性格はまったく違う2匹のおじさん猫 おとなの距離を保ちつつ、のんびり暮らし
高齢の両親が立て続けに倒れ、可愛がっていた猫が実家に残されてしまった。その猫は、14年前に息子が「親に何かあったら自分が引き取ろう」と心に決めて保護していた。今年に入り、いざ“その時”が訪れ、息子は誓い通りに自分の家に猫を連れてきたが、同世代の先住猫は受け入れるだろうか……。高齢者がペットを残すことは問題になっているが、サポートがあれば幸せなひとときを過ごすこともできる。ある家族と猫の愛の物語。
実家に猫が残された
信之さん(47歳)と妻の真希さん(44歳)は、現在、都内のマンションで2匹の初老のオス猫、モンジとトラと暮らしている。
夫妻はモンジと3年半前から一緒に住んでいるが、この春、実家に住んでいたトラが「仲間入り」したのだ。
信之さんが説明する。
「僕の母が3月1日に倒れて翌2日に入院し、その18日後、今度は父が入院してしまった。両親がトラと暮らしていたため、トラが1匹だけ実家に残される形になったんです。トラは14歳、けっこうなおじさん猫です」
両親はともに80代。実家は、信之さんの住むマンションから自転車で15分くらいの距離なので、両親の入院後は、毎日世話をしにいっていた。だが、両親共に入院が長引きそうだとわかり、「トラだけで住むのはさすがに可哀想だ」と思い、3月末に家に連れてきたのだという。
一方、先住のモンジは元地域猫。信之さんは2014年にモンジと会い、外で会えば話しかけるなどして可愛がっていたが、道に倒れていたところを保護し、それを機にトラより一足先に、家の猫として迎え入れた経緯がある。
「モンジは推定11~14歳と獣医さんに言われていて、トラと年代がだいたい一緒。“おじさん猫”同士なのでスムーズにいくか心配でした。でもじつは、トラを子猫時代に保護したのは僕で、何かあったらトラをひきとるつもりでいたのです。思いがけず、モンジが先にうちに来ましたが……」
両親を説得して迎えた子猫
トラと信之さんの出会いは、14年前にさかのぼる。
まだ信之さんが独身で、両親と一緒に住んでいた夏のある日。仕事帰りに通りすぎた公園の出入り口付近に、生後3~4カ月とおぼしき子猫がいた。
「子猫が公園の縁石から道路側に落ちて、にゃあにゃあ鳴いていたんです。公園内に野良猫の家族がいたのですが、そこに戻らずずっと僕の足元にいて離れなくて、これは保護しなければ、と。それでまず母に連絡して、『猫を連れて帰りたいんだけど』と相談して……。最初はしぶったものの承知してくれました」
母がしぶったのには理由があった。信之さんの両親は、本来は動物が大好き。しかし以前飼っていた愛犬が亡くなった時にひどいペットロスになり、それ以来、「別れがつらいから」と動物と暮らすことを避けていたのだ。
「でもどうしてもその時、子猫だったトラを放っておけなくて。それで20年以上ぶりに動物との暮らしが始まったんです。トラは父とすごく仲良くなり、ずっと一緒にいるようになりました」
トラを保護した5年後。実家を売却することになり、両親と信之さんは別に暮らすことになった。近所の団地で一人暮らしをすることになった信之さんは、トラをそのまま両親に託し、週の半分は会いにいく生活をした。
そして2013年に今のマンションに引っ越して、真希さんと同居、結婚してからも、トラの様子を見にいった。
真希さんもトラの爪切りやシャンプーなどの手伝いにいき、動物病院にも連れていった。
「トラにとって、私は(実家にやってきて)いやなことをする人だったと思うけど、近頃やっと慣れてくれてよかった」と真希さんはいう。
「ちゃんと迎えてくれよな」と伝えていた
大きな出来事を経て、春から始まった“夫婦とモンジとトラ”の共同生活。おじさん猫同士がなじむのは、思ったより早かったようだ。
「2匹の性格はぜんぜん違うんです。トラはフレンドリーで、最初に住んだ家では昼に外に出て、若い猫を連れてきたり、隣家の猫と仲良くする親分肌な面があった。一方、モンジは外猫時代もひとりを好む一匹おおかみタイプで、仲間とつるまなかった。だから最初は相性を心配したんですよね」
