子のため必死に働いてきた女性 犬猫たちとの日々、51歳の今「人生再スタート」

2匹の犬
家の近所の河原を散歩するルナ(左)と菜々緒(田形さん提供)

 30代で離婚して子どもを引き取り、家族のため必死に働いてきた女性が、40代で猫を迎え、その後再婚。一昨年、50歳の時に一軒家を建てて、犬も飼い始めた。しかし犬と暮らすのは人生初ということもあり、世話やしつけにてんてこまい。そこに自身の体調不良や会社のパワハラも起きて……女性はある決断をする。

(末尾に写真特集があります)

2匹の犬、2匹の猫との暮らし

 自然の多い多摩地域に、田形さん(51歳)の家がある。一昨年、 50歳の時に夫婦で建てた2階建ての2LDKの一軒家だ。

「設計士さんの提案は4LDKでしたが、子どもは独立して夫婦2人だし、設計時からいた猫のほかに、また猫が増えるかもと思って広く住めるようにしました。結局犬が加わったので、広めにしてよかったのですが」

 窓から山々を望むリビングに入ると、2匹の犬と2匹の猫が「誰?」「知らない人だ」というように一斉にこちらを見た。猫は、三毛とキジ白。犬は、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエルと、中型の雑種だ。

 田形さんが、にこやかに、それぞれの子を紹介してくれた。

女性と猫
菜々緒の横で、モーズリー、エバンを抱く田形さん

「キャバリアは元繁殖犬の菜々緒で8歳。人が大好き。雑種が元野犬のルナで4歳、かなりビビり。キジ白のエバン君と三毛のモーズリーは、公園に遺棄されていた推定8~9歳の兄妹猫……わんずもにゃんずも、みんな保護された子たちなんです」

 説明の途中で、ルナが上目遣いにこちらをみて、すーっと少し離れたところに移動する。

「これでもルナはだいぶ慣れたんです。来た時は私もまったく触れなかったんですから……犬を飼うのは初めてですが、こんなに可愛いと思いませんでしたよ。こんなに大変とも思わなかったけど(笑)」

 そう言いながら、田形さんは「にゃんず、わんず」といかに家族になってきたかを、振り返ってくれた。

猫と過ごした40代

 田形さんは、22歳で結婚。2年後に長女を、その4年後に長男を生んだが、32歳の時に離婚した。

「子どもを引き取り、とにかく育てなきゃと思って、小さな会社の正社員になりました。平行して大学で情報教育を学びながら、その後、メーカーや金融などで5年くらい派遣で働き、42歳で派遣から正社員として採用されました。そして、44歳でペットを飼えるマンションを買いました。もともと猫や犬が好きでしたが、自分の両親も前の夫も動物嫌いで飼えなかったので、大人になったら自分の猫を飼いたいと思っていて……。その年に猫を迎えました」

 迎えるならペットショップでなく保護された動物がいい。仕事があり散歩の自信がないので犬より猫。子猫よりはおとな猫。留守が多いので1匹より2匹……。ペット譲渡サイトをのぞくと、1歳半くらいの“条件にぴったり”の猫を見つけた。

「2匹の猫が東京都三鷹市の公園の大きな木の下にうずくまっていたところを、保護団体(むさしの地域猫の会)にレスキューされたんです。それがエバンとモーズリーですが、2匹とも保護時に丸々していたというので、誰かに飼われて途中で遺棄されたみたいです。エバン君なんて会の保護時に9㎏あり、うちに来た時も8㎏は超えていて、歩き方もよたよたでした」

 申し込みをして、2匹そろってマンションに迎えることになった。今は甘えん坊で物おじしないエバンだが、迎えた当初は“とがった神経質キャラだった”のだという。

「当時、娘は海外留学していたので、息子と私のふたりで猫を迎えました。モーズリーは割と早く心を許してくれたんですが、エバンが息子ばかりになついて。エバンはすごくイケメンだからそばに来てほしいんだけど、私は嫌われてるーなんて思った(笑)。でも、とにかく2匹が仲よくて、猫同士で抱き合う姿に癒やされました」

 田形さんが猫を飼っていた時に働いた職場では、少し違和感を感じたり、上司に強くあたられて、ストレスを感じていたそうだ。だが2匹を見ていると、心が和んだのだという。

女性と犬
遠慮がちなルナ(左)に「いらっしゃい」と声をかける田形さん

再婚とエバンのキャラ変

 猫を飼った1年後、田形さんは45歳の時に、今の夫と再婚した。

「離婚してすぐ勤めた職場で知り合い、(自分が仕事を辞めても)時々会って遊ぶ仲間でした。ある時、私が仕事でつらいことがあって街中で飲みつぶれたことがあって(笑)。その時に迎えにきてくれて、『心配だから、結婚して一緒に住もうか』と言ってくれたんです。まあまあ年下なのですが、子どもたちも賛成してくれました。介護婚だ、なんてみんなで言ってましたけど」

 ちょうど息子が少し離れた大学に通うため一人暮らしをすることになり、夫婦だけの暮らしとなった。夫は動物好きで、一緒に住むようになると、エバンやモーズリーをとても可愛がった。しばらくすると、それまでかたくなだったエバンが、赤ちゃん返りのように甘えだしたのだという。

