元野良の姉妹猫を迎えた家族 猫との幸せな日々で、難病のお兄ちゃんの体調が安定

 神奈川県のある町で、ノラ猫たちの糞尿被害の苦情相談を受けた個人ボランティアが手術・保護譲渡に乗り出した。生後2カ月ほどの3姉妹は、鎌倉にある保護猫カフェの外預かり猫として、譲渡先を探し始める。猫と暮らすのは初めての家に迎えられ、家族の笑顔の中心になった2匹は、難病の筋ジストロフィーを患う大学生の長男と大の仲良しに。「高かった数値が、今はすっかり安定している」と長男の主治医を驚かせている。

(末尾に写真特集があります)

譲渡先からのうれしい報告

 8月のある日。鎌倉の保護猫カフェ「鎌倉ねこの間」のオーナー、永田久美子さんのもとに、譲渡先からこんなメールが届いた。譲渡した猫の近況報告はいつもうれしいものだが、この報告はまた格別にうれしいものだった。

くつろぐ2匹の猫
ソファでくつろぐ姉妹(N家提供)

 2匹の猫がしあわせそうにくつろぐ写真数枚が添えられたメールは、N家の長男である20歳の泰地(たいち)さんからだ。

「『ましろ』と『こと』がやってきて半年になりました。涼しい日には窓際で日なたぼっこをし、暑い日には日陰で休んでいます。おなかを丸出しにしてぐっすり眠っている顔が可愛いです。家族の一員として安心してくれているのかな、と思っています。

 ことは甘えん坊。ましろはしっかり者で好奇心旺盛。性格は反対ですが、2匹とも食べるのが大好き。しっかり食べてすくすく成長してくれています。

 そんな2匹は、我が家のアイドル。家族全員で可愛がっていますし、2匹とも長生きしてほしいです」

「我が家には譲渡は無理でしょうね」

 永田さんは、泰地さんの母親である恵子さんが「鎌倉ねこの間」にやってきた半年前の冬のことをよく覚えている。初めての客だった。あれこれと話をする中で、大学生から小学生までの4児の母であること、恵子さんが猫を飼いたいと言い始めたこと、長男が難病を持っていることなどを知る。

「難病の息子がいる我が家には猫の譲渡はご無理でしょうね?」

 恵子さんが控えめな口調でそう尋ねたとき、「そんなことありません」と永田さんは明快に答えた。

 子供の育ちには、動物との非言語コミュニケーションがとても大切で、相手を思いやる気持ちを育ててくれると、永田さんは確信している。病気であろうとなかろうと、同じこと。いや、外出が思うに任せないお子さんなら、より大切なことではないだろうか。病気だけでなく、自閉症や引きこもりなどの子を持つ家庭に、これまで何匹も譲渡して可愛がってもらっている。

 あいにく、そのときカフェに在籍中の子猫は予約が入っている子ばかりだったので、カフェの外での預かりボランティア宅にいる猫たちを「こんな子たちもいますよ」と紹介した。「ハク、コト、ソウ」と名づけられた元ノラ3姉妹である。ノラ猫たちの糞尿に対する住民の苦情が増えてきた地域で、寒空の下を震えていたのを、捕獲や預かりのボランティアの人たちの連携で救われたいのちだった。

3匹の猫
譲渡を待つ、(左から)ハク、コト、ソウの3姉妹(鎌倉ねこの間提供)

 永田さんは付け加えた。「1匹より2匹が飼いやすいですよ~」

 それは、恵子さんも心のどこかで願っていたことだった。

主治医は心配したが、トライアル決行

 恵子さん夫妻の長男、泰地さんに「筋ジストロフィー」という病気の発症がわかったのは、小学1年生の時。階段を上るのが次第にゆっくりになり、ふくらはぎが硬くなっていったのだ。この病気は、筋肉が徐々に衰えていく進行性の筋疾患で、指定難病となっている。電動車イスでバリアフリーの学園に通っていた高校3年生の時には、心不全の発作が起きた。

 社会福祉を学び始めた大学1年の時には、脳梗塞(こうそく)を発症。コロナ禍もあって、2年生の現在は自宅でのリモート学習の日々を送る。

 泰地さんの友人のひとりは、最近猫を2匹飼い始めて、コロナ禍でも楽しそうだ。家が動物病院の友人もいて、そのお母さんから恵子さんは「猫を飼うときは、保護猫を育ててやってほしい」と聞いていた。

2匹の子猫
預かり先での、ハクとコト(鎌倉ねこの間提供)

 迎える前に、泰地さんの主治医に相談すると、先生は言った。
「うーん、おすすめできないかな。アレルギーが出たら大変だし、呼吸にも支障が出るかも。血液サラサラの薬も服用中だから、かまれたりひっかかれたりしたときの傷も心配」

 先生の心配はよくわかったが、一家はもう「猫と暮らす」という気持ち満々だった。ひとまず、紹介された子猫たちのうち、ハクとコトのトライアルをしてみることにした。

猫がいるって、楽しい!

 やってきた2匹の愛らしさといったら! 一番心配だったアレルギー症状も出ず、2匹はN家の猫となり、名前は「ましろ」と「こと」になった。

 主治医に報告に行くと、先生は「それはよかった」とにっこり。そして、「数値も安定している」と驚いた表情を見せた。

 2月に2匹を迎えてから、それまで高く不安定だった泰地さんの諸検査の数値は、きょうまで安定した値を保ち続けている。恵子さんには、泰地君が体も気持ちも穏やかに過ごせていることが何よりもうれしい。

 恵子さんは言う。

「いつも周りの方たちに支えられて学校生活を送ってきた長男でしたが、コロナ禍で交流もできにくく、孤独感はどんなにか大きかったと思います。2匹がやってきてから、家族全員の会話も笑顔も増えて、ほんとうに迎えてよかった。4きょうだいが姉妹猫を真ん中に楽しそうに集まっているのを見て、母親として『ああ、きょうだいって、いいなあ』とあらためて思わされたりもしています」

2匹の猫
天真爛漫な、ましろ(左)、なでてもらうのが好きな、こと(いずれもN家提供)

 好奇心旺盛なましろちゃんと、控えめなことちゃん。

「ましろは、ニャアニャアとたくさんお話してくれるし、抱っこもさせてくれる」(家族全員)

「ことは、声がかぼそくて、守ってあげたくなる可愛さがある」(きょうだい全員)

「ましろの無防備な寝姿に癒やされる。ことは、足元にスリスリしてくれるのが可愛い」(泰地さん)と、姉妹はそれぞれに個性を愛され、のびのびと暮らす。

「なんでソウちゃんもうちの子にしなかったの」と、小学生の長女が気にかけていたソウちゃんも、その後すぐに譲渡先が見つかり、可愛がられて暮らしている。

 コロナ禍のため、電話での取材だったが、最後に電話口の恵子さんに「猫のいる生活はどうですか?と、泰地さんに聞いてみてください」とお願いをした。

 電話口の向こうから、朗らかな泰地さんの声が飛び込んできた。

「しあわせです! しあわせです! とってもしあわせです」

【前の回】余命わずかな飼い主との約束 獣医師と保護団体が手をつなぎ、残される猫を新しい家へ

佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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