ところが2匹は取っ組み合うようなこともなく、トラが家に来た2日後には、顔をつけて鼻チューをした。そんな姿に信之さんも少し驚いたようだ。
「モンジは言葉がわかったのかな。僕はトラが来る前から、『もともとここはトラを飼うためのマンションなので、トラが来たらちゃんと迎えてくれよな』と話していたんです。モンジはちゃんと受け入れたけど、鼻チューのあと急にシャーをしたりして、トラが面食らうこともたびたび(笑)。今はそのシャーも1日1回程度に減りましたが」
それでもトラもモンジもいい年なので、「おとなの距離感をうまく保っている」と信之さんがいう。この取材時にも、2匹は廊下で、50センチから1メートルの間隔を取っていた。
「トラを迎える少し前に、けがした黒猫の子を保護してしばらく家に置いたんですが、子猫がぐいぐい来てモンジが引いて、その後体調も崩してしまった。あの時よりはずっと落ち着いていますからね」
ただし、モンジはそれまで1日の大半を過ごしていたリビングをトラに譲り渡し、昼も寝室にこもることが増えた。トラが寝室に入ろうとするとモンジがいやがるので、信之さんは夜から朝までは“それまで通りの夫婦とモンジの時間”として大切に過ごすことにした。そして、トラには夜、別の部屋で寝てもらうことにした。
「来てすぐの頃は夜にモンジと運動会をすることもあり(階下に迷惑がかかりそうだったし)、この家にすっかり慣れたわけではないので、夜だけケージにいれています。物分かりよく寝てくれるので、助かっています」
高齢者が犬や猫と暮らすこと
信之さんの母、凱子さんは5月に残念ながら病院で亡くなり、父の繁さんは今も入院中だ。実家に戻れる見込みは少ないという。
トラを迎えた時に両親は70歳を超えていたが、「14年間、猫とよい時間を過ごしたと思う」と信之さんは話す。
「僕の両親は長いこと一緒にいたせいか、歳をとるごとに夫婦げんかが多くなりました。大概は父が何もせずずっと座っているからなんですが……。そんなふたりの仲をとりもっていたのがトラでした。父がよく、『トラがいなければ話す話題が無い』と言っていました。トラは老夫婦の生活に彩りを与えていたし、動物との暮らしを楽しんでいたと思います」
しかし今は、ほとんどの動物愛護センターや保護団体が、猫や犬の譲渡に年齢制限を設けているのが実情だ。
「僕は保護猫カフェでお手伝いをしているのですが、そこでも基本的に高齢者には譲らないことになっています。でも年齢だけでシャットダウンしてしまうのはもったいないなぁとも思うんです。子猫から飼うことは反対ですよ。でも“おとなの猫”を迎えることはできると思う。高齢の猫で家族を待っている猫もたくさんいるので、何かマッチングできるようなものがあればよいのに、と」
もちろん、高齢者が飼う時には子供や周囲のサポートが必須だ。
「とくに、うちの両親は移動手段が無かったので、動物病院にトラを連れて行くことが難しかった。なので、もしサポートが無い高齢の方が猫を飼う時には、訪問診療対応の動物病院を選ぶことをおすすめしたいですね」
高齢になってやむをえず飼えなくなり、猫が引っ越しをした時は、ゆっくり愛情深く見守ればいいのではないか、と信之さんは話す。
「モンジもトラも長いことそれぞれの猫生を経験してきたので、すぐに変えられないことが多いし、トラだって両親と会えなくなってさみしいと思う。なので、ゆっくりでよいので今の家の生活に慣れて、モンジともこのままの距離でいいので、穏やかな高齢期を過ごしてほしいです」
じつは信之さんは、まだ両親が元気だった一昨年、「ペットと入れるお墓」を一緒に見に行き、購入したという。
「父と母、そしてトラ。長く一緒に過ごしてきたので、これからも近くに居させたい。また一緒に暮らせる時がくるからね。それまではトラ、ここで楽しくやろう」
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