それでも次の患者はやって来るから つらくても動物の死と向き合う愛玩動物看護師
愛玩動物看護師など動物看護職の方々に体験談を聞く連載。動物病院は命を扱う場所だけに、動物の死と直面することも避けられません。今回登場する津田幸宏さんは、プロとしてこんなふうに考えながら、悲しみを受け止めてきました。
大阪流イジリに育てられる!?
小儀動物病院(大阪府吹田市)で愛玩動物看護師として働く津田幸宏さん。動物看護職を目指したのはこんな理由からだった。
子供の頃から動物が好きで、動物の世話がしたかった。そこで動物園の飼育員なども考えたが、当時、医療にも興味があった。動物の世話ができて動物医療にもかかわれる仕事――。そう思ったとき、動物看護職は自分の中でしっくりきたという。
今では手術や救急、歯科を専門分野とするなど頼もしい存在だが、圧倒的に女性が多いこの業界に入ったことで、新人時代は苦労も味わった。
「獣医師に間違われたり、皆の中にどう飛び込んでいいのかわからず悩みました」と、津田さんは当時を振り返る。
力では負けないはずなのに、あるとき自分より小柄な女性の先輩が、大型犬を上手に持つのを見たときは、「精神的にこたえました」と笑う。
職場で唯一の、男性の動物の看護師なので、良くも悪くも飼い主にすぐ覚えられてしまう。
「『この前、あのへん歩いてたやろ』とか言われたり。『それだったら声かけてくれよ。油断できないな』と思いましたね(笑)」
かと思えば、こんな遠慮ない言葉も飛んでくる。
「女の子やったら、うちの子がかんだらどうしようと思うけど、津田君やったら気遣わんでええわ」
「えーーっ」
滋賀県で生まれ育った津田さん、大阪流の愛あるイジリにもまれながら、気がつけば職場に溶け込み、飼い主とも仲良くなっていった。
動物も会話に参加してもらう
男性ということで苦戦した(?)相手は人間だけではない。
「体が大きいので、動物に怖がられることが多いんです。猫は特にそうですね」
今も大切に守っている専門学校時代の恩師の教えがある。それは「犬舎・猫舎の前を、無言で通り過ぎるな」。
知らない人が黙って近づいてきたら、動物も恐怖心がつのる。それが大柄な男性であればなおさらだ。
「そこで動物の名前を呼んだり、『何してんの?』など、何も用事がなくてもしゃべりかけるようにしています」
特に手術するために預かった子は、怖がって興奮していると麻酔が効きづらいこともある。そこで預かったときから声をかけ、病院になるべくなれてもらってから、手術に臨むよう心がけているという。
声をかけるのは、普段の診察でも大事にしていることだ。
たとえば獣医師の説明が長くなり、「飼い主さん、わかってなさそうだな」と感じたとき。動物に向かって、「聞いてたか?」と声をかけてみる。すると、固くなっていた場の空気がフッと和むという。
「飼い主さんとコミュニケーションを取ることも大事ですが、動物とも取ることで、飼い主さんも、よりしゃべりやすくなるのかなと思います。飼い主さんにとっては、犬・猫も家族なので、同じように会話に参加してもらうようにしています」
うちの子を会話の輪に招き入れてもらったら、飼い主もうれしいに違いない。初診で緊張していた人も、次に来たときは自分から津田さんに声をかけてくれるなど、心の距離が縮まることも多い。
亡くして知った存在の大きさ
さて。あるとき病院に「小雪」という、ラブラドルふうのメス犬がやって来た。小雪は迷い犬で、すでに大人の犬だった。
「飼い主が見つからず、保健所に連れて行かれそうになっていたところを、供血犬としてうちの病院に迎え入れられました」
供血犬は、けがや手術で動物に輸血が必要になった際、血液を提供してくれる大事な存在だ。
小雪もやはり、男の人は怖かったのだろう。初めは警戒して津田さんに近寄ろうとしなかった。
「そこで、ご飯をあげたり散歩に行ったりと心を込めて世話をやき、なれてもらったところ、僕に一番懐いてくれるようになりました」
だが晩年、小雪は胃捻転(いねんてん)を繰り返すようになる。胃がねじれて血液が循環不全を起こし、短時間で命の危険にさらされる病気だ。
最期も胃捻転を起こし、スタッフは力を尽くして治療にあたったが、小雪は帰らぬ犬となった。
スタッフは悲しみに包まれた。輸血で活躍してもらったのはもちろん、診察時の犬の持ち方を練習させてもらうなど、皆小雪には世話になっていた。
特別になついてくれていただけに、津田さんの悲しみは、誰にも負けないほど深かった。
「『病院の子なので、自分の愛犬とは違う』と思っていたけれど、でも一緒でしたね。同じようにかわいい存在でした」
大型犬で体が大きかったぶん、その不在も大きく感じられたという。散歩の時間になると、「ああ、もう行かないんだった」と思い、ふいに似た犬を見ると思い出す。
さらには、「普段の世話で、もっと気をつけてあげられることはなかったか」と、後悔も感じたという。
「悲しい」だけで終わらせない
悲しい思いを味わうのは、小雪のような、病院で飼っている動物が亡くなったときだけではない。
「赤ちゃんのときに出会った子が、自分より先に歳を重ね、老衰して亡くなる。人間同士なら起こりえないことが、相手が動物である動物病院ではよくある出来事です」
動物は、人よりはるかに速いスピードで人生を駆け抜ける。子犬や子猫のときから成長を見守ってきた存在が亡くなると、とてもつらいと津田さんはいう。
死に接したとき、動物のプロとして、どうやって悲しみを乗り越えているのだろうか。
「動物が亡くなりつらくても、それでも次の患者さんはやって来る。死を悲しむだけだったら、この仕事をしている意味がないと思うから。その子での経験を踏まえて、次の患者さんにどう生かせるかを、いつも考えるようにしています」
人一倍動物思いである津田さんが、その命の喪失になれることはない。だが、なれることができないからこそ、空へと旅立っていった小雪や患者である動物たちから、つねに真摯(しんし)に学びつづけられるのに違いない。
(次回は7月25日に公開予定です)
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