「生きたい!」「助けたい!」 2つのあきらめない心が瀕死の子猫に起こした奇跡

 猫は、不思議な生き物だ。ときとして「奇跡」としか言いようのない物語を紡ぐ。埼玉県で、元気いっぱいに家猫生活をスタートさせたキジトラのみーちゃんも、その1匹だ。目が開いたばかりで単身保健所収容となったとき、彼はもう死にかけていた。何とか助けたいと最後まで願い続けた人々の思いに、小さな命は応え、光さすほうへ戻ってきた。

(末尾に写真特集があります)

譲渡会で出会った、天真爛漫な子猫

 保育園から帰ってきたユイトくんは、部屋に入るなり、待ち構えていたみーちゃんと遊び始める。みーちゃんは、3週間前にやってきた、推定5カ月の黒キジの可愛い「おとうと」だ。

 みーちゃんは、飛んだり跳ねたり、丸まったり伸びたり、転がったり隠れたり。長いしっぽをゆらゆらさせて、飽きることなく遊び続ける。遊びの合間に、ピカピカの目でじっと見つめてきたり、甘噛みしたりすることもある。

「かわいい」

 ユイトくんの口から一日に何度この言葉がこぼれるだろう。甘えん坊でやんちゃなきょうだいができて、ユイトくんは毎日が楽しくてたまらない。みーちゃんだって、同じだ。

男の子と子猫
はしゃぐ弟に「ソファから落ちちゃうよ!」

 ユイトくんとみーちゃんの出会いは、今年の1月。お父さんとお母さんが相談して、「ひとりっ子のユイトのためにも」と、猫を迎えることにしたのだ。

 ユイトくんはお母さんといっしょに譲渡会に出かけた。しょっぱなから、ケージの中から手を出してきて、ユイトくんに「遊んで、遊んで」と猛アピールしてきた子猫がいた。こぼれ落ちそうな大きな瞳の子だ。他の猫たちも見ないうちに、ユイトくんは「この子にしよう」とお母さんに訴えた。息子が選んだ天真爛漫な子猫に、お母さんも異存はなかった。

 ケージの名札には、仮の名として「きせき」とあった。

 トライアルの申し込み時に、川越市の保護猫シェルター「またたび家」代表である塩沢美幸さんが子猫の過去を話してくれた。ユイトくんのお母さんはびっくりして、ぽろぽろ泣きながら心に決めた。「どんな子を迎えても大事にする気持ちに変わりはないけど、この子は、絶対にしあわせにしてやらなくては」と。

死線をさまよっていた子猫

 昨年10月14日のこと。1匹の子猫が埼玉県内の保健所に収容された。生まれて2週間ほどの乳飲み子だ。保健所では、捨てられた子猫やノラ母さんとはぐれた乳飲み子や交通事故に遭った猫など、そのままでは生存できない猫を、通報や持ち込みにより収容している。

 この子は道ばたに捨てられたのだろうか、母猫とはぐれたのだろうか。お乳をいったい何日飲めたのだろうか。痩せこけて目はうつろ、ぐったりとしていた。このままでは明日の朝までに死んでしまうと、職員はペットボトルの湯たんぽを作って子猫にあてがい、連絡を取り合っている「またたび家」代表の塩沢さんに知らせた。

ぐったりした子猫
ペットボトルにぐったりともたれる子猫(保健所にて)

 塩沢さんはまったく手が離せない状態だったため、職員さんは、車で子猫をシェルターまで連れてきてくれた。

 一目見てもう危ないとわかった塩沢さんは、ほかの予定を急ぎとりやめ、すぐさま、保温をしたまま、獣医さんのもとへ。

 体温は32.1度、体重は200グラムしかない。

 「これは、うーん」と言いながらも、「やれることはやってみます。がんばりましょう!」と、獣医さんは集中治療室に預かってくれた。

最後まで諦められない、助けたい!

