猫のホルモンの病気は慢性腎臓病を隠す 水をよく飲むようになったら不調を疑う
いつかやってくる愛犬、愛猫との別れに備える連載『病状別 犬猫の最期』。第10回は、猫の代表的なホルモンの病気である甲状腺機能亢進症と糖尿病についてお伝えします。
甲状腺機能亢進症も糖尿病も猫が食欲旺盛で活発になるのが特徴で、病気とは気づかないうちに進行してしまうことがあります。「ホルモンの病気は、慢性腎臓病などの病気を隠してしまうのも問題です」と田園調布動物病院院長の田向健一先生。早期発見が難しいからこそ知っておきましょう。
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愛犬、愛猫を穏やかな最期へ導くために飼い主ができること
猫に多いホルモンの病気は甲状腺機能亢進症と糖尿病
ホルモンを分泌する臓器といえば、精巣(男性ホルモン)、卵巣(女性ホルモン)などがよく知られていますが、じつは全身のさまざまな臓器からも出ています。いずれも生命維持や健康維持にかかわる重要な役割があります。
今回お伝えする猫の命にかかわるホルモンの病気は、甲状腺から甲状腺ホルモンが過剰に出ることで発症する「甲状腺機能亢進症」と、膵臓から出るインスリンがかかわる「糖尿病」です。
甲状腺機能亢進症は猫が元気に見える病気
猫ののどの左右にある甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンには、おもに新陳代謝を活発にする働きがあります。甲状腺機能亢進症になると、甲状腺ホルモンが過剰に分泌されて新陳代謝が活発になりすぎ、食欲や元気が増す一方で消費されるエネルギーが増えて痩せてしまう病気です。
シニアの猫が痩せたり毛づやが悪くなったりしても年齢が原因だと思われがちで、家庭では早期発見が難しい病気の一つではないでしょうか。筋肉量が減少するため、抱っこしたときに見た目よりも軽く感じるようになるかもしれません。
日本では8歳以上の猫の3~4%が甲状腺機能亢進症を発症していると考えられていますが、原因がはっきりわかっていません。一般的な血液検査には異常が現れず、甲状腺ホルモンの量を検査することでわかります。
【症状】
初期
- ごはんをよく食べる
- 少し痩せる
- 毛づやが悪くなる
- 多飲多尿になる(水をよく飲む/尿の量が多い)
中期
- ごはんをよく食べるが、日に日に痩せる
- 多飲多尿がさらに進む
- 下痢や嘔吐が増える
- 目がギラギラと輝く(瞳孔が開いているように見える)
- 多動になる
末期
- 非常に痩せる
- 冷たいところに行きたがる
- 呼吸が荒くなることもある
治療をしなければ最終的には食欲が落ちて食べられなくなり、ゆるやかに餓死へ向かいます。
【治療】
- 甲状腺ホルモンの分泌を下げる薬を飲む
- 甲状腺機能亢進症に対応した食事療法を行うこともある
甲状腺機能亢進症の治療は初期から末期まで基本的に同じですが、慢性腎臓病などの併発している病気が明らかになれば合わせて治療を行います。甲状腺機能亢進症の原因が腫瘍(がん)の場合は外科手術で切除します。
【自宅でのケア】
- 薬を飲ませる
- 過剰に興奮や運動をさせない
- 食事を適量食べさせる
治療を始めて甲状腺ホルモンの分泌量が下がると、食べる量が減ることがあります。とくに慢性腎臓病を発症していた場合、食欲が急激に落ちてしまうことも。獣医師に相談して猫に合った食事を適量食べさせるように心がけましょう。
慢性腎臓病や心臓病の発見が遅れて亡くなることも
甲状腺機能亢進症の裏側に隠れているのが猫の命を危うくする「慢性腎臓病」です。甲状腺機能亢進症と診断された猫の20〜40%が慢性腎臓病を発症しているというデータもあります。
慢性腎臓病は腎臓の機能が低下して血流が減り、老廃物を徐々に排出できなくなる病気です。血液中の老廃物の「BUN/血中尿素窒素」「クレアチニン」が増えるので、血液検査で数値が上昇していればすぐにわかります。実際に猫の慢性腎臓病は、動物病院の健康診断の際に行う血液検査で発見できることが多いのです。
ところが、甲状腺機能亢進症になると、BUNとクレアチニンが上昇しにくくなります。飼い主さんから見て元気があり、健康診断の血液検査の結果も正常に見えるので、慢性腎臓病の早期発見の機会を逃し、病気が進行してしまいます。
・BUNが上がらないしくみ
甲状腺機能亢進症には心臓を活発に動かす作用があるため、腎臓への血流の勢いも強くなります。たとえ慢性腎臓病を発症していたとしてもBUNの数値が上がらない傾向があります。一方、血流の増加で腎臓に負担がかかり、慢性腎臓病を発症したり悪化させたりするリスクが高まります。
・クレアチニンが上がらないしくみ
クレアチニンは筋肉を動かすタンパク質の一種。筋肉を動かすことに利用されたあと老廃物として出ます。甲状腺機能亢進症は痩せて筋肉量も減るので老廃物のクレアチニンも減ります。慢性腎臓病であれば上昇するクレアチニンの数値を下げて正常に見せてしまうことがあります。(参照:犬猫の慢性腎臓病 発症してから亡くなるまで、飼い主ができることは【獣医師監修】)