「迎えて3年経ち、エバンは4歳を過ぎた頃でしたが。急にそれまでしなかった“フミフミゴロゴロ”をするようになって、私にもおなかを触らせてくれたり、頭をこすりつけるようになったんです。時間が経ってからでも、猫は変わるんだと感動しました。モーズリーは“あざと可愛い”感じで夫に甘えるので、おもしろかったですね。私は子育てに少し自信がなかったのですが、猫たちに対する無償の愛は、子育てにも絶対に役立つと感じ、もう少し早く猫と暮らしておけばよかったなんて、思いました」

2匹の猫
とにかく仲良しのモーズリー(左)とエバン(田形さん提供)

 猫2匹と夫婦の暮らしが落ち着くと、夫婦の間で「一軒家に住みたいね」という話が出たのだという。

「夫はもともと犬派で、実家でも昔キャバリアを飼っていたので、戸建てで犬が欲しかったようです。私も中型ぐらいの犬で家族を探している子がいたら、迎えたいと思うようになりました。2階建ての家なら、太り気味のエバンが上り下りして自然に運動ができるし……そこからは、“戸建てへの引っ越し”へまっしぐらでしたね」

 週末ごとに不動産会社に相談にいき、夫の実家の近くに見つけた土地に、家を建てることにした。
そして、一昨年7月に、エバンとモーズリーを連れて、引っ越してきたのだった。

いい夫婦の日に迎えた初めての犬

 猫たちは、驚くほど順応性が高く、すぐに一軒家になじんだという。

 そして、引っ越して4カ月ほど経った頃、家から車で20分くらいの場所にある保護施設を訪ねてみた。

「広島の野犬を引き取って譲渡している施設で、どんな犬がいるんだろうねと夫と訪ねてみたら、野犬の母犬が生んだ後、誰からもお声がかからず2年くらい施設にいるというルナちゃんと出会いました。控えめな感じの女の子で、触れ合った時に、優しそうだし、この子なら犬を飼ったことのない私とも合いそうだし、猫たちともうまくいく、この子だ、と感覚的に思いました」

 夫は、別の元気な雄を気にいっていたが、田形さんはルナを“推し”た。家のボスはオス猫のエバンなので、「男の子同士だと縄張り争いで衝突するのではないか」と思ったからだ。

「夫を説得し、ルナを迎えたのですが、家に来た日がちょうど『いい夫婦の日』で。これでますます夫婦円満になりそうなんて思いました(笑)。他の犬が気にいっていた夫も、いざルナが来るとすごく可愛がっていました」

 しかしルナは思っていた以上に怖がりで、いい子だねとなでることもできなかった。おやつを見ても緊張のためか近寄らず、家の中で逃げ回った。

「施設ではおやつを食べていたそうですが、あまりにおびえて逃げるので、夫と脳になにか障害があるのかなと話したほどでした。もちろんそれでも受け入れるつもりでした。私には心引かれるものがあったし、ふとこう思ったんです。この子はおとなだけど、ふつうの家を知らない“子犬”なんだ、焦らずにいこうと」

2匹の犬
同じケージに入るルナ(上)と菜々緒ちゃん

 ルナは施設で1日2回の排泄(はいせつ)のため散歩をさせてもらっていたので、初めからタイミングが整っていたが、緊急時などに家でもできるように、ルナが尿をした土を拾って、室内に置いたシーツに少しまくと、そこでも排泄ができるようになった。

 家では体が触れなかったが、とにかく散歩が好きで、散歩の前にハーネスをつける準備をする時だけは、玄関に追いこんで触れたという。

 田形さんは、「お散歩を通して心を通わせられる」と思い、夫と交代で朝晩、散歩に連れていった。

 肝心の猫との関係は、イマイチ。猫は「ウロウロしてうざい(シャーシャー)」と威嚇し、ルナはそんな猫たちと目を合わせず、いじけているように見えた。

 田形さんの目には、そんなルナがふびんに映り、「犬の仲間を迎えようか」と夫に相談すると、夫も「僕もそう思っていた」とうなずいた。

天真爛漫な2匹目の犬

 そして、昨年2月。ルナを迎えてから3カ月後、キャバリアの菜々緒を迎え入れた。

 菜々緒とは、繁殖のためだけに生かされてきた犬や猫たちが引退して新たな家族と出会うための譲渡型カフェ「保護犬カフェ西八王子」で出会った。

「2匹目もある程度の体格だと、体力的に(自分が)散歩に連れていくのが厳しいと思い、ルナより小さな犬を探しました。保護犬カフェのサイトを見ていたら、菜々緒が出ていて、いかにもキャバリアらしく、“天真爛漫(らんまん)な感じ”だったので、こういう子が家にいてくれたら和むだろうなと思い、会いにいきました。昔、キャバリアを飼っていた夫はもちろん大歓迎」

