保護して約1カ月後のぱんこ。まだ毛並みもよくない。左耳がクシュッとなってるのは、かつて外耳炎から耳血腫(じけっしゅ)を患ったため。「猫がいたら遠目から写真を撮り、拡大して耳をチェックするなど目印になりました」(佐藤さん提供)
保護して約1カ月後のぱんこ。まだ毛並みもよくない。左耳がクシュッとなってるのは、かつて外耳炎から耳血腫(じけっしゅ)を患ったため。「猫がいたら遠目から写真を撮り、拡大して耳をチェックするなど目印になりました」(佐藤さん提供)

脱走した猫を2カ月後に保護 過酷な環境を耐え抜いた驚きのサバイバル生活

 前回につづき、愛玩動物看護師としてユナイテッド奈良あやめ池動物病院で働く佐藤順子さんのお話です。あるとき実家の猫が行方不明に。奇跡的に発見されるまでの2カ月以上もの間、猫は思いもしなかった形で命を明日へとつないでいました。

(末尾に写真特集があります)

あらゆる手段で捜索にあたる

 佐藤順子さんの実家では、「ぱんこ」という名前のオス猫を飼っている。この猫があるとき、来客があり玄関が開いた瞬間、家からサッと逃げ出してしまった。

 すぐに探せば見つかったかもしれない。だが事態を困難にしたのは、そのことを知らされたのが、家を出て2週間以上たっていたことだった。

「もともと脱走癖もなく、『そのへんにいて、すぐ帰ってくるだろう』と考えていたのかもしれません」

 探しても見つからないし、帰ってこないと打ち明けられた佐藤さんは驚き、捜索を開始した。佐藤さんのにおいをたどって家に帰り着けるようにと、色んなルートで歩いてにおいを残す。

「もう近所には絶対にいないと思ったから、捜索の範囲を広げて、できることは何でもしようと決めました」

 猫専門の探偵さんにも依頼したものの、「今、猫を飼っているから遠くへは行けない」と、申し訳なさそうに断られてしまった。

「でも、インパクトのあるポスターを作成してくださったり、印刷業者まで教えてくれるなど、何度もメールや電話で親身に相談に乗ってくださいました」

猫探偵さん作のチラシ。同じデザインでサイズの異なるポスターを制作。ひと目で覚えやすいよう、掲載する情報を絞り込みインパクトを出している(佐藤さん提供)

 ポスターを張る場所にも知恵を絞った。「外でけがをしたぱんこを連れて行ってくれる人がいるかもしれない」と、動物病院には必ず張らせてもらった。

 地域猫のような形で、誰かが面倒を見てくれている可能性もある。

「地域猫をお世話している人がフードを買いに行きそうな、量販店やペットショップにもお願いしてまわりました」

 動物に関心のない人にも見てもらうため、新聞販売店に折込チラシの配布も依頼した。本来は、電話番号など個人が特定される情報が記載されたものは扱わないといわれたものの、「そういう状況であれば協力させてもらいます」と、引き受けてくれたという。

 ポスターやチラシを見たという人からは、何件か目撃情報をもらった。だが、見に行ってみると全然違う柄の猫だったことも。

「猫を飼っていない人だと、柄の違いがわからなかったりするんでしょうね」

 とはいえ、気にかけてくれたことはありがたい。「頑張ってください」と、励ましの電話をくれる人もいるなど、たくさんの人に助けられながらの捜索はつづいた。

捜索時にはたくさんの情報や激励の言葉をもらった(佐藤さん提供)

「ポスターと似た猫がいます」

 悶々(もんもん)としながら月日は流れ、ぱんこが姿を消してから2カ月と少したった頃。1本の目撃情報の電話がかかってきた。首輪や体の特徴をたずねると合致しているように思える。

 電話の主は、食品工場で働くスタッフだという。

「工場のごみを出す時間になると、いつも猫が集まってくる。その中に、ぱんこに似た猫がいるというのです」

 ごみの時間を教えてもらい、行ってみると、はたして野良猫たちと一緒にぱんこが姿を現した。ぱんこは野良猫にまじって生活していたのだ。

 佐藤さん、この工場の近くのペットショップに、ポスターを張らせてもらっていた。

「ペットショップはちょうど信号の真ん前にありました。その人が信号待ちをしている間にポスターが目に留まり、『職場に来る子に似ているな』と気づいたそうです。本当にラッキーでした」

 工場は実家から、直線距離で4㎞近くも離れた場所だった。「おそらく車にでも乗り込んでしまったのかもしれません」と佐藤さんは推測する。

 ついに発見できた。だがぱんこは怖がりな性格で、佐藤さんになついていないため、捕まえるのは難しい。そこでその日はいったん帰宅し、次のごみの日に、母親に捕獲してもらうよう頼んだ。

「猫って、家と外にいるときでは雰囲気が違うんですよね。野性味が出るというのか、目つきが変わったり、人をおびえていつものフレンドリーさが消えてしまうこともあります。だから、どうなるかなと心配でしたが、母から『逃げようとしているところを必死で捕まえた』と報告がありました」

保護翌日。ガリガリにやせている。よくぞ生き抜いてくれた(佐藤さん提供)

 無事帰宅したぱんこだが、その姿は過酷なサバイバル生活を物語っていた。体重は2㎏近くやせ細り、何かにぶつけたのだろうか、歯が欠けている。病院で検便検査をするとおなかに寄生虫の卵がいた。カエルや川の水を口にして、飢えと渇きをしのいでいたに違いなかった。

後悔しないため今から備えを

 ぱんこが見つからなかった間は、仕事も手につかないほど心配だった。

「それまでも飼い主さまから、『猫がいなくなり困っている』『迷子のポスターを張らせてほしい』と相談されることはありました。でも、ぱんこで身をもって体験したことで、猫が行方不明になるつらさを強く実感しました」

 飼い主の中には、猫がいなくなってから何年もたち、すでに寿命を迎えているにもかかわらず、「今でもどこかで待っているのでは」と悩んだり、「寂しい最後を迎えさせてしまったのかもしれない」と悔やむ人もいるという。

「猫の脱走に限らず今は、地震などの災害でペットと離れ離れになってしまうことが十分考えられる時代です。いざ迷子になってから後悔する人を生まないためにも、少しでも見つかる可能性を高める方法や、そもそも脱走させない対策を発信したいと考えるようになりました」

 佐藤さんが働く動物病院では、初めて犬・猫を迎えた人に向けて、飼い方を簡単に話す時間を設けている。

病院オリジナルの冊子。犬や猫を迎えた人に、飼い方を説明する際に使う(佐藤さん提供)

 ワクチンや体の手入れなどにくわえ、佐藤さんは次のような知識もレクチャーするようになった。

  • マイクロチップを入れたり、首輪をつけて身元がわかるようにしておく
  • こまめに猫の写真を撮っておく。いざ捜索用のポスターに使おうとしたら、古い写真しかないという事態を避けるため
  • 家の外に出てしまった場合にも、呼んだら戻ってくるトレーニングをしておく

「ぱんこがいなくなったときは、『何てことになったんだ』と大変な思いをしましたが、あの一件があったからこそ飼い主さまに、『これはもう、本当に大事なことなんですよ』との気持ちを込めて、しっかり説明できるようになりました」

 動物の飼い方指導は、愛玩動物看護師の大切な仕事のひとつだ。うちの子を守るためにできることがあると知ってほしい。ぱんこの事件をへて、佐藤さんの指導に熱が入る。

(次回は7月11日に公開予定です)

【前の回】余命は約10日間 猛烈な勢いで進行する難病の犬と飼い主支えた愛玩動物看護師

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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