近づく人をシャーッと威嚇し「ならず者」と呼ばれた猫 今はとびきりの甘えん坊に変身
交通事故に遭って動物指導センターに収容され、その風貌(ふうぼう)や粗暴な様子から“ならず者”のなら君と呼ばれていた雄猫がいる。人になれない難しい猫と思われたが、保護猫カフェに移ると少し穏やかに。その後、優しき家族と巡り合って新たな生活をはじめると、すっかりベタベタの甘えん坊に……。その変化や今の生活ぶりを聞くため、新居に会いにいってみた。
時間とともに距離が近づいて
埼玉県内のマンション。飼い主のかおりさんに案内されて広いリビングにいくと、窓際のおもちゃのトンネルにキジ白猫が入っていた。ちょこっと顔をのぞかせている。
「この子が、元なら君。推定3歳の男の子。今は五右衛門という名です。元々つけてもらった“なら”も残して漢字で奈良にして、フルネームは奈良五右衛門。そんな和風な雰囲気が似合うなと思って」
ほほ笑みながら、かおりさんが五右衛門をなでる。
来客に慣れていないのか、五右衛門は「何者?」とけげんそうにこちらを見てトンネルから出た。脚を少しひきずりながらもササ~と小走りし、部屋向こうのハウスに入りこんだ。
ハウスの横は食事処、その隣は透明ガードで覆われた排泄(はいせつ)スペース。高さの違う踏み台が二つ重なり、階段状の先に大きなトイレが設置されている。一見、小さな山のようだ。
「足の不自由な五右衛門にとって、使いやすいトイレは大事。試行錯誤を繰り返しました」
五右衛門は腰が悪く、後ろ脚への神経伝達がうまくいかない。そのため、トイレをまたいでいることに気づかず外に尿が出たり、自身が汚れた砂に埋もれたりすることもあったという。
「トイレをまたぐのではなく、五右衛門がトイレのほうに降りるように空き箱などで工夫しました。ホームセンターで高さの違う踏み台を見つけ、今の形まで進化したんです」
たまにお尻が高く上がりすぎて失敗もあるが、ほぼうまくいっている。
「トイレコーナーも進化したけど、とにかく五右衛門自身、家に迎えてからすごく変化したんですよね……」
五右衛門は、ハウスにさし入れたかおりさんの手に顔をスリっとつけた。どうやら、ママが大好きなようだ。
「以前、“ならず者”と呼ばれていたのが不思議なほどの甘えん坊さんです(笑)。家にきて10カ月、時と共に一歩一歩、距離感が近づいた感じです」
ならず者の過去
五右衛門は、2020年2月18日、茨城県内でけがをして動けなくなったところを市役所の職員に保護され、県の動物指導センターに収容された。
その2日後、定期的に同センターを訪れている保護猫カフェ「ねこかつ」代表の梅田さんに、数匹と共に引き出された。
「ねこかつ」の当時のインスタグラムには、粗暴な性格と容姿からならず者の「なら君」とセンターで名付けられた猫がやってきた、というふうに記してある。
当時、センターで「なら君」を担当した獣医師(現在は「学園の森訪問診療アニマルクリニック」院長)の鈴木恵美先生に聞いてみると、本当に「ならず者感があった」という。
「交通事故と思われますが、腰をひかれて脚が立たず、擦り傷だらけでした。痩せて、半開きのつり上がった目でじっとしていましたが、人が顔をのぞくと『見るなー』と威嚇。ごはんをあげても食器をひっくり返し、差し出したちゅーるは猫パンチではたきおとす。部屋の片付けをしても『触るなー』と怒る。尿が出ないのでおなかを押す圧迫排尿が必要でしたが、上半身は動くので、かまれたり引っかかれたりしてしまう。だから(上半身だけ)バスタオルで包み治療をしました。もし後ろ脚が動いていたら、この子のケアは(プロの私たちでも)大変だったと思います」
