(提供:gettyimages)
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不妊・去勢手術で予防できる犬の生殖器の病気 手術を選択しないなら早期発見に全力を

 いつかやってくる愛犬、愛猫との別れに備える本連載。第9回は、メスの乳腺腫瘍(乳がん)やオスの潜在精巣(停留睾丸)をはじめとする、犬の生殖器の病気についてお伝えします。

 犬の生殖器の病気は不妊・去勢手術で予防できる病気が多いものの、なかには100%防げない病気もあります。また、理由があって手術をしない場合は早期発見が重要に。「不妊・去勢手術の有無にかかわらず、予防できる病気で愛犬を死なせないでほしい」と田園調布動物病院院長の田向健一先生は話します。手術のメリットとデメリットも含めて、生殖器の病気の予防や治療について紹介します。

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愛犬、愛猫を穏やかな最期へ導くために飼い主ができること

愛犬の不妊・去勢手術をしたほうがいいのか?

 犬の生殖器の病気には不妊・去勢手術の有無が大きく関わるので、今回は最初に犬の不妊・去勢手術についてお伝えします。とくにメスの生殖器の病気は命を危うくするので、手術を検討することが重要です。

 メスの不妊(避妊)手術には、卵巣と子宮を摘出する卵巣子宮摘出術と、卵巣のみ摘出する卵巣摘出術があります。不妊手術は開腹手術が多いものの、一部の動物病院では腹腔鏡手術も行われていますが、どちらも一泊二日の入院になることがほとんどです。

 オスの去勢手術は、精巣(睾丸/こうがん)を摘出する「睾丸摘出術」が一般的です。陰囊を数センチ切開するだけなので、傷口が小さく日帰りできることが多い手術です。

 飼い主さんが気になるのは「不妊・去勢手術をしたほうがいいのかどうか?」ということでしょう。私は迷っている飼い主さんには十分考えることをすすめたうえで、「手術をしなくて後悔している飼い主さんをたくさん見てきましたが、手術をして後悔している方はいません」と伝えます。

 不妊・去勢手術に抵抗感のある飼い主さんは「自然のままにしてあげたい」と言いますが、そもそもイヌ科の動物としては家庭犬という存在が不自然なので、そこまで自然にこだわらなくてもいいのではないでしょうか。

メスの不妊手術のメリットとデメリット

 メスの不妊手術は初回発情前に行ったほうが病気予防の効果は高いとされています。初回発情は生後6カ月~1歳ころに始まることが多いのですが、この時期は成長期の最中なので、手術のタイミングをはかっているうちに発情期が始まることもあります。不妊手術の予防効果を期待するならなるべく早いほうがいいものの、初回以降でも遅すぎることはありません。

 全身麻酔による手術になるため、麻酔のリスクがデメリットとして挙げられます。ダックスフントに比較的見られる、手術の糸に反応する縫合糸肉芽腫は、反応が出にくい糸を使うことでリスクを大幅に下げられます。

 生殖器がなくなるので代謝の消費カロリーが減り、ホルモンの影響で食欲が出ることもありますが、これらは飼い主さんの食事・体重の管理で解決できることなので、特別なデメリットではないと考えています。

[メリット]
・生殖器に関する病気を予防できる(子宮蓄膿症/ちくのうしょう、卵巣腫瘍/しゅよう、子宮腫瘍など。乳腺腫瘍は手術の時期によって予防効果が変わる)
・母体に危険が及ぶ妊娠を防げる

[デメリット]
・不妊手術に限らないが、麻酔のリスクがある(とくに脂肪の少ないイタリアン・グレーハウンドなどのサイトハウンドや、呼吸器のトラブルが多いフレンチ・ブルドッグなどの短頭種)
・まれに尿漏れが起きる(ホルモン剤で治療できる)

メスの不妊手術は初回発情前に行ったほうが病気予防の効果は高いとされている。ホルモンの影響で食欲が出ることがあるが解決できるのでデメリットではない(提供:gettyimages)

オスの去勢手術のメリットとデメリット

 オスの去勢手術もメスの不妊手術と同様に生後6カ月~1歳ころに行うことが多いと思います。1歳半を過ぎても睾丸が降りてこない潜在精巣(停留睾丸)は、腫瘍化のリスクが高いので早期に手術を行います。

