涙の「別れ」からミラクル復活した21歳の黒猫 はしご車でレスキューされた経験も

黒猫
21歳半の三郎ことサブ(恵子さん提供)

 21年半前、高いフェンスに乗って降りられなくなった黒猫を発見。はしご車を呼んで保護し、愛情をたっぷり注ぎながら長い年月を過ごしてきた家族がいます。20歳を超えた昨年、猫はひきつけを起こして瀕死になったのですが、お別れ会をしたところから奇跡的に復活……たくましい猫へのあふれる思いを、家族に語ってもらいました。

(末尾に写真特集があります)

はしご車でレスキュー

 東京都足立区のマンションに住むサブは、現在21歳半という超高齢な黒猫。

「うちのサブは1日の大半、寝ている。もう“お年”なので」

「好きな時に起きてきて、好きなだけ食べる。自由だよね(笑)」

 サブと同居猫ちくわと両親と暮らす恵子さん(49歳)が、近所に住んで「サブのためならすぐ駆けつける」という妹のすーさん(46歳)と共に、取材に応じ、サブの半生を教えてくれた。

4匹の猫
20年前、3匹の雌猫とにぎやかに過ごしていたサブ(一番上)(恵子さん提供)

 サブが、恵子さんとすーさんの姉妹と出会ったのは、21年と少し前。当時まだ二人は20代。その時のことをよく覚えている、とすーさんが振り返る。

「11月の寒い雨の夜。私は親戚の家に行ってたんだけど、いとこのお兄さんが表に出たら、鳴き声が聞こえたと戻ってきて。一緒にその声をたどると、近くの高校のグラウンドのフェンスの上に小さな生き物がいた。暗かったけど、やばい、あれは猫か?と」

 フェンスは15m以上あり、人は登れない。すーさんはすぐに交番まで走り、助けを求めた。

「『猫らしき生き物がいるんで消防署に連絡してほしい』と言うと、おまわりさんは『え、猫?』という感じだった。でも、『あのままだと危ないので』と強めに言うと、やっと連絡をしてくれて」

 仕事帰りだった恵子さんも、すーさんから連絡を受けてグラウンドのフェンスへと向かった。それからほどなくして、消防署からはしご車が無音で現地に到着。皆ではらはらしながら、見守った。

「はしごを伸ばして、動けないでいる小さな生き物を消防隊員がつかむようにして……抱えて降りてきて私に『ホイッ、子猫だよ』って。よかったーと歓喜の涙。でも私が救いを求めたおまわりさんが、(犯人を追い込む時などに使う)“さすまた”持ってきたんでうそだろって(笑)。猫どうやって捕まえんのよ、あんな高いフェンスで」

「まあでもサブ、はしご車で派手な登場だったね。おろしたら生後1カ月半程度で思ったより小さくて……犬に追われて木からよじ登ったようだけど、よくあんな高いとこに乗ったものだわ」

 恵子さん姉妹はそのまま子猫を保護し、ひとまず親せき宅に戻った。さて、猫をどうするか……。お母さんにも来てもらい、「親戚会議」をした。親戚宅には猫が1匹、姉妹の家には猫が3匹いたが、結局「うちの4匹目に」と、恵子さんたちが引き取ることにしたのだった。

武勇伝あれこれ

 はしご車で登場という派手な出会いをしたサブだが、本人の性格は、いたっておとなしく、甘えん坊。

 当時、家にいた18歳のおばあちゃん猫のミーコと、1歳の雌猫ユッケ、トロともすぐなじんだ。

「サブは若い頃から穏やかだった。雌ばかりの中で雄1匹、意外とやられっぱなし(笑)」

「成長すると顔も骨格も大きくなって、『ザ・雄猫』という感じになったね。よくお母さんのひざに乗っていたけど」

 猫の中でとくに仲がよかったのは、キジトラのユッケで、2匹で遊んだり寄り添ったりしていたという。

3匹の猫
10年前、特に気が合ったユッケ(左)とストーブ前で(恵子さん提供)

「ごはんだから『ユッケを呼んできて』と言うと、本当にユッケを連れてきた。言葉もわかるし、サブは昔から賢かったなあ。体も丈夫だったし」

 病気らしい病気をしたことはなかったが、少し慌てたのは、肛門(こうもん)囊炎になったこと。肛門腺に炎症が起きて破裂してしまったのだ。肛門の脇に穴が開いて病院で処置をしたが、その痕が、二つめの肛門のように見えたという。

「サブ大丈夫かよ~って笑いながら心配したよね。下(しも)の話でいうともう一つ、サブの失敗談というか“武勇伝”が。サブは去勢をしていたけど、一時よく室内でマーキングをしていた……ある時、お母さんが床でごろごろしていたら、サブが近づいて、顔めがけてスプレーしちゃった!『うわ~っ』てお母さんの声がして。何が起きたのかと思ったら顔と髪がぬれてクサくて一大事(笑)」

 サブが3~4歳の頃にすーさんは結婚して家を出たが、しょっちゅう会いに戻ってきた。新居に連れていきたい気持ちもあったが、お母さんにべったりで、ユッケとも仲良しなので「実家にいるのがハッピー」と思ったのだ。