 いっときは持ち直すかに見えたが、1週間後、「危篤」の知らせが入る。

 駆けつけると、子猫は、もはやピクとも動かず、瞳孔は開き始めている。これまでに事故重症などの瀕死(ひんし)の保護猫を、必死の手当てのかいなく幾度となく見送ってきたが、その間際の姿がそこにあった。

 「できることはすべてしました。これ以上は……」と言う獣医さんに心から感謝をし、家に連れ帰ることにした。

病院で。小さな体で、懸命にがんばっていた(またたび家提供)

 連れ帰る車の中で、子猫の息は浅く、時にカッと大きく息を吸い込んだ。いよいよの時の呼吸である。

 だが、塩沢さんはあきらめきれない。「楽しいこともうれしいことも何も知らずに命が終わるのは早すぎる。生きて。しあわせになろう!」と、ただそれのみを願い続けた。

 それから、塩沢さんが夜を徹して子猫のためにしたことは、次の5つだった。

① 点滴(脱水しているので)
② ブドウ糖投与(砂糖水やガムシロップでも可)
③ 暑いくらいの保温(熱を逃がさないようキャリー内で)
④ 少しずつの強制給餌(乳飲み子にはミルク)
⑤ あきらめない

そして、奇跡が起きた

 子猫は、ただただ生きようとしていた。塩沢さんの手当のすべてを受け入れた。

 そして、「生きたい」「助けたい」という2つの思いが強く結ばれたとき、奇跡が起きた。

 頭を起こしたのは、2~3日後。自分で初めて水を飲んだのは、その数日後。半月後には、目に生き生きとした光が宿っていた。

 元気になった子猫は、「きせき」という仮の名をもらった。シェルターに移動してからは、ほかの保護子猫たちと仲良く遊びまわる日々。猫も人も大好きな、好奇心旺盛で活発な子に育った。

 「懸命に命をつなぐために手を尽くしてくださった、保健所の職員さんや獣医さんたちの思いと行動があったからこそ、奇跡は起きました。私のしたことは、最後まであきらめなかったこと」と、塩沢さんは語る。

ケージの中の子猫
ボク、元気になったよ!(またたび家提供)

 そして、すっかり元気になったきせきくんは譲渡会にデビューし、ユイトくんのハートをつかんだのだった。じつは、この日、愛らしく人懐っこいきせきくんは大モテで、トライアル申し込みは何件もあったそうだ。

 塩沢さんは言う。

「どのご家庭も、きせきを可愛がってくださるだろうなあと思えるおうちばかりでした。でも、きせきのこれまでをお話ししたときに、ユイトくんのお母さんが「大事にしたい」という言葉とともに流された涙を見て、きせきがしあわせに暮らす未来がはっきり想像できたのです」

 生きていてくれて、ありがとう。その思いをずっと共有できると、確信したのだった。

 お届けは、またたび家の持つ外猫避妊手術専門診療所での一斉手術の日だったので、深夜になってしまったが、ユイトくんは寝ないで待っていた。着くなり、きせきくんは、すぐにリラックスしてお兄ちゃんと遊び始め、ゴロゴロゴロゴロとのどを鳴らし続けた。

穴から顔をのぞかせる子猫
好奇心に満ちた大きな目がチャームポイント

 「あんな体験をした子なので、うんと甘やかして育ててしまいました」と、塩沢さんが言うと、お父さんとお母さんも「引き続き、うちでも目いっぱい甘やかします」と答えて、一同で笑いあった。

 きせきくんに「みーちゃん」という新しい名前をつけたのは、ユイトくん。

 「ミラクルのミーでもあるので、ぴったりかな。命のバトンを受け取った私たち家族も、全力でしあわせに生きていこうと思います」と、お母さんは、きょうだい仲よく遊ぶさまを見やりながら、ほほ笑んだ。

 生きたかったたくさんの子の分まで、みーちゃんは、命を輝かして生きている。愛されることなく短い一生を終わる子がなくなるよう、塩沢さんたちの奮闘は、今日も続く。

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佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「里山の子、さっちゃん」「猫だって……。」など。Webサイト「フェリシモ猫部」での「道ばた猫日記」は11年目。

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猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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