元気にじゃれあって過ごす、子猫3きょうだい(佐藤さん提供)
元気にじゃれあって過ごす、子猫3きょうだい(佐藤さん提供)

避妊手術で来院した猫が出産間近と判明 愛玩動物看護師が下した「子猫を守る」決断

 愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の佐藤越子さんが働く動物病院に、避妊手術のため連れてこられた猫。検査すると、妊娠していることがわかりました。しかし飼い主は予定通り手術を希望。赤ちゃん猫を何とか守りたいと、佐藤さんは獣医師にあることを申し出ます。

(末尾に写真特集があります)

飼い主も知らなかった妊娠

 猫1匹と、3歳違いのキャバリア2匹と暮していた佐藤越子さん。キャバリアたちが、時期をほぼ同じくして調子を崩したことから、2匹同時に介護する日々が始まった。そして2年前の3月と4月、たて続けにこの世を去ってしまったのだ。

 大変だった介護から、突如解放された佐藤さん。

「何もやることなくなっちゃったな」

 そんな心の声を聞きつけた、動物好きの神様が気を利かせたのか。2匹目のキャバリアが亡くなってからぴったり1カ月後の5月、世話の焼ける新たな存在が送り込まれてきた。予想もしなかった、ちょっぴり手荒なやり方で。

 その日、佐藤さんが勤めるゼファー動物病院(東京都八王子市)には、猫の避妊手術の予約が入っていた。来院した飼い主から猫を預かってきた獣医師は、スタッフを前にこう言った。

「この子、多分妊娠してるよ」

 レントゲンとエコー検査をしてみると、画像にははっきりと胎児が写っていた。すでに骨格もできあがり、心臓も動いている。

「これ、あと1週間ぐらい待ったら、産まれてくるんじゃないかな……」

 佐藤さんの心はざわめいた。

 獣医師が飼い主の元へと戻り、状況を説明する。すると飼い主も驚いた。じつはこの猫、もともと地域猫だったのを保護してうちの子にしたという。まさか妊娠していたなんて。

 避妊手術をすれば、胎児は亡くなってしまう。獣医師はこう提案した。

「ここまで育っている状態ですので、子猫が産まれて成長してから、手術をしてもよいのではないでしょうか?」

 しかし飼い主は、母猫の世話だけで手一杯。出産させるわけにはいかないと断った。

 心臓が元気に動いているのを見てしまった佐藤さん、事情はわかるが、飼い主の返事をどうしても受け入れられない。とはいえ、飼い主の意思に反して、帝王切開で勝手にお産させることなどもちろんできない。そこで院長に申し出た。

「摘出した子宮から胎児を出して、もし自力で生きていくのが可能そうな状態だったら、心肺蘇生してもいいですか? あとは私が育てます」

 院長は承諾した。

師長を務める佐藤さん。物心ついた時から家に犬がいて、動物とともに育ってきた(佐藤さん提供)

無我夢中の心臓マッサージ

 この動物病院では、帝王切開をすると、獣医師が取り上げた胎児に対し、佐藤さんたち動物の看護師が必要なケアを施す。そのため、万一呼吸をしていなかった場合などに備え、蘇生のノウハウは心得ていた。

 とはいえ、胎児の安全に万全を期した手術法である帝王切開と、今回の計画では、当たり前だがまるで事情が違う。

 避妊手術のため母猫に全身麻酔をかけると、胎児は眠ってしまう。子宮を摘出し、胎児を引き出した時には仮死状態だ。そこからよみがえらせることなど、はたして自分にできるのか。

 佐藤さんにとって初めての経験であり、自ら蘇生を願い出たものの、自信があるわけではなかった。

 いよいよ手術がスタートした。オペ室から急いで母猫の子宮を受け取ると、佐藤さんとスタッフ数人で力を合わせ、子宮を切り開いて胎児を出した。黒猫が1匹と、キジ猫が2匹の、計3匹の赤ちゃん猫が、目の前に姿を現した。

 間髪をいれず、人工呼吸に着手する。本来なら酸素吸入のためのチューブを鼻に入れたいが、あまりにも体が小さいため、合うサイズがない。そこで、ビニール袋に酸素を満たし、鼻と口を覆って体内に酸素を送り込む。指で心臓マッサージもするが、寝てしまった胎児たちは反応を示さない。

「もうダメなのかなあ」

 検査ではたしかに心臓が動いているのを確認したけれど、出産時期にはまだ早く、呼吸器が完全には出来上がっていない可能性もある。もしそうなら、母体から離されれば、生きていくのは不可能だ。

 手応えが感じられないまま、懸命の措置(そち)が1時間ほど続いただろうか。やがて……。

「自分で呼吸し始めた!」

「ちょっと動きが出てきたねえ」

「ミィーって鳴いた!」

 佐藤さんたちの手の中で、一度は消えかけた命が戻ってきた。3匹の猫たちは、ようやくこの世に生を受けた。

生後1週間。まだ目も開いていない(佐藤さん提供)

正しい飼育の知識を発信したい

 その日からは、日中はスタッフに協力してもらい、数時間おきの授乳や排泄(はいせつ)の世話を。仕事が終われば佐藤さんが家に連れ帰り面倒を見た。そのかいあって、3匹ともすくすくと無事成長してくれたのはうれしかった。

 当初は、全員に新しい家族を見つけるつもりだったのだが。

「やっぱり手放せなくなりますよね(笑)」

 今飼っている猫はメスで、それまでオス猫は飼ったことがなかった佐藤さん。

「『女の子同士だと相性が悪いのかな』とか悩んだ揚げ句、今度は男の子を迎え入れてみようと思いました」

 かくしてオスのキジ猫は、はれて佐藤さんの家族となり、「笑(しょう)」くんと命名された。メス2匹は、スタッフ仲間と知人にそれぞれもらわれていった。

 人間がお母さんとなり育てたためか、笑くんは今では、驚くほどの甘えん坊ぶりを発揮しているという。

「こんなに人にベッタリな猫っているんだと思いましたね。寝ている時は、私の指をずっとしゃぶっているし、本当にたまらなくかわいいです」

現在の笑くん。ずっとくっついてくる、超のつく甘えん坊だ。佐藤さんいわく、「うっとうしいぐらい(笑)」(佐藤さん提供)

 さて。笑くんのケースでは、結果オーライ、最終的に猫も人も皆ハッピーになれた。だが、この一件をきっかけに、佐藤さんはこんなふうに考えるようになった。

 飼い主が犬猫をきちんと管理できず、妊娠させてしまうことがある。いや、妊娠だけではない。飼い主の知識不足は、病気や問題行動など、さまざまな不幸を招く。

「そこで私たち愛玩動物看護師から、犬猫の正しい飼い方を発信しようと、現在、院内で企画を進めています。子犬の飼い方を教えるパピークラスはすでに開催しているけれど、最近はすでにおとなの保護犬や保護猫を飼う人も増えています。そんな人にも役立つ内容のセミナーも開きたいですね」

「動物病院を、病気になった時以外にも来てもらう場所にしたい」と佐藤さん。地域の動物が大勢やって来るこの場所から、動物と人が幸せに暮らすための知識を広めてゆけば、笑くんに負けない「笑」顔の犬猫と飼い主が、きっともっと増えていく!

(次回は12月12日に公開予定です)

【前の回】奇跡の回復から懸命に生きてくれた日々は 愛猫がくれた幸せな「ボーナスステージ」

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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