お世話をしたセンター職員の動物看護師も『なら君はちょっとやばい』と話すほど、センターでも抜きんでて「シャーシャーな猫」だったという。
ふつうは収容された猫には可愛い名を付けるというが、「見る者みんな倒してやる!」という好戦的な態度に、鈴木先生や他のセンター職員の頭には、ならず者という言葉がすぐに浮かんだのだという。
「よくなるように治療をしているのだから、少しはわかってほしいという気持ちもありました。でも当時は事故による痛みもあって触られるのが嫌だったのでしょうね。ねこかつの梅田さんに渡す時、人になれてないし、圧迫排尿もあるけど大丈夫かな、と心配したのは確かです。なら君の名前の由来を聞いてもひるむことなく、梅田さんは『大丈夫、なら君をすぐにゴロゴロ言わせて見せますよ』とおっしゃってました。本当にその後、変わったのですね(笑)」
とにかく可愛く感じて
迎え入れたかおりさんはもちろん、下半身不随や圧迫排尿、なかなか人なれしない事情を知った上で五右衛門を迎え入れた。
それでも、かなり悩んだそうだ。
「以前の職場で、下半身が悪く自力で排泄ができない雌猫を保護しました。その猫は同僚の飼い猫になりましたが、私もその猫の圧迫排尿を手伝ったことがあったので、障害猫のケアに大きな抵抗はなかった。と同時に、大変さもわかっていて……。申し込みの時に、幸せにしてあげられるかなと不安に襲われましたね。それでもトライアルに踏み切ったのは、自分には『なら君』がすごく可愛く感じられ、一緒に暮らしたいと思ったからです」
かおりさんは夫と2人暮らし。猫が好きで、時々「ねこかつ」のインスタをのぞいて「なら君」の存在が気になっていたが、昨年6月にアップされた動画にグッときたのだとか。
「お薬を飲むのがいやで『遠慮させていただく』って感じで手を遠ざける動画ですが、中にオッサンが入っているみたいで、笑っちゃった。この子がもし家にいたら楽しそう、家に迎え入れたいと強く思ったんです」
その後、かおりさんは2度くらい「なら君」に会いにいき、気持ちを固めていった。
そして、引っ越しをすることにした。
「いつか引っ越しをしたいと考えていたのですが、引っ越したら猫を迎えたい、その猫は『なら君』がいいなと。でも家探しをしている間に他の方が手を上げたら後悔すると思い、ねこかつさんに、『引っ越ししたら迎えたいので、待って頂けないか』とお話ししました。すると、『負傷猫はお声がかかりにくいし、大丈夫だとは思います』とのことでした」
“赤い糸”はしっかり結ばれていた。
なら君は、かおりさんが8月半ばに前より広い家に引っ越しするまで、ちゃんと保護猫カフェで待っていた。その間にかなり人なれし、圧迫排尿も不要になったそう。筋力がついたおかげで足腰が立ってきて、2カ月くらいすると、自分でトイレに行かれるようになったのだ。
順調な滑り出しだった。
五右衛門に思わぬ天敵が現る
かおりさん夫妻は去年9月7日にトライアルを開始。9月21日に正式に迎え、奈良五右衛門としての、新たな人生が始まった。
五右衛門は新居で少し恥ずかしそうにしたものの、“シャー”はしなかったそうだ。
「来てすぐの時はカーテンの裏に隠れたけど、翌日には私たちの前でゴハンを食べました」
新居には、人の家具より先に、五右衛門のリュック型キャリーや、餌台、トイレ、ハウスなど必要最低限な猫グッズをそろえ、猫部屋に人が生活するような感じになった。
リビングの床に、前の家から持ってきたコタツや小さいテーブルをひとまず置いて、食事をそこでするという“じべた”生活。
「コタツで食べる時、五右衛門が近寄るとなでてあげたので、本人にとっては、家族の食事=甘えられるとわくわくして待っていたのかもしれません」
