余命わずかな飼い主との約束 獣医師と保護団体が手をつなぎ、残される猫を新しい家へ

 房総の農村部で、父の代から獣医を開業している石井先生は、ある飼い主の入院中には、いつも飼い猫を預かっていた。飼い主の余命はもう長くないと思えた今年夏の初め、先生は申し出た。「うちで預かって、新しいおうちを見つけましょう」。そして、その約束がかなった日、飼い主は静かに息を引き取った。

(末尾に写真特集があります)

2代目・地域の獣医さん

 海が大好きで、よく日焼けした肌の持ち主である石井先生は、「石井獣医科」の2代目だ。飼い主の話をよく聞きながら、ていねいに牛や豚の治療にあたっていた父の姿を、子どものころから見て育った。将来は父と同じ獣医になりたいと思う気持ちが強くなり、獣医師になった。父と共に診療するのが夢だった。

 2代目となった10年前には、時代のニーズに合わせて、診療対象は犬と猫がほとんどになっていたが、「飼い主の気持ちに寄り添う」治療方針は変わらない。

獣医師と猫
診療所で。預かり猫ミーちゃんと

 いつも、飼い猫を毎月、1~2週間預ける飼い主がいた。60代のひとり暮らしの男性だったが、がんを患っていた。猫を預けるのは、放射線治療のためである。

 男性は、去年夏、生まれてひと月ほどの子猫を見捨てることができずに保護してしまい、可愛がっていた。その猫まりーのためにも、治療をがんばっていた。

 だが、がんは転移して、余命は長くないと思われた。遠くに住む親族は、「猫は保健所に」と言っている。飼い主の話によく耳を傾けていればこそ、石井先生には、そんな事情も、飼い主のつらさも手に取るように分かった。

「まりーちゃんは、うちで預かって、新しいおうちを見つけますよ」

 先生が、そう申し出ると、飼い主は心底ホッとしたようだった。

子猫
ペット・ホテル預かり当時のまりー(石井先生提供)

いつも預かり猫がいっぱい

 飼えなくなった飼い主から犬や猫を引き受けるのは、初めてではない。

 6~7年前に、高齢になって犬を飼いきれなくなった飼い主が、「保健所にやるしかない」というのを聞いて、「じゃあ、うちで飼いますよ」といったのが最初だった。

 石井先生は言う。

「せっかく命あって生まれてきた動物たちが、路頭をさまよったり、処分されたりするのが嫌なんです。できる限り、いのちを全うできる方法を、飼い主さんと一緒に考えたい。安楽死は、しなかったとは言いませんが、一緒に考え抜いたギリギリの選択のときだけでした」

 数年前からは、いくつかの保護団体と連携して、保護猫の手術をしたり、各所から預かった猫を保護団体が主催する譲渡会に参加させて、譲渡先を見つけてもらったりしている。いろいろな都合で飼い主さんから預かる「ペット・ホテル」も完備している。

 だから、「石井獣医科」は、いつも、預かり猫で満員だ。

 預かり保護猫の部屋とペット・ホテルは、診療所とは、それぞれ別棟になっている。

ケージの中の猫
預かり保護猫軍団にいっせいに甘えられる石井先生

 取材の日も、保護猫の部屋には、8匹の子猫たちがいた。外で生まれた子猫たちの一時預かりだ。保護当時、シラミだらけだったので、その処置や諸検査をここに滞在中に済ませて、連携している保護団体「goens」の譲渡会に出すことになる。

譲渡会でひとめぼれされて

 さて、まりーのその後は……。預かった直後の今年6月、インスタグラムのまりーの写真に添えて、先生はこう書いた。

「飼い主さんが療養中のため飼うことができなくなった、恥ずかしがり屋のまりーちゃん。頭やあごをなでられるのがとても好きな女の子です。少しでも早く新しい家族を探して、飼い主様を安心させたい。飼い主様には時間がないです」

 まりーが初めて参加した譲渡会にやってきたのは、娘ふたりと暮らす絵美子さん。猫OKの家に引っ越して、いざ大好きなサビ猫を迎えようと張り切ったが、4月に迎えた先住猫はキジトラ女子のさくらだった。goensの譲渡会で、ケージの中で脚をフミフミして愛敬を振りまいていたさくらに、娘たちともどもノックダウンされたのである。

リラックスする猫
多頭崩壊現場出身。推定3歳のさくら

 トライアル申し込み後に聞かされたのは、さくらは、20匹もの多頭飼育崩壊現場のゴミの山の中で出産間際だったということ。

 最初に現場に入ったボランティアによって、さくらは石井獣医科に運ばれ、石井先生が出産後まで預かった。乳離れ後、さくらは譲渡会に参加した。

 おとなしく甘えん坊のさくらは、絵美子さん一家に可愛がられて暮らし始めたが、日中をひとりで過ごすのがさびしすぎて、体じゅうにハゲを作ってしまった。そのため、「妹分になる子猫を。今度こそサビ猫」と譲渡会にやってきて、もう子猫ではないサビ猫まりーにひとめぼれしてしまった絵美子さんだった。

ゆっくりと、姉妹に

 こうして、時期は違えど、共に石井先生預かりだった2匹は、そんないきさつなど何も知らずに申し込んだ絵美子さん一家に迎えられ、共に暮らし始めた。

 やってきた妹分を、さくらは喜んで迎え、さっそくなめまわそうとした。だが、まりーにシャーシャー言われ、心が折れてしまう。その後、まりーのシャーシャーはおさまっても、微妙な距離はなかなか縮まらずにいる。

「でも、とくにべったりでなくても、穏やかに共存してくれれば。そのうち、寒くなったらくっつくんじゃないかな」と、絵美子さんはおおらかに見守る。

抱っこされる猫
抱っこが好きなまりーは、1歳になったばかり

 まりーの譲渡がさくらのおうちに決まった知らせをgoensから受けた石井先生は、「ああ、よかった、よかった」と、胸がいっぱいになった。

 飼い主さんに喜んでもらおうと連絡を取ると、すでに旅立ったあとと知る。旅立ちの日は、まりーのトライアルが決まったその日だった。

「きっと、飼い主さんは、まりーがしあわせになることがわかって、安心して旅立たれたに違いない」と、先生は思っている。

 預かり保護猫部屋にいた子猫8匹は、goensの譲渡会で譲渡先が次々決まっている。さくらが産んだ2匹のうち生き残った「汪二郎」もあたたかな家族のもとで暮らしている。

 ホッとするのもつかの間、石井先生は、今日も大忙し。避妊手術やら預かりやらで、次々と、保護猫たちがやってくる。

「助けられる命は、手をつないで、助けたい。まずは、地域内の家のない猫や殺処分をゼロにするのが目標。保護団体・ボランティアさん・行政と力を合わせてがんばります!」
 マスクに隠れて見えない笑顔が、見えた気がした。

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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「里山の子、さっちゃん」「猫だって……。」など。Webサイト「フェリシモ猫部」での「道ばた猫日記」は11年目。

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猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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