「お久しぶり、ミーです。この連載の初めの頃以来ですね」(小林写函撮影)
「お久しぶり、ミーです。この連載の初めの頃以来ですね」(小林写函撮影)

職場に次から次へと現れる野良猫たちにTNR 「私が世話します!」と迷わず挙手

 猫との出会いは運命だ。

 そう感じている人は多いだろう。都内で会社員として働く一恵さんもその一人だ。

 一恵さんにとっての運命の猫の名前は「ミー」という。今から約3年前、当時住んでいたアパートに現れ、部屋に上がり込んできた野良猫だった。譲渡先を探すつもりで保護したが、ミーは妊娠していた。ひとり暮らしで猫飼育の経験のない一恵さんには、生まれてきた子猫の世話ができる自信はなく、苦渋の選択をする以外方法がなかった。

(末尾に写真特集があります)

野良猫に思いをはせるように

 不妊手術をしたミーを一度は自分の家に迎えた。だが、結果として、両親の家に引き取られることになった。

 日当たりのよい実家のマンションのリビングで、無防備な姿で寝ているミーを眺めていると幸せを感じる。同時に、もしあのときミーを保護しなかったらどうなっていただろうかとも考える。外での生活は過酷だ。ミーとの出会いを通し、一恵さんは飼い主のいない猫たちの一生に目を向けるようにった。

「モフです。猫柄マットって僕たち用ってこと?」(小林写函撮影)

 ミーと同じような猫たちのために、自分にも何かできることはないか。そう考え、行動を起こした一恵さんのもとに、2匹の兄弟猫「チビ」と「モフ」がやってくる。

 そのきっかけになったのは、一恵さんの勤務先の猫問題だった。

次から次と現れる野良猫たち

 一恵さんが勤めるのは食品倉庫をテナントに貸し、合わせて管理も行う会社だ。構内には巨大な倉庫が立ち並ぶ。そこに現れる猫たちは、会社にとっては「害獣」だった。

 預かっている食品に傷をつけては大問題になる。職員が猫を見つけ、捕まえては構外に連れ出すなど、何らかの処置はしているが根本的な解決には至っていなかった。

 猫は次から次へと現れ、いつのまにか子猫も増える。こっそり餌をやっている人や、構内に猫用の段ボールハウスを設置する人もいた。

 冷凍庫の中に猫が入り込んだという連絡が入れば、職員が夜中でも血眼で探し出す。その最中に引っかかれて怪我をした、という話も聞いた。猫よけの忌避剤をまいても効果がなく、相談した行政には「猫が出て行ってくれるのを待つしかない」と言われ、手をこまねいていた。

TNRの情報が入る

 そんなとき、人を介して知り合ったKさんという女性から「猫のことで困ったことがあれば、お手伝いするけど」と持ちかけられた。彼女は、個人で保護活動を行うボランティア集団のリーダーで、定期的に譲渡会も行なっていた。

 それで、一恵さんはこの会社の話をした。するとKさんはきっぱり言った。

「餌やりを禁止しても猫は減りません。まずは増やさないこと。そうすれば、数は確実に少なくなりますよ」

 Kさんは「TNR」について説明した。これは飼い主のいない猫を捕獲し(Trap)、不妊去勢手術を行い(Neuter)、元の場所に戻す(Return)活動のことをさす。TNRを行なっている地域では猫たちの繁殖は止まり、一代で生をまっとうするため、数は自然に減る。

 Kさんは、ベテランボランティアと組んで行ったある企業のTNRの成功事例を一恵さんに話した。

 そして一恵さんが会社にかけあってくれれば、手を貸してくれるというのだ。

 捕獲した猫が子猫の場合はKさんが引き取り、譲渡会に出して譲渡先を探すという。

「チビだよ。棚は僕の遊び場さ」(小林写函撮影)

 ちょうど5月末で、猫の出産時期だった。段ボールハウス内で子猫が生まれたとの情報が入り、全撤去の命が下された。一恵さんは意を決し、現場で猫問題の処理にあたっているTさんに、Kさんからの提案を話した。

 Tさんの上司もTさんも、それほど乗り気ではなかった。不妊去勢後の猫を元の場所に戻すということは、構内に猫がいつくことだ。Tさんは、今まで猫の餌やり禁止などを強く呼びかけていたのに、食品を扱う構内で会社が率先して猫の面倒を見ることに異議を唱えた。しかもTさんは犬派だった。

 それでも、話だけは聞いてみようということになり、Kさんに会社に来てもらった。

職場で持たれた話し合い

 不妊去勢後に戻ってきた猫たちは、皆でルールを決めて世話をすることが重要だと、Kさんは力説した。

 まず、餌場を数カ所に作る。毎日きまった場所に餌があるとわかれば、猫たちはほかの場所を漁ることはしないし、お腹をすかして構内をうろつくことはなくなる。

 餌場にはトレイルカメラを設置する。そうすれば、常に現場で見張っていなくても、構内にいる猫の数や種類、行動がわかる。新しい猫が外から入ってきた場合も見つけやすい。不妊去勢手術をしていないなら、すぐに捕獲して手術を受けさせることも可能だ。

 猫は愛護動物として動物愛護法で守られており、保護以外の目的での捕獲や遺棄、みだりに殺すことは犯罪になる。TNR+M(見守り)は、猫も人も共生できる平和的な解決方法とのことだった。

「僕たち兄弟なんだ」(小林写函撮影)

 猫の捕獲と動物病院への搬送はKさんたちが行う。会社には、手術費用の負担と、手術後に戻された猫たちの面倒をきちんと見ることをお願いする、というのが、Kさんからの条件だった。

猫たちの世話、やります!

 金銭的な問題はいいとしても、TNR後の猫たちの世話は誰がするのか、という話になった。Tさんは渋い顔をしているし、ほかの職員は忙しい。

「私が責任を持ってやります。捕獲のお手伝いもします。残業や休日出勤になってもかまいません」

 一恵さんは一も二もなく手を上げた。

 実はKさんからの提案を会社が断ったら辞職しようと思い、辞表を用意していた。たかが猫一匹も救えない会社は、社員も大切にしてくれないだろう。それに今後目の前で猫たちが厳しい状況にさらされていくのを見るのは、耐えられなかったからだ。

 会社はゴーサインを出し、晴れて一恵さんは職を失うことなく、猫のTNR活動に参加することになった。

 次回、後半へと続きます。

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宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
動物病院の待合室から
犬や猫の飼い主にとって、身近な存在である動物病院。その動物病院の待合室を舞台に、そこに集う獣医師や動物看護師、ペットとその飼い主のストーリーをつづります。
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