 申し込みをすると、ほどなくして菜々緒が家にやってきた。

「菜々緒は推定8歳。すぐに家になじみ、私のこともなめてくれましたが、いろいろ体に問題がありました。何匹も生んだせいか、臍ヘルニアがあり、背中の脇が脱毛し、シッポは毛がなくて“ごぼう”みたい。歯周病で口臭がひどく、のどの軟骨も肥大して呼吸が苦しそうでした」

 菜々緒を迎えた翌月、避妊と喉の軟骨切除手術、臍ヘルニアと1回目の抜歯手術を一緒にまとめてした。この犬種の多くが持つ先天性の心疾患の懸念があり、何度も麻酔をしないですむようにという先生の考えからだった。

「キャバリアは(先天的な)心臓疾患が避けられない犬種なので、手術は心臓が元気なうちにと勧められました。菜々緒を迎える時に犬種のことを調べ、病気は覚悟していて、今まで大変な環境で暮らしてきたのだから、あとは我が家でゆっくり余生をという、看取(みと)りにも近い感情で受け入れたんです。心臓については、先生と相談したいと思っています」

 菜々緒は足腰の関節が悪くなりやすいと聞き、滑らないように床にタイルカーペットを敷いた。どうやら散歩の経験がなく、排泄のしつけもできておらず、決められたシーツの上で尿ができず、自分や猫のうんちまで食べてしまったので、その対策も必要だった。 

「獣医さんに話すと、シーツを敷きつめた狭い空間で生活し、そこで“排泄し放題”の習慣があったのかもしれないとおっしゃっていました。猫の食糞対策としては、排泄をすると電動でうんちが下に落ちて見えなくなる猫トイレに変えました。菜々緒が散歩に慣れて外で排泄することを覚えてからは、(排泄の数が)1日2回に整ってきて、人間が便を拾いやすくなり、ほとんど問題がなくなりました」

犬と猫
ルナ(左)とエバンの「かっこよさMAX」の2ショット(田形さん提供)

 猫たちはルナの時と違って菜々緒にシャーをせず、菜々緒も猫にはほえなかった。

「保護犬カフェにも猫がいたし、菜々緒と猫のサイズ感が同じなので、大丈夫だったのかもしれないですね。犬同士の相性も、“あること”を除けばとくに問題はなかったです」

 菜々緒は田形さんのひざに乗るのが大好き。猫のエバンやモーズリーが先にひざに乗っている時は、お先にどうぞと譲った。ところが、自分が田形さんのひざに乗っている時にルナが近づくと、「だめ」と体当たりした。

「猫と犬の攻防はなかったけど、私のひざを巡る女子同士のマウントがあったんです(笑)。菜々緒が来てしばらくすると、ルナもやっと体に触らせてくれるようになったので、“いい子だ、いい子だ”と口に出して可愛がっています。主役感の強い菜々緒の可愛さと違い、一歩引く感じが本当に可愛いんですよね」

ついに仕事を辞める決心をした

 田形さんいわく、ルナは体が元気だが精神的な問題を抱えている。菜々緒は精神的には問題がなく明るいが、身体的な問題を抱えている。

 そんな2匹を心配し、仕事をしながらケアをしているうちに、田形さん自身の体に異変が起きてしまった。昨年9月のことだ。

「ひどい腹痛が起きて、調べたら臍部皮下腫瘍(しゅよう)というのになっていて、手術をすることになりました。じつは2、3年前に子宮内膜症の腹腔(ふくくう)鏡手術をしたのですが、その時の傷痕が炎症を起こしていたんです。コロナ禍で在宅ワークだったけど激務で、そんな中で慣れない犬の散歩や世話もがんばって、心身が疲れたみたい」

 夫も散歩はもちろん手伝ってくれたが、出張が増えて、田形さんの散歩の負担が増えていたのだ。

 離婚し、再婚した後も子どものために休まず仕事をしてきた田形さんだが、その病気以降、これでいいのかな、と考えるようになった。引き受けた犬の面倒をしっかりみるためにも、自分も健康でないとならない。

 そんな矢先、勤めていた会社でパワハラを受け、今の仕事を無理して続けて、体力と時間を費やすのはもったいないと強く感じ、11月になり、「仕事を辞めよう!」と思ったのだという。

「生活は夫のお給料で何とかしていけるし、息子も一昨年就職し、奨学金を彼が返せる(だけの力をつけてあげることができた)のではないかという自負もありました。扶養内で、時間や気持ちにもっと余裕のあるパート職を選べば、犬たちのお世話がもっとできるし……ある意味では、犬がいたからこそ、他の選択肢が見えなくなっている自分に気づき、このへんでちょっと生き方、考え方を変えようかなと思えたんです」

 田形さんは12月の始めに退職し、その1週間後に、菜々緒の2回目の歯周病の手術を行った。

「これからもいろいろあるとは思うけど、51歳のここから人生のリスタートと思い、わんずのことも、にゃんずのことも、しっかり見守っていきたいと思います。あら?いつの間にか、エバンが2階に上がったみたい。いつもみんなで寝ている寝室にいったのかな。見てみますか?」

 モーズリーを抱いて田形さんが階段を上がると、菜々緒がその横をすりぬけるように駆けていき、ルナが「私もいく」というように、そっと後についてきていた。

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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
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