「僕たちの先輩猫、泰蔵兄さんのお話だよ。兄さんも、こんな風にお母さんになでてもらったんだろうな」(小林写函撮影)
「僕たちの先輩猫、泰蔵兄さんのお話だよ。兄さんも、こんな風にお母さんになでてもらったんだろうな」(小林写函撮影)

飼い主思いの“スーパーキャット” 初代猫、悪性リンパ腫からの奇跡の回復と最期の日

 藤田茂里さんは、いつものように好きなテレビドラマを見ていた。離島で地域医療に奮闘する医師の話で、人気のシリーズだ。

 CMに入り、「泰蔵」の食事の時間になった。シリンジに療法食を充填し、給餌(きゅうじ)をしようと顔に近づけた。すると泰蔵はいつになく激しく抵抗した。

 そのとき、ふいに藤田さんは理解した。

 ああ、だめなんだ、泰蔵は、死んじゃうんだ……。

(末尾に写真特集があります)

初代猫「泰蔵」

 藤田さんは、都心のマンションで「忠相(ただすけ)」(オス・16歳)と「影元(かげもと)」(オス・14歳)の2匹のメインクーンと暮らす。

 藤田さんの職業は行政書士。「人とペットの生活を守る相談窓口」として、ペットの信託や遺言書の作成相談ほか、動物関連法務全般のサポートを行なっている。

 飼い主とペットが高齢になったとき、双方が幸せに暮らせるためにはどうすればよいか、それは藤田さんにとっても人生後半のテーマだった。自分と同じ悩みを抱える人々の役に立ちたいと、数年前に開業した。

 今回登場する泰蔵は、藤田家の初代猫だ。

「忠相だよ。明るく根にもたないタイプさ。知らない人が来てもへっちゃらだよ」(小林写函撮影)

 泰蔵を迎えたのは、今から25年前になる。

 当時、単身者にも猫を譲渡してくれる保護団体の情報を持っていなかった藤田さんは、ペットショップに足を運んだ。実家ではヒマラヤンを飼っていたので、長毛種で大きい猫がいいと思っていた。そこで出会った、月齢ほぼ4カ月で「売れ残り」だったメインクーンが、藤田さんの愛猫となった。

 泰蔵という名前は、時代小説の登場人物の名からとった。字面がたくましくて強そう、という理由からだった。

 泰蔵は健康で快食快便。体重も増えて体格もよく、ふさふさとした毛が優雅な猫に成長した。性格は温和で優しく、藤田さんが嫌がることは絶対にしない。甘えんぼうで、藤田家の「初代家庭内ストーカー」。入浴時にもついてきて、浴槽のふたの上に飛び乗り、一部始終が終わるまで待っていた。

 キャットシッターとの留守番も問題なく、定期検診以外で動物病院の世話になることもほとんどなかった。泰蔵は、藤田さんにとって「スーパーキャット」だった。

異変、そしてはじまった介護

 そんな泰蔵が、8歳になる年の春、珍しく下痢をした。その後、頻繁に水泡を吐くようになったので、動物病院に連れて行った。食欲はあり、見た目は元気そうだったが、藤田さんは「絶対におかしいので、レントゲンだけは撮ってほしい」と獣医師に頼み込んだ。

 結果、泰蔵は、悪性リンパ腫と診断された。腫瘍(しゅよう)は小腸に発生していた。

 数日後に腫瘍摘出手術が行われ、術後は自宅で抗がん剤を内服させながらの治療となった。

「僕は影元。空気が読めないタイプらしい。知らない人は嫌いだから去るよ」(小林写函撮影)

 排泄(はいせつ)の世話、シリンジでの給餌(きゅうじ)、投薬。藤田さんにとって介護の日々がはじまった。でも当時、「がんは切れば治る」と思っていたので、不安はなかった。 

