体調を崩す日が多くなり、病院に点滴に連れていくことも増えた。
家に連れて帰ろうか……浩子さんは悩んだ。
そんなとき、ユニに異変が起きた。
(後編に続く)
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