通院帰り、いい顔を見せてくれたハッピーちゃん(佐藤さん提供)
通院帰り、いい顔を見せてくれたハッピーちゃん(佐藤さん提供)

余命は約10日間 猛烈な勢いで進行する難病の犬と飼い主支えた愛玩動物看護師

 奈良市にあるユナイテッド奈良あやめ池動物病院で、愛玩動物看護師として働く佐藤順子さん。ある時、親戚の犬が進行性脊髄軟化症(しんこうせいせきずいなんかしょう)を発症しました。多くは1週間~10日ほどで亡くなる恐ろしい病気です。刻一刻と病状が進む厳しい状況の中、佐藤さんは飼い主をLINEや電話でサポートし続けました。

(末尾に写真特集があります)

突然後ろ脚が動かなくなった

 佐藤順子さんがアメリカ研修に参加し、現地の動物病院を見学した時のこと。病院にはフードや日用品を豊富にそろえるショップが併設されていた。もっとも驚いたのは火葬場や、亡くなった動物とお別れの時間を過ごす部屋まであったことだ。そこで働く動物看護従事者が言った。「私たちの仕事は、飼い主さんが動物を迎える前から、亡くなった時、そのあともお世話することです」。その言葉を、火葬場の煙突から昇る煙とともに今も鮮明に覚えている。

「私もゆりかごから墓場と、その先へと、動物とご家族を支える動物看護のプロになりたい。自分の目指す姿が明確になった瞬間でした」

 そう佐藤さんは振り返る。

 さて、話は2022年の夏のこと。佐藤さんの親戚からLINEでメッセージが送られてきた。愛犬のオスのチワワ「ハッピー」ちゃんに関することだった。

「散歩の後、朝ごはんを食べてしばらくしたらもう、後ろ脚がまったく動かない。病院に行った方がいいかな?」

「それは絶対行った方がいい」

 きっぱり返すと、飼い主はその日のうちにかかりつけの動物病院を受診した。

「主治医の見立ては、『1年前に見つかった、首の椎間板(ついかんばん)ヘルニアによるものでは』といったもののようでした。痛み止めの処置をされ、また明日来るよういわれたというので、『何か異変があったら見せられるよう、動画を撮っておいた方がいいよ』と伝えました」

 じつは第一報を受けた時、悪い予感が頭をはっきりとよぎっていた。椎間板ヘルニアも考えられるけれど、もっと恐ろしい、あの病気かもしれない……。

院長先生夫婦の愛犬「はこべ」ちゃん。自宅でのケアの方法などを飼い主に実演で指導する際、お手伝いしてくれている(佐藤さん提供)

犬も家族も苦しめる残酷な病気

 その日の夜、さらなる展開が訪れた。呼吸が荒く、動き回っては横になる動作を繰り返し落ち着かない。飼い主が主治医に連絡すると、すぐに画像検査専門の動物病院に紹介状を書き、MRI検査を手配してくれた。

 検査の実施は、受診した日の2日後に決まったのだが。

「今度は前脚の動きにも違和感があり、体が発熱しているとの連絡を受けました。この短期間で、症状がどんどん進んできてしまったんです」

 検査の結果判明した病名は進行性脊髄軟化症。佐藤さんの予感は的中した。腰に重度の椎間板ヘルニアも発症していた。

 進行性脊髄軟化症は、多くは椎間板ヘルニアが原因となる病気だ。背骨に沿って脊髄が炎症し、まひが広がってゆく。

「炎症は体の上半身へ向かって進むことが多く、脳の延髄(えんずい)という部分に達すると、呼吸ができなくなり死に至ります」

 この病気はあっという間に進行するため、食い止めるのが難しい。ごくまれに、自然に進行が止まったり、また最近では手術が成功したケースも聞くものの、発症後ほとんどが7~10日以内に亡くなるといわれている。

「この仕事をしていて残酷だと思う病気のベスト3に入るぐらい、犬本人も家族もつらい病気です。そんな中、飼い主さんが適切に治療を選択できるよう、私たちはサポートに努めます。とはいえ、あまりに短時間で悪化してしまうため、それがとても難しくて。正直、『かかわりづらい病気』と、苦手意識を抱いていました」

ハッピーちゃんは、思うように体を動かせなくなっても、飼い主さんをよく目で追っていた(佐藤さん提供)

 ハッピーちゃんの飼い主に迫られた、手術をするかしないかの選択。佐藤さんは詳しく説明した。手術をしても助かる見込みは非常に低いこと。鎮痛剤を使うとはいえ、手術には痛みが伴うこと。術後は入院するため離れ離れになるが、その後生きて家に帰れるかどうかはわからないこと。

 説明を受けて飼い主は、こう決断した。

「手術は受けない。残された時間をずっと一緒に過ごし、あとは進行が止まってくれることを願います」

 それ以後は、毎日通院し、痛みや炎症を抑える治療を受けることになった。

たくましく成長を遂げた飼い主

 飼い主からは「今から検査結果を聞いてくる」といったことまで、逐一、電話やLINEで報告や相談が届いた。愛犬が難しい病気だと突然告げられ、状況が急展開する中、たしかな情報と心の支えを求めていたのだ。

