猫の感染症はウイルス強毒化で命の危険 発症してから亡くなるまで飼い主ができること
いつかやってくる愛犬、愛猫との別れに備える連載『病状別 犬猫の最期』。第9回は、猫コロナウイルスによる猫伝染性腹膜炎(FIP)をはじめとするさまざまな感染症の症状や亡くなり方についてお伝えします。
田園調布動物病院院長の田向健一先生は、新型コロナウイルスの流行によって猫の感染症にも理解が深まったと感じています。猫は犬よりウイルス感染症が多く、命に危険が及ぶ病気も少なくありません。愛猫をウイルス感染症から守るために飼育環境を見直し、治療についても知っておきましょう。
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愛犬、愛猫を穏やかな最期へ導くために飼い主ができること
猫はウイルス感染症が多く、命の危険もある
猫は犬と比較してウイルス感染症が多く、発症すれば命が危うくなることもあります。細菌や真菌(カビ)よりもウイルス感染症が大きな問題です。
ウイルスに感染した(体内に侵入した)だけでは症状が出ないので病気ではありませんが、ウイルスが体内で増えると発症してさまざまな症状が現れ、感染症以外の病気も引き起こします。ウイルスによりますが、感染しても必ずしも発症するとは限らず、寿命を全うできることもあります。
今回は発症すると猫が亡くなる危険がある4種類のウイルス感染症を知っておきましょう。いずれも猫から人への感染は報告されていません。
[猫のウイルス感染症]
・猫白血病ウイルス(FeLV)感染症
・猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症
・猫パルボウイルス感染症
・猫伝染性腹膜炎(FIP)
猫のウイルス感染症の特効薬は?
ウイルス感染症の治療法はそのときの症状に合わせて行う対症療法が中心で、猫はもちろん人にも特効薬のような治療薬がある感染症はごくわずかです。数少ない例外が、人のインフルエンザに使われるタミフルです。インフルエンザウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬で、重症化を防ぐ作用があります。猫の感染症の治療薬も海外で研究されていますが、まだ特効薬の開発には至っていません。
免疫によってウイルスが消失する可能性もありますが、多くの猫は体内にウイルスが残ったまま生涯を過ごします。無症状でも検査をすれば感染の有無を確認できるものの、体内に侵入したウイルスを完全に駆除するのは非常に困難。たとえ発症しなくても感染源になってしまうため、多頭飼育の場合は生活スペースを分ける必要があります。
治療のためには薬を飲ませることが第一
もし愛猫が感染力の非常に強いウイルス感染症にかかった場合、動物病院に入院すると院内感染で他の動物にうつってしまう危険があるため、飼い主さんによる自宅でのケアが重要になります。
ウイルス感染症に限りませんが、私は飼い主さんに「猫のために何をしてあげればいいですか?」とよく聞かれます。処方した薬を飲ませることが第一なのですが、「薬を嫌がるのでほかのことを教えてください」と言われます。このやりとりを繰り返すことがとても多い。確かに猫は犬に比べて薬を飲ませるのが大変で、猫の治療において投薬が最も難しい問題だと感じます。
飼い主さんが寄り添ったりおいしい食事を与えたりする思いやりも大切ですが、病気の治療のためには薬を飲ませることが重要です。できれば猫が元気なころかに、動物病院で薬の飲ませ方を聞いて練習してくださいね。
猫に多い感染症(1)猫白血病ウイルス感染症
猫白血病ウイルス(FeLV)に感染すると、1~2週間程度でウイルスが急激に増えて不調が現れます。進行すれば白血病やリンパ腫などの血液のがんをはじめ、貧血や免疫の異常を引き起こし、2~3年で亡くなってしまいます。感染して発症する猫は30%ほどで、残りの70%は発症しないまま寿命をまっとうします。
猫を迎えたら動物病院に行き、健康診断を兼ねて抗体検査キットで感染の有無を確認しましょう。感染が明らかになっても完治させる治療法はありませんが、他の猫への感染を防ぐ対策ができます。また、不調が現れたときに猫白血病ウイルス感染症が発症した可能性を踏まえて早期治療ができるのもメリットです。
【症状】
初期
・発熱
・食欲不振
・下痢
・嘔吐(おうと)
中期
・初期と同じ症状
・リンパ節が腫れる
・ぶどう膜炎や関節炎など(体のあちらこちらで炎症が起きる)
・免疫不全など
末期
・中期の症状が悪化する
・飲食が困難になる
・寝たきりになることもある
・白血球が減少する(血液検査でわかる)
猫白血病ウイルスは感染した猫の唾液(だえき)に多く含まれているので、グルーミングやケンカ、食器の共有などが原因で他の猫に感染します。
【治療】
猫白血病ウイルス感染症は、そのときの症状に合わせた治療を行う対症療法が中心です。発熱には解熱剤、下痢や嘔吐には消化器の薬、ぶどう膜炎には炎症を抑える目薬を投与します。ウイルスの増殖を抑えるインターフェロンは発症の初期には有効ですが、進行すると効きづらくなるといわれています。
飼い主さんには「治療」と説明するので完治すると思われがちですが、実際には猫白血病ウイルス感染症の進行を遅らせるための治療です。発症した場合は、猫に残された時間は長くても数年です。
猫に多い感染症(2)猫免疫不全ウイルス感染症
