「お母さんが作る、丸まったエビフライみたいだね」 眠る愛猫 家族に笑顔が戻った日
午前11時、里奈さんは「シェリ」に声をかけた。
「シェリ、新しいご飯だよ、おいしく食べられるかな」
祈るような気持ちで、器にフードを盛った。
シェリは躊躇(ちゅうちょ)することなく夢中で平らげた——。
吐き戻しやせていく
シェリは、夫と高校生の息子、中学生の娘と暮らす里奈さん一家の「末娘」だ。4年前、最寄り駅近くの植え込みの中でニャーニャー鳴く子猫だったところを、里奈さんがみつけて保護した。
家に迎えて3年半が過ぎた頃、シェリが頻繁に吐き戻しをするようになった。一家で帰省して年末年始を過ごし、休暇が終わって自宅に戻った日からだった。
家を留守にするときはいつも、シェリはなじみのペットホテルに預けている。好奇心旺盛で人が好きなシェリは、スタッフにとても懐いていた。家にはない目新しいおもちゃで遊んでもらえることもあり、ホテル滞在は気に入っている様子だった。
シェリを迎えに行き、家で久しぶりの再会を喜んだ。甘えてくるシェリに、いつもより多めにフードを与えた。その直後、食べたものを全部床に戻した。
シェリが吐き戻すのは珍しいことではなかった。食いしんぼうで早食いのせいかもしれない。だが、その日はいつもとは少し様子が違った。ストレスかな、と里奈さんは思った。実はこの帰省のときは、いつものペットホテルが満室だったため、別のところに預けたからだ。
翌日からシェリは、毎日吐き戻すようになった。
4日に1回だったのが頻度が増し、やがて食事のたび吐き戻すようになった。そのうち下痢も始まり、心配した娘が抱き上げて体重計にのると、4.2kgだった体重が3kg台に減っていた。
家に流れる重たい空気
動物病院での血液検査の結果、内臓の数値には問題はなかった。おもちゃなどの誤飲を疑い、エコー検査やレントゲン検査も行ったが、異常は見られなかった。
しばらく様子を見ることになり、整腸剤が処方された。
整腸剤を飲ませると、吐き戻しは少し緩和された。だが薬を切らすと、再び始まる。里奈さんは毎日、吐瀉物や排泄物を撮影し、嘔吐や下痢の回数や時間などを克明に記録して診察時に持参した。
フードも、吐き戻し軽減をうたっているものなどを各種購入し、かたっぱしから試した。だが、どれも効果はなかった。
シェリはご飯を用意すると待ってましたとばかりに食いつく。もともとが食いしんぼうなのに、栄養が十分に摂れていないから空腹でたまらないのだろう。その後しばらくすると、しゃっくりをするようにヒックヒックと背中を上下させ、苦しそうに胃に入れたものを吐き出す。
吐いても下痢をしても、必死で食べようとする姿が痛々しい。食べたいのに、食べられない。かわいそうでならなかった。
抱き上げるとふんわりと軽く、なでると手に背骨があたる。シェリがいれば笑いが絶えなかった家の中に、重い空気が流れるようになった。
浮上した穀物アレルギーの可能性
原因がわからないまま、経過観察のために予約していた3回目の診察日を迎えた。
その日は担当獣医師のほかに、院長獣医師も診察に立ち会った。
シェリを病院に連れていくのに苦労したことはない。診察中はいつもおりこうだ。
カルテを見ながら里奈さんの話を聞き、院長は言った。
「考えられるとしたら、穀物アレルギーですね」
断定はできない。内臓の数値に問題がないことや、フードを食べてから吐くまでの時間、その回数、また「食べたがっているのに食べられない」という家でのシュリの様子などから推察してのことだという。
猫も人間と同じで、ある日突然体質が変わり、これまで食べていたものに対してアレルギー反応を起こすことがあるそうだ。一般的なキャットフードには小麦やトウモロコシなどの穀類が含まれており、これが原因になるらしかった。
そして家族に笑顔が戻った
その日、動物病院からグレインフリーのドライフードを試しにもらって帰宅した。
シェリには、午前7時、11時、午後4時、10時の1日4回に分けて食事を与えている。
午前11時、里奈さんはシェリ声にかけた。
「シェリ、新しいご飯だよ、おいしく食べられるかな」
祈るような気持ちで、器にフードを盛った。
シェリは、躊躇することなくあっというまに平らげた。
しばらく様子を見ていたが、吐き戻す気配はなかった。
午後4時、再び同じフードを与えた。様子は変わらない。フードは口にあうらしく、「もっとちょうだい」という様子でじっと里奈さんに視線を送ってくる。
「本当に吐いてないの?どこか隠れたところで戻してるんじゃないの?」
夫も、息子も娘も、里奈さん自身も、シェリの変化がすぐには信じられなかった。全員で家中を歩きまわり、吐き戻した形跡を探した。
午後10時、この日最後の食事を与えた。シェリは満腹になったらしく、満足そうに顔を洗うと、ソファに飛び乗りコテッと寝てしまった。
「お母さんが作る、丸まったエビフライみたいだね」
シェリの寝姿を見て、久しぶりに家族全員が笑った。
【連載再開のお知らせ】
筆者体調不良により休載とさせていただいておりました当連載「あぁ、猫よ! 忘れられないあの日のこと」は、5月より再開します。公開予定日は5月12日(金)です。どうぞお楽しみに!
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