 心労にくわえ、24時間の介護に突入したことで、飼い主はほとんど寝ていなかったという。だが、意識はあるのに体の自由が奪われてゆく愛犬が、快適に過ごせる方法について、寝る間も惜しんで助言を求めた。

「私が目の前で指導すれば一番わかりやすいのですが、飼い主さんの家には病気を患ったご家族がいて、コロナ禍のためむやみに訪問できませんでした。そこで、水の飲ませ方や、食べ物を誤嚥(ごえん)しないための体の支え方などを、動画や写真を撮って説明しました」

まひが進み、舌の動きや飲み込む力が弱っていくハッピーちゃんに対し、シリンジを使って水を飲ませる方法を動画で説明。このような指導用の動画や写真では、はこべちゃんや佐藤さんの飼い猫にも、モデルとして協力してもらった(佐藤さん提供)

 撮影にはスタッフ仲間も協力してくれた。飼い主が主治医に聞きそびれた時には、獣医師が「直接話してあげるよ」と申し出て、電話でアドバイスしてくれたことも。

「うちの患者さんじゃないのに、皆いっぱい手伝ってくれてうれしかったですね」

 密度の濃い時間を過ごす中で、飼い主がだんだんと、お世話の仕方をつかんできたのには目を見張った。

「『この鳴き方や動きは水をほしがっている』『体勢を変えたがっている』とわかり、うまく介護できるようになってきたんです」

 まひが始まって5日目頃、こんなメッセージが届いた。

「今日診察で、『いい表情してるね』っていわれたよ」

 冒頭の笑顔の写真がその時のものだ。愛犬の心の穏やかさを守れるほどに、飼い主はたくましく成長を遂げていた。

 まひしてから6~7日目頃は、「もしかして進行が止まったのかな」と思うほど容体が落ち着いていた。

「でもやがて、呼吸の音がおかしくなり、病院で診てもらうと、やはり心肺機能が落ちているといわれたそうです」

入院して酸素室に入れば、もう二度と家に帰ることはできない。佐藤さんは簡易式の酸素ボンベを貸して使ってもらった(佐藤さん提供)

 翌日には意識レベルがかなり落ち、反応も薄くなった。そして翌々日の朝、ハッピーちゃんは旅立った。まひが始まって12日目、11歳だった。

ハッピーちゃんがくれたもの

 ハッピーちゃんの闘病体験を、佐藤さんはこう語る。

「飼い主さんははじめ、『私のせいで病気になったのかな』と自分を責めたり、症状が進むと、『頑張って生きてほしいけれど、やっぱりもう頑張らなくていいのにな』とつぶやくなど、自問自答の日々だったと思います。でも、体力的にも精神的にもきつい中、現実から目を背けることなく最後まで病気と闘い、やれることを探り続けたなんて本当にすごいです」

 だからこそ、自分にこう問いかけるという。「私はそれに、きちんと応えてあげられたのかな」と。

 例えばもっと主治医と連携を取れなかったか。飼い主とのやりとりでは、とにかく残された時間がないことから、最悪の可能性をストレートに伝えていたという。

「もっと段階を追って、心に寄り添いながらお話できたらよかったかもしれません。一獣医療従事者として、病気の動物とご家族にどうかかわるのか。ハッピーちゃんは私に、大事な宿題を残してくれました」

 この話にはうれしい後日談がある。ハッピーちゃんの飼い主のもとに、新しい犬がやって来たのだ。

「『ハッピーは歯磨きがうまくできなかったから、この子は今のうちから慣れさせるわ』などと話すのを聞くと、ハッピーちゃんと過ごした時間が、次の子の幸せにちゃんとつながっているんだなと感じます」

 ハッピーちゃんの闘病で、やるべきことをやったからこそ、「前の子の体験を生かし、また犬と暮らしたい」と前を向けたのではないだろうか。「力不足を感じた」と話す佐藤さんだが、まさに「墓場と、その先へ」と飼い主を支えていったことになる。そしてこれからも、アメリカで誓った理想にもっと近づくため、「宿題」の答えを探す毎日は続く。

(次回は6月27日に公開予定です)

【前の回】愛犬ががんに 不可解な行動のすえ安楽死を病院に依頼した夫、その時妻は…

保田明恵
ライター。動物と人の間に生まれる物語に関心がある。動物看護のエピソードを聞き集めるのが目標。著書に『動物の看護師さん』『山男と仙人猫』、執筆協力に動物看護専門月刊誌『動物看護』『専門医に学ぶ長生き猫ダイエット』など。

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この連載について
動物の看護師さん、とっておきの話
動物の看護師さんは、犬や猫、そして飼い主さんと日々向き合っています。そんな動物の看護師さんの心に残る、とっておきの話をご紹介します。
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