また、新陳代謝が活発になりすぎると心拍数も上がり続けるので、心臓が過剰な収縮によって拡大し、心臓病のリスクも上がります。
甲状腺機能亢進症が原因で亡くなる猫は少ないのですが、隠れていた慢性腎臓病が重症化したり心臓に負担がかかって心臓病を発症したりして命を落とすことがあります。
猫の糖尿病は肥満や遺伝が原因になる
糖尿病にかかわるのは、膵臓から分泌されるインスリンというホルモンです。インスリンには体のエネルギー源である血液中の糖(ブドウ糖)を細胞に取り込ませて、血糖値を適正に保つ働きがあります。糖尿病になるとインスリンが十分に働かないので、細胞に糖が届かずエネルギー源が不足して血液中に糖が増えて血糖値が上がった状態になり、神経や臓器に不調が起きます。
糖尿病は人間と同じように1型と2型があります。1型糖尿病は膵臓からインスリンがほとんど出ない状態。2型糖尿病はインスリンが出ているものの量が少ない、あるいは効きにくい状態です。
糖尿病の原因になるのは肥満で、実際に太っている猫が発症することが多く、とくに去勢手術をしている肥満のオスに多い傾向があります。ただし遺伝や膵炎も糖尿病にかかわるので、痩せているから安心というわけではありません。糖尿病の猫は10歳未満では0.5%ですが、10歳以上になると1.8%まで増えるので加齢も影響しています。
【症状】
初期
- ごはんをよく食べる
- 少し痩せる
- 毛づやが悪くなる
- 多飲多尿になる
中期
- 日に日に痩せる
- さらに多飲多尿になる
- かかとを地面につけて歩く
末期
- 食事ができない
- ぐったりしている
糖尿病の症状は甲状腺機能亢進症とよく似ています。中期ころになると細胞にエネルギー源となる糖が不足して末梢神経に障害が起き、かかとをつけて歩くようになるのが特徴です。
【治療】
- インスリンを投与する
- 食事療法を行う
糖尿病の治療は人間と同じようにインスリンの注射と食事療法です。併発しやすい口内炎、腫瘍、慢性腎臓病、甲状腺機能亢進症などにも注意しながら治療を行います。
【自宅でのケア】
- 獣医師の指導のもと、自宅で猫にインスリンを注射する
- 決められた食事を与え、おやつなどを控える
- 適正体重を保つ
糖尿病は飼い主さんが自宅で行うインスリンの注射と食事療法が治療の要。まずは猫の症状を緩和することを目標に、獣医師に相談して飼い主さんのライフスタイルに合わせて無理のない計画を立ててください。
血糖値のコントロールを目標にすると、わずかな数値に一喜一憂することに。目の前にいる猫を中心に治療を続けることが重要なので、獣医師とは不安や疑問を相談できる関係を築いておきましょう。
飼い主のケアで健康で長生きできる
糖尿病は安定するまで数カ月かかりますが、順調に治療が進めば糖尿病で命を失うことはなく、健康的に長生きできます。インスリンの注射が不要になることもあります。
糖尿病の危険な症状は「ケトアシドーシス」です。体に糖が取り込めない状態なので、代わりに脂肪や筋肉からエネルギーを作り出そうとし、その過程で体内に「ケトン体」が溜まります。ケトン体が増えすぎると体内が酸性に傾くケトアシドーシスの状態になります。
血糖値がコントロールできなくなり、嘔吐や下痢、意識障害が起き、治療が遅れれば昏睡状態になって亡くなることも少なくありません。ケトアシドーシスは早期治療で回復できる可能性があるので、急に症状が現れたときはすぐに動物病院を受診してください。
さまざまな理由で糖尿病の症状が緩和できず猫が亡くなった場合も、飼い主さんは自分の手でしっかりケアできたという満足感があり、後悔する人は少ないように思います。
猫が水をよく飲むときは病気を疑う
甲状腺機能亢進症と糖尿病の症状として挙げた「多飲多尿」は、慢性腎臓病の症状でもあります。さまざまな理由で腎臓の機能に問題が起きると尿の量が増え、体内の水分が足りなくなって飲む水の量が増えるわけです。
猫の飼い主さんは「水をあまり飲まない」ことを心配するあまり、「水をよく飲む」ことが健康だと思いがち。さらに甲状腺機能亢進症と糖尿病はごはんをよく食べる過食の症状も出ます。病気と見抜くのは難しいかもしれませんが、いつもと違うことがあれば獣医師に伝えてください。病気を早く見つけられれば、猫の命を救えることはもちろん、寿命をまっとうできる可能性が高まります。
- 監修:田向健一(たむかい・けんいち)
- 獣医師。幼少期からの動物好きが高じて、学生時代には探検部に所属時、アマゾンやガラパゴスのさまざまな生き物を調査。麻布大学獣医学科卒業後、2003年に田園調布動物病院を開院。『珍獣ドクターのドタバタ診察日記: 動物の命に「まった」なし! 』 (ポプラ社ノンフィクション)をはじめ、犬猫およびエキゾチックアニマルの飼い方に関する著書多数。田園調布動物病院
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