猫免疫不全ウイルス(FIV)感染症は、人のエイズ(後天性免疫不全)と似ているので「猫エイズ」とも呼ばれます。しかし猫は感染してもエイズのように必ずしも免疫不全を起こすわけではないので、「猫エイズ」という不安をあおる呼び方は適切ではないかもしれません。発症しなければ感染していない猫と同じくらいの寿命をまっとうできます。
もし感染した場合も、栄養バランスの良い食事で体力を維持することが発症のリスクを下げると考えられています。免疫の低下によってほかのウイルスや細菌に感染しやすくなるため、食事や環境の衛生面に注意してください。
【症状】
初期
・発熱(リンパ節が腫れる)
・食欲不振
・下痢
中期
・口内炎
・鼻炎
末期
・エイズ(後天性免疫不全)を発症
感染した猫の唾液や血液からうつります。免疫が落ちることによって貧血や腫瘍(しゅよう)などの症状が現れ、さまざまな感染症にもかかりやすくなります。
【治療】
・猫白血病ウイルス感染症と同じ
そのときの症状に合わせた治療を行う対症療法が中心で、インターフェロンを使うこともあります。治療が遅れると寿命が短くなる可能性があるため、何らかの症状が現れたらできる限り早く検査と治療を行いますが長期化するケースが多いのです。
猫に多い感染症(3)猫パルボウイルス感染症
猫パルボウイルスに感染するのは子猫が多く、とくに生後1カ月程度の離乳から間もない猫が目立ちます。感染してから7日間程度で劇的な症状が現れて亡くなります。生後6カ月未満の子猫は助けられないことが大半です。
【症状】
・下痢
・嘔吐
下痢や嘔吐の症状が急激に現れて悪化し、亡くなります。野良猫の間で流行しやすい感染症なので、外猫を保護したらまずは動物病院を受診してください。
【治療】
・二次感染を防ぐ抗菌薬を投与する
・輸液を行う
感染力が強いのが特徴です。動物病院での院内感染を防ぐため、自宅で飼い主さんが輸液などを行います。
猫に多い感染症(4)猫伝染性腹膜炎(FIP)
猫伝染性腹膜炎を引き起こす原因の猫コロナウイルスは、感染しても症状が出ないことが多いウイルスです。おなかの中で炎症が起きる猫伝染性腹膜炎になります。余命は発症からわずか9日程度で、ほとんど助けられません。3歳以下の若い猫と高齢の猫に比較的見られます。
猫コロナウイルスの変異や強毒化の原因は不明ですが、基礎疾患で重症化のリスクがある新型コロナウイルスとは違うようです。もともとコロナウイルスは変異しやすいことで知られていて、新型コロナウイルスもデルタやオミクロンなどに変わっていますよね。
【症状】
初期
・元気がなくなる
・食欲不振
・発熱
・下痢
中期
・黄疸(おうだん)が出る
・おなかがふくれる(腹水などがたまる)
・呼吸しづらくなる
末期
・呼吸困難
・ぐったりして動けない
腹水などがたまる滲出(しんしゅつ)型(ウエットタイプ)と腎臓などに腫瘤(しゅうりゅう/固まり)ができる非滲出型(ドライタイプ)があります。感染しても症状が出ないことが多いものの、もし異変があればすぐに動物病院を受診してください。
【治療】
・症状に合わせた対症療法(腹水を抜くなど)
・インターフェロンを投与する
・皮下点滴(栄養補給など)
海外では開発された猫伝染性腹膜炎の薬を輸入して治療に取り組んでいる動物病院もあるので、獣医師と治療法や医療費についてよく相談しましょう。
最期は全身の状態が悪化して亡くなる
ウイルスは細胞よりも小さいため全身のあちらこちらに移動して増え、貧血やがん(腫瘍)、呼吸困難などのさまざまな症状を引き起こします。最期は全身の状態が悪くなり、ぐったりした状態になって亡くなります。
ウイルス感染症は痛みがあるのかどうか判断が難しいところですが、病状が進行すれば複数の症状や病気が現れることもあります。もし猫の体に力が入っていて呼吸が苦しそうといった様子が見られたら、がん(腫瘍)の治療のように苦痛をやわらげてQOL(生活の質)を維持する緩和ケアを検討するのも一案です。目を覚まさず寝ている状態であれば、静かに見守るだけでも十分ではないでしょうか。
猫白血病ウイルス感染症、猫免疫不全ウイルス感染症、猫伝染性腹膜炎の末期になって完治の見込みがなければ、安楽死も選択肢に入ります。みとりについて家族や獣医師と相談してくださいね。
猫の感染症は予防ができれば理想だが……
猫のウイルス感染症は、愛猫が感染しないように予防できれば理想です。感染リスクのある野良猫と接触しないように完全室内飼育にしたり、混合ワクチンの接種をしたりする予防方法が有効ですが、母猫の胎盤や乳汁を通して子猫のときに感染していることも少なくありません。
ウイルスが感染しても発症しないこともあるので、感染がわかった段階でも悲観的にならないでください。感染してから発症に至る原因も運としか言いようがないケースもあるので、飼い主さんは前向きに愛猫の治療に向き合ってほしいと思います。
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- 監修:田向健一(たむかい・けんいち)
- 獣医師。幼少期からの動物好きが高じて、学生時代には探検部に所属時、アマゾンやガラパゴスのさまざまな生き物を調査。麻布大学獣医学科卒業後、2003年に田園調布動物病院を開院。『珍獣ドクターのドタバタ診察日記: 動物の命に「まった」なし! 』 (ポプラ社ノンフィクション)をはじめ、犬猫およびエキゾチックアニマルの飼い方に関する著書多数。田園調布動物病院
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