顔をすりつける甘え方がだんだん変わり、秋ごろから、体を預けるようになった。さーっと走ってきて、かおりさんにぴとっとお尻をくっつけたり、床に寝ているかおりさんの顔面によいしょ、とお尻をのせてみたことも。
痩せていた体もふっくらしてきた。
ところが今年1月、ちょっとした出来事が起きた。
ダイニングテーブルセットを買ってリビングに置くと、五右衛門が体調を崩したのだ。
「テーブルが大きくて怖かったのか、その日のうちに下痢になって、床がうんちまみれに。(いやだろうけど)シャワーでお尻を洗ってあげなければならず、2日くらいおなかの調子が治りませんでした。ちょうどその時に、使いやすいようにと猫トイレの向きを変えたりしたので、いろいろ重なったからかな」
ふつうの猫ならテーブルに飛び乗ったかもしれないが、高い所に登れない五右衛門には、突如現れたテーブルは、えたいの知れない怪獣に思えたのか。食事するかおりさんとの距離も少し遠のいてショックだったのかもしれない。
「どんだけ繊細なんだと思いましたが、時間をかけて、ダイニングテーブルに慣れてもらいました」
はげた五右衛門と脱毛防止の秘策
かおりさんの仕事は福祉関係。コロナ禍でも、福祉施設への出勤が続いていたが、今年の1月は、ほぼ在宅勤務となった。
「普段は朝から夜まで家を空けるわけですが、在宅の時はずっと一緒。それで絆を深められたと思いますが、大変だったのは在宅明け。ふだんの勤務形態に戻ると、五右衛門の脚や腰やおなかがはげてきたんです。なんと、さみしさから、自分で毛をむしっていたんです」
動物病院に相談にいくと、「この子は甘えん坊なうえに環境変化に弱い。あまり環境を変えないで」と先生に言われたという。
「不在時も、家族が家にいるのと同じ環境にするとよいとアドバイスされました。音がうるさいのが苦手な子もいると思いますが、五右衛門の場合は“暗い中で無音で取り残される”のがストレスになる。だから、私たちが外出する時は、テレビかラジオをつけて、常夜灯もつけていく。朝、仕事に行く時、最初は行ってくるねと言っていたけど、今はバイバイは絶対に言わない。バイバイ=外出とわかる子もいるようなので、悟られないようにそっと出ます」
そんな親心と努力が実を結んだのか、脱毛は治ってきたという。
うんと甘えて長―く生きて
五右衛門は推定3歳だが、「想像できないような苦労や痛い思いをしているはず。だからこそ大事にしたい」と、かおりさんはあらためていう。
「あくびをした時にあごからかくっと音がするのですが、(事故のせいか)歯が折れているし、左目から涙がでるし、斜視もあります。大きな物や大きな音が苦手なのは、車に当たった恐怖心がまだあるのかもしれないですよね……」
若くして傷を負った。でも障害をはねのける元気と、理解ある家族に包まれ、今は幸せだ。
顔の表情もずいぶん和らいだ
この先も「猫は五右衛門だけかな」とかおりさんが続ける。
「たとえばもう1匹猫を迎えたら一緒に遊んだりして、さみしさが減るかもしれない。でも主治医の先生にも、『飼い主を独り占めできなくなるので、この子は一匹の方がいいだろう』と言われました。だからずっとイチャイチャして、ぴとってお尻をくっつけてほしい。そういえば昨日、私の腕でモミモミしたんです!これからも甘えて、そして長く生きてほしいな」
後日、センターでの様子を知る鈴木先生に五右衛門の様子を話すと、笑顔でこう話した。
「状態が落ち着いて、とんでもないシャーシャー猫が数カ月後には大変身することってあるんですよね。自力で排尿できるようになったこともすごいし、あんなに手のかかった子が深く愛されてべたべたになるなんて、すごくうれしく思います」
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