 手術の傷口が回復するまでの間、泰蔵は腰が抜けた状態で、移動するときはほふく前進で藤田さんのあとをついてまわった。

奇跡の回復を見せる

 夏になる頃、藤田さんに大学時代の親友から結婚披露宴の招待状が届いた。

 式は11月で場所は四国。出席したいが、1泊は家を空けなければならない。先のことはわからないが、今の状態では、泰蔵をキャットシッターに託して外泊することは難しい。

 どう返事をしようか藤田さんが迷っている間に、驚くべきことがおこった。

 泰蔵の病状が、みるみる回復してきたのだ。

「ちょっと!美男が台無しだよ、お母さん」(小林写函撮影)

 4本の脚でしっかり立って歩けるようになり、トイレにもひとりで行き、コロコロとした健康そうな排泄物を披露した。ドライフードをガリガリと威勢よく食べるようになり、テーブルに飛び乗るようになった。

 夏が終わり、出欠の返信期限が近づく頃には、手術前の元気な泰蔵に戻っていた。

 やっぱり、泰蔵は飼い主思いのスーパーキャットだ。

 藤田さんは、出席に丸印をつけ、ハガキを投函した。

“泰蔵はスーパーキャットなのだ”

 それから11月までの間、泰蔵は元気だった。ところが、藤田さんが無事披露宴に出席し、帰宅した数日後に、様子が急変した。

 ぐったりとして食事もとれなくなり、動物病院に運んだ。がんの再発だった。内服していた抗がん剤が効かなくなったのだった。

 別の薬に変えたが効果はなかった。坂道を転がるように泰蔵は衰弱し、病巣はレントゲン検査のたびに大きくなった。

 自分で毛繕いもできないほど弱った泰蔵の体を、朝一番できれいに拭いてやることが藤田さんの日課となった。

 それでも泰蔵の病気は治ると思っていた。「信じる」とか「祈る」ということとは違う。披露宴の招待状に返事をしたときのように、いずれ、泰蔵は復活する。

 泰蔵は、スーパーキャットなのだ。

忘れられないあの日のこと

 それから、2週間後の夜だった。

 藤田さんは、いつものように好きなテレビドラマを見ていた。離島で地域医療に奮闘する医師の話で、人気のシリーズだ。

 CMに入り、泰蔵の食事の時間になった。シリンジに療法食を充填し、給餌をしようと顔に近づけた。すると泰蔵はいつになく激しく抵抗した。

 そのとき、ふいに藤田さんは理解した。 

 ああ、だめなんだ、泰蔵は、死んじゃうんだ……。

 2時間後、横たわっていた泰蔵は急に立ち上がり、ニャーニャー鳴きながら廊下に出て行った。そこでパタっと倒れて、そのまま息を引き取った。

「平蔵だよ。忠相と影元は僕の子分だったんだ」(小林写函撮影)

 もう、猫は二度と飼わない。そう決めていた藤田さんだが、縁あってまた猫たちと暮らすようになった。

 忠相と影元のほかに、「平蔵(へいぞう)」という名の猫もいたが、3年前、泰蔵と同じ病気で亡くなった。

 1年前から藤田さんは、「うつせみ 猫語り会」を主催している。飼い猫に旅立たれ、現世に「おいてけぼり」になってしまった飼い主が、亡き愛猫について思い思いに語る会だ。場所は保護猫カフェで、臨床心理士も同席する。

 自分もペットロスを経験した。同じように辛い思いをしている飼い主たちが、誰に気兼ねすることなく、猫の思い出や自慢話ができる場所があれば、少しは気持ちが楽になるのではないか、そう考えたからだ。

 それが彼らにとっては、新たな「スーパーキャット」との出会いにもつながるかもしれない。

(次回は6月9日公開予定です)

【前の回】「お母さんが作る、丸まったエビフライみたいだね」 眠る愛猫 家族に笑顔が戻った日

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
あぁ、猫よ! 忘れられないあの日のこと
猫と暮らす人なら誰しもが持っている愛猫とのとっておきのストーリー。その中から特に忘れられないエピソードを拾い上げ、そのできごとが起こった1日に焦点をあてながら、猫と、かかわる家族や周辺の人々とのドラマを描きます。
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