 その他のオスの生殖器の病気は高齢になってから発症することが多いのですが、早めに去勢手術を済ませたほうが安心でしょう。飼い主さんが病気の早期発見に努めることを前提に、生殖器や別の病気になってから検査や手術を行う際に去勢手術を同時に済ませるのも一案です。

 縫合糸肉芽腫と肥満のリスクは、メスの不妊手術と同様です。

[メリット]
・生殖器に関連する病気を予防できる(精巣腫瘍、会陰ヘルニア、前立腺肥大など)
・メスを妊娠させる心配がない
・ホルモンに由来する行動が減る(他犬への攻撃性、マーキングなど)

[デメリット]
・去勢手術に限らないが、麻酔のリスクがある(とくに脂肪の少ないイタリアン・グレーハウンドなどのサイトハウンドや、呼吸器のトラブルが多いフレンチ・ブルドッグなどの短頭種)

オスの生殖器の病気は高齢になってから発症することが多い。早めに去勢手術を済ませたほうが安心(提供:gettyimages)

メスの生殖器の病気 発症から亡くなるまで

 ここではメスが生殖器に関する病気を発症してから亡くなるまでを解説します。不妊・去勢手術では完全に予防できない病気もあるので早期発見に努めてくださいね。

(1)乳腺腫瘍(乳がん)
 犬の腫瘍の発生で最も多いのはメスの乳腺腫瘍(乳がん)です。乳房に米粒大のしこりができて徐々に大きくなり、悪性(乳がん)の場合は肺をはじめ全身に転移します。悪性の割合は統計の取り方によって変わりますが、20~80%というデータもあります。また、発生した年齢が若く腫瘍が大きく、小型犬より大型犬のほうが悪性度は高くなる傾向が見られます。

 乳がんは肺に転移しやすいため、進行すると食欲が落ちて呼吸がしづらくなります。肺に水がたまる肺水腫のように溺死(できし)する苦しみとは異なりますが、徐々に弱って窒息して亡くなります。最後は他の腫瘍と同じく枯れるように亡くなることが多いと思いますが、獣医師に相談して犬のつらさを緩和する治療を行ってください。

 不妊手術をしていても発症する可能性があるので早期発見が重要。日ごろからスキンシップを兼ねて犬の胸のあたりを触ってチェックしておきましょう。

(2)子宮蓄膿症
 ホルモンバランスが崩れて子宮に膿(うみ)がたまる病気です。子宮内で細菌が繁殖してしまうと血液に毒素が入って全身に周って発熱が続きます。進行すると食欲や元気がなくなり、多飲や嘔吐(おうと)に加えて陰部から膿が出たりします。子宮と卵巣を摘出する不妊手術で治療できますが、症状が出た段階では手術をしても間に合わないこともあります。

 また、たまった膿で子宮が破裂すればおなかの中に細菌が散らばってしまうので、不妊手術に加えて腹腔(ふくこう)内を洗浄する処置を行いますが、必ず助かるとは言えません。そもそも状態が悪ければ全身麻酔に耐えられないので手遅れです。発熱の苦しみと炎症の痛みが続き、全身の状態が悪化して亡くなります。

(3)子宮腫瘍・卵巣腫瘍
 どちらも犬では比較的少ない腫瘍で、不妊手術で予防できます。

メスは不妊・去勢手術では完全に予防できない病気もあるので早期発見に努めて(提供:gettyimages)

オスの生殖器の病気 発症から亡くなるまで

 続いてオスが生殖器に関する病気を発症してから亡くなるまでを解説します。オスの病気はすべて去勢手術で予防できるのが特徴です。

(1)潜在精巣(停留睾丸)
 オスは成長と共に腹腔にあった睾丸が陰囊に降りてきますが、途中で止まってしまった状態が潜在精巣です。そのままにしておくと悪性度の高い腫瘍になることが多いため、1歳6カ月になっても降りてこなければ去勢手術を行いましょう。セルトリー細胞腫になると女性ホルモンを分泌し始め、骨髄を抑制して血液を作れなくなります。やがて貧血で元気や食欲がなくなり、意識が遠のいて最期を迎えます。

(2)精巣腫瘍
 精巣の片方もしくは両方に腫瘍が発生して大きくなります。潜在精巣を除き10歳を過ぎてから発生することが多い。悪性度が高いので進行すると転移することが多く、早期発見が重要です。

