愛犬が肺水腫で緊急入院 悩んだ末、ICUから出して最後に家に帰ると決断
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。愛玩動物看護師の増井結菜(ゆいな)さんは、愛犬が突然肺水腫を発症し、ICU(集中治療室)に緊急入院する体験をします。危ない状態の中、明日までひとりで入院させるのか。それともICUから連れ帰り、最後になるかもしれない時間をともに過ごすのか。難しい判断を迫られました。
いつも犬がそばにいてくれた
幼稚園の時から、犬のいない生活をほとんど送ったことがないという増井結菜さん。順調に、無類の犬好きへと成長した。
「最近は『動物は家族』をうたうCMとか、ペットと一緒に泊まれるホテルなども増え、『世の中が変わってきてるな』と思うとうれしいですね。何目線って感じですけど(笑)」
そういって笑う増井さんにとって、動物が家族だなんて当たり前のこと。ようやく時代が増井さんに追いついてきたのかもしれない!?
そんな増井さんが人生で初めて一緒に暮らしたのが、メスのヨークシャーテリアの「クッキー」だ。ある朝、いつもと様子が違うと感じたため、勤務先の乙訓どうぶつ病院(京都府長岡京市)に一緒に出勤した。
「ところが病院に着いてから急に呼吸が苦しくなり、そのままICUに入ることになってしまいました」
体調を考慮しながら何とか獣医師がレントゲンを撮ると、肺水腫と診断された。肺に水がたまり呼吸を妨げる危険な病気だ。きのうまで元気だった愛犬の急変。夜になるにつれ、呼吸状態はさらに悪化していった。
仕事を終えた母親が病院に駆けつけ、院長から次のような説明を受ける。
ICUから出せば、そのまま亡くなってしまう可能性も高い。それを覚悟で家に連れ帰り、最後になるかもしれない時間をともに過ごすのか。それとも少しでも安全策を取り、ICUにこのまま入院させるのか。とはいえ明日まで命が持つ保障はなく、夜中にひとりで亡くなる可能性も低くない。そんな状況だが、どちらを希望しますか……?
難しい選択を迫られ、親子の意見は分かれた。
「私は『ICUから出したらやばい!』と思い、連れて帰るのに反対でした。職業柄、そのリスクはよくわかるので。でも母は自宅の、クッキーが好きなベッドで寝かせてあげたいといって譲りませんでした」
治療の選択に悩む飼い主たち
長引いた話し合いの末、増井さんは母親の意見に同意した。翌朝、クッキーがまだ頑張ってくれていたら、再度入院させると決めて、いったん連れ帰ることにしたのだ。病院でひとりぼっちになるのはかわいそうだし、もう1匹いる愛犬と会わせてあげたいとの思いもあった。
増井さんがクッキーを抱っこして、母親が運転する車に乗り込む。
「覚悟はしていましたが、ICUから出した時点で、かなり呼吸が速くなってしまったんです」
やがて、呼吸が深くなったり浅くなったりを繰り返し、それからゆっくりになっていった。増井さんにはその瞬間が訪れたことがわかった。
「思わず叫び声を上げると、必死に運転していた母が急いで車を道のわきに止めました。まだ温かいクッキーの体を母に抱いてもらい、そのまま帰宅途中の腕の中でお別れをしました」
はじめは連れ帰ることをちゅうちょしていた増井さん。だが、この時の選択を「今でもまったく後悔していない」と振り返る。
「帰宅には間に合わなかったけれど、大好きな家族と、最後に時間を過ごせたことは、本当によかったと思っています」
普段の業務でも、飼い主が治療の選択に迷う場面に立ち会うことがある。そんな時、いつも思い出すのはクッキーのことだ。
「獣医師からリスクを聞いた上で、結論を出すのはつらいものです。正解がない中、自分の判断で、動物の運命を決めることになってしまうから。その気持ちって、経験した人にしかわからないかもしれません」
当時の自分と重ねながら、増井さんは心の中で、迷える飼い主にエールを送る。
「オーナーさんには、選択を後悔してほしくないと強く願っています。その子と誰より長い時間を過ごしてきたオーナーさんが、その子のためを考えて決めたのだから。それに、自分で決めた決断を、自分自身が後悔してしまったら、動物が天国に行きづらくなってしまうような気もして……。出した答えは『正しかった』と、どうか思ってほしいです」
シニア犬の介護に向き合う
クッキーの妹分だったメスのヨーキーの「ローズ」も、学びを与えてくれた存在だ。年齢とともに持病の腎臓病が進行し、老化現象も現れてきたローズ。増井さんにとって、介護を体験する初めての犬となった。
頭を悩ませたのがトイレの問題だ。徐々にうまく動けなくなり、間に合わないことが増えていったのだ。
「母や私が寝る前に介助してトイレに行くのですが、タイミングが合わずしてくれないことも。すると夜中にゴソゴソ動くので、また連れて行くことを毎日繰り返していました」
仕事を終えて帰宅すると、部屋の中もローズも体も排泄物まみれになっている。そこで、体と部屋ををきれいにするため、昼の休憩時間を利用して帰宅することもあったという。職場と家を往復するのに2時間かかるが、ローズのためと思うと苦ではなかった。
食欲もなくなり、食べられるものも減ってゆく。
「食べてほしいけれど、本人は食べてくれないから、無理に口に入れたりして、おたがい葛藤の日々でした」
だが、食べなければフードをふやかすなど工夫し、歩けないから散歩に行かないのではなく、ベビーカーに乗せたり抱っこして、外の空気を吸わせてあげた。「愛犬が弱っていく姿を見ていると、『何かしてあげたい精神』って、やっぱり出てくると思うんです」。今のローズにしてあげられることに、全力で取り組んだ1カ月間を、増井さんはそう表現する。
ローズは最後、家族がそろっている時に、苦しむことなく、眠るように息を引き取った。
「ローズのおかげで、シニア動物のオーナーさんに、実体験をもとにアドバイスできるようになりました。介護を経験できたことは、愛玩動物看護師としてラッキーでした」
介護の知識を伝えるため、コロナ禍で休止している飼い主向けシニアケア教室も再開させたいと、現在準備中だ。
犬がいない人生は寂しすぎる!
「2匹には、たくさんの経験をさせてもらい感謝しています」と語る増井さん。最後にもうひとつ、彼女たちが教えてくれたことがある。それは、犬のいる人生の素晴らしさだ。
「クッキー、その3年後にはローズも亡くなり、家に犬がいなくなった時は、お骨に話しかけてましたね。寂しすぎて!」
「絶対犬を飼う」と決め、ほどなくして迎えたのが、メスのヨーキーの「ラナン」だ。
飼い主の中には動物を亡くし、「別れが寂しいから、もう飼わない」という人もいる。だが増井さんは「新しい子を迎えることに賛成派」だ。
「前の子が亡くなり、その後、新しく飼った子を連れて来院してくださる人もいます。前の子と重ねすぎず、その子はその子として受け入れ、新しい環境になることで、オーナーさんも一歩を踏み出せると感じています。私自身がそうだったから」
現在はラナンとの暮らしを満喫中。ローズの介護中に身につけたワザをいかし(?)、ラナンに会うため往復2時間かけて休憩時間に帰宅して、まわりをあきれさせているとか。
「どれだけ仕事で動物にかかわっていても、やっぱりわが子は全然違いますね(笑)」
プライベートでも仕事でもノードッグ、ノーライフ! 愛玩動物看護師としての活躍を、3匹がしっかりと支えてくれている。
(次回は8月22日に公開予定です)
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