友との別れを悲しんだ優しきサブ

 明るい家の中で、仲間猫とのびのび、ストレスなく暮らしていたサブだが、5年前にはつらい別れがあった。仲良しだったユッケが、病気で、あっと言う間に旅立ってしまったのだ。

「診てもらった病院で脂肪種と言われたのだけど、気になってセカンドオピニオンを聞くと、骨肉腫ですでに3カ所くらいに転移していて手遅れで……足が腫れて本当に可哀想だった」

 ユッケを火葬してお骨を家に持って帰ると、サブはそのお骨の前に座ったり寝そべったりして、ずっと寄り添っていた。その姿を、恵子さんもすーさんも忘れられないという。

黒猫
威厳を感じる最近のサブ(恵子さん提供)

「ユッケが亡くなった後、『ユッケは?ユッケを呼んできてよ』と言っても、探しにいかなくなった……」

「探さない代わりに、『呼んできて』と言った人の顔を見て、『ニャー!』と強く鳴くようになったのよね。『もういないよー、ユッケはいないんだよー!』と、訴えているみたいだった。それまでおとなしかったサブの感情が一気に爆発した感じだった……」

 おばあちゃんだったミーコも、ユッケと同い年だったトロも、その時すでに旅立っていたので、複数で育ったサブは、“ひとりぼっち”になってしまった。

 さみしいのかなと考えていたちょうどその時、知り合いから雄猫ちくわを譲ってもらった。

 とつぜん現れたやんちゃな弟分の面倒をサブはよく見て、少し若返ったようにも見えたという。

てんかん発作、そして……

 サブが倒れたのは、弟分ちくわがきて2年後……去年5月のことだった。

 急に首を左右に小刻みに揺らすようにけいれんし、よだれを垂らした。

 病院に連れていった時には震えも少し治まっていたので、先生に「よだれが出ているので歯周病かな」と言われ、とくに何の処置も受けずに戻された。

 だがその晩またけいれん、ひきつけが強くなって、よだれも大量に垂らし、ぐるぐる旋回した。

「歯周病でこんなにならない、ただごとじゃない」と、翌日病院に連れていくと、待合室でも足をばたばたさせ苦しそうにうなった。前日は不在だった院長に診察してもらうと、てんかんの発作だろうということで、すぐに注射を打ち、薬を処方してくれた。

 発作はそれで止まったが、ぐったりと立ち上がれず。膀胱(ぼうこう)にたまった尿がうまく出ず、おむつをつけた。

 原因を追究するには、高度医療で脳を調べる方法もあったが、すでに20歳。「無理することなく、無理させることなく」との思いで、近所の先生にそのまま任せることにした。姉妹で補液と圧迫排尿の仕方を先生から習い、恵子さんが夜に補液を担当、すーさんが圧迫排尿をしに実家に通った。

抱っこされる猫
「甘えん坊のサブは生きる張り合い」とお母さん(恵子さん提供)

「起き上がれないし、もうこれは危ないと思い、“サブの声を最初に聞きつけた”いとこのお兄さんや叔母を家に呼んで、『お別れ会』をしたのよね」

 今まで20年間ありがとう、家族になってくれてありがとう、優しい子だったね……
それそれがサブへの思いを口にし、別れを告げた。

 ところが、サブはそこから奇跡的な回復を見せたのだった。よみがえったのだ。

ミラクルな復活はご褒美かも

 倒れて10日め。サブが、ふぅ~っと立ち上がった。そしてよろよろと、歩き出した。

 歩けなかったのは、(発作の)筋肉疲労が原因だったようだ。

「感動ものだった!ごはんを少し離した場所に置いて、こっち、こっちと呼んで、歩行のリハビリをして。そのうちトイレにも行きだして。少しずつ、元のように歩けるようになっていって」

「そうそう。でも発作の影響なのか。食べたと思ったらまた食べるという時期もあったわね。最近は落ち着いてきたけど、えっ、また食べてるの?って感じで」

黒猫
「慌てない、慌てない」(恵子さん提供)

 けいれんで倒れてから、すでに1年半が経つ。

 高齢猫にとってはとても長い時間だ。自宅での補液と投薬を今も続け、容体は落ち着いている。すーさんもしょっちゅう会いにきている。

「あの時、お母さんも『もういい、よくがんばった」と泣いたし、親戚もみんな涙流して“お別れ”して……そこからのミラクルな復活だからね。一度あきらめちゃって、悪かったなあ(笑)」

 今は、ご褒美のような日々なのかもしれない。

 姉妹二人の心も落ち着いている。

「このままゆっくり過ごしてほしい、ただそれだけ」と恵子さんが言うと、

「確かに何も望まない」とすーさんも、しみじみ。

「心配は最期のことだけ。最期の時に穏やかに逝けたらいい。家の初男子がこんな立派に長く生きてくれて、感謝しかないよサブ、ありがとう」

(取材後の20211128日、サブちゃんは静かに旅立ちました)

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藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
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