(3)前立腺肥大
 男性ホルモンの影響で前立腺が大きくなって尿道を圧迫し、尿が出にくくなります。QOL(生活の質)が低下するだけでなく、尿道閉塞(へいそく)が起きて尿が出なくなれば命に関わります。去勢手術で予防できる病気です。

(4)会陰ヘルニア
 男性ホルモンの影響で肛門(こうもん)の横の筋肉が萎縮し、進行すると筋肉が裂けて腸や膀胱(ぼうこう)が入り込み、膨れてしまいます。すぐに犬の命を奪う病気ではありませんが、便が出にくくなったり、尿が出しづらくなったりしてQOLが著しく低下します。去勢手術で予防できる病気です。

オスの病気はすべて去勢手術で予防できるのが特徴(提供:gettyimages)

乳腺腫瘍で愛犬を亡くした飼い主の後悔

 愛犬を乳腺腫瘍で亡くした飼い主さんの話を紹介します。診察の段階で乳がんが肺に転移した末期の状態でおそらく2~3週間の命だろうと思ったので、私は抗がん剤を使ってもほとんど意味がないことを伝え、残りは苦痛を緩和できるように点滴して、おいしいものを食べさせたり穏やかに過ごしたりすることをすすめました。

 しかし家族の中で今後の意見が分かれ、一方は私の言うようにしたい、一方は腫瘍専門医へ行ってみたい、と。結果、腫瘍専門医に診察してもらうと電話があり、私からの紹介ではありませんが、いいのではないですか、と送り出しました。私が専門医を紹介する理由は、「自分では対応できず専門医の技術なら治せる可能性がある」、あるいは「飼い主さんが納得できるように死が近いことをきちんと伝えてもらうため」、この2つです。

 その後、3カ月してから飼い主さんだけ来院されました。愛犬は腫瘍専門医のところへ行ったあと3週間ほどで亡くなってしまったそうです。治療ができると思ったら状態が悪くてなかなか抗がん剤ができなくて、でもなんとかしたくて……と、専門医に診てもらったのに、愛犬が亡くなったことをいまだに受け入れられず、私に相談しにきたのでした。

 愛犬が乳腺腫瘍になって亡くなってから、不妊手術をしていなかったことを初めて後悔し、何か月後もまだ悩んでいる飼い主さんの話を聞き、私は悲しくて仕方がありませんでした。ずっと後悔していたら動物だって浮かばれませんよね。飼い主さんの悔いが残らない、そして動物も穏やかな死を迎えさせることも獣医師の役割だと改めて感じた出来事でした。

死を迎えるときに後悔のないよう考えておきたい(提供:gettyimages)

不妊・去勢手術で予防できる病気で死なせない

 私の愛犬なら迷わず不妊・去勢手術をしますが、飼い主さんにすすめているわけではありません。どんな手術にもメリットとデメリットがあるので、かかりつけの獣医師に相談して飼い主さんが選択することが重要です。不妊・去勢手術をしないのであれば、早期発見に力を尽くすこと。飼い主さんは予防できる病気で愛犬を死なせない、もし死なせても後悔しない覚悟をもってほしいと思っています。

 生殖器の病気は高齢で発症するので、「年をとってかわいそうだから」と治療を行わない飼い主さんもいますが、苦しんで死なせるほうがかわいそうだと思いませんか。もし全身麻酔ができない状態であっても、苦痛を緩和するための治療があるので獣医師に相談してくださいね。

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監修:田向健一(たむかい・けんいち)
獣医師。幼少期からの動物好きが高じて、学生時代には探検部に所属時、アマゾンやガラパゴスのさまざまな生き物を調査。麻布大学獣医学科卒業後、2003年に田園調布動物病院を開院。『珍獣ドクターのドタバタ診察日記: 動物の命に「まった」なし! 』 (ポプラ社ノンフィクション)をはじめ、犬猫およびエキゾチックアニマルの飼い方に関する著書多数。田園調布動物病院
金子志緒
ライター・編集者。レコード会社と出版社勤務を経てフリーランスになり、動物に関する記事、雑誌、書籍の制作を手がける。愛玩動物飼養管理士1級、防災士、いけばな草月流師範。甲斐犬のサウザーと暮らす。www.shimashimaoffice.work

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この連載について
病気別・犬猫の最期
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