捨て猫たちを13年で83匹保護した美容室 “スタッフ”として活躍中のワケアリ猫も
1匹の路地猫が居ついた店は、店長夫妻はじめ全員が犬派の街角の小さな美容室。その後も、ノラ母さんが産んだばかりの子猫たちを運んできたり、次々と捨て猫に出会ったり。はらを決めて「地域の猫を救おう」と、この13年で保護した猫は83匹。譲渡して幸せにした子は70匹となった。店にいる猫スタッフは、譲渡せずに残したワケアリたちだ。
猫スタッフ5匹が常駐
「美容室jam(ジャム)」は、江戸川を渡って東京都から千葉県に入る最初の駅、総武線市川駅裏の角にある。店長の小宮山康弘さん、早織さん夫妻が20年前に開いた店だ。通りかかる人たちの足が店の前の舗道でふと止まり、口元がほころぶ。ガラス越しに見えるのは、思い思いにくつろぐ猫たちだ。店に入っていく客は、もちろん猫好きが多い。
店内に常駐している猫スタッフは、黒猫小梅(雌・14歳)、茶トラのトゥエルブ(雄・11歳)、黒猫プリティー(雌・11歳)、茶白のきなこ(雄・10歳)、サバ白のシャルル(雌・4歳)の計5匹。高齢の小梅さんは最近寝てばかり、きなこは人見知り、シャルルは奥に引きこもりだが、その分お客さんが大好きなのは、猫店長のトゥエルブとフロアマネジャーのプリティーだ。
店内に5匹とくれば生来の猫好きのはず……と思いきや、小宮山店長はこう言うのである。「スタッフ全員、犬派で、猫なんてまったく興味がなかったんですよ。14年前にサスケがひょっこりやってくるまでは」
江戸川の土手が近い駅裏の路地とあって、開店したころの界隈はノラが多かった。だが、猫に興味のないスタッフたちは気にも留めなかった。
次々と界隈のノラ猫がご来店
ある日、1匹の大猫が裏のごみ箱をあさっていた。地域のボランティアにより手術済みの雄猫だった。つい声をかけたスタッフにすぐさま懐き、毎日、開店時間にやってきて店内でくつろぎ、閉店時間になると自動ドアを自分で開けて出ていくようになった。
「スタッフ一同が猫の可愛さに目覚めてしまい、サスケと名づけ、店内飼いで面倒を見ようと思った矢先、彼は事故であっけなく死んでしまった……。外で生きる命のはかなさを知りました。それが、自分たちなりにできる保護活動をしようと思ったきっかけですね」と、康弘さんは言う。
サスケ亡きあと、近くの飲み屋さんで面倒を見てもらっていた黒猫が、産んだ子たちを次々くわえて引っ越してきた。店内で育った子猫は譲渡し、母猫の小梅は店に残した。
その後も、近隣の子猫の保護が続き、15番目にやってきたのがトゥエルブだった。19番目は、大きなおなかで店内に入り込み、スタッフの目の前で出産した黒猫プリティーである。
子どもたちを育て上げた後も、次々保護されてやってきた2匹の子猫に乳を与えて育てたプリティーは、もらわれていった先で脱走。スタッフたちの必死の捜索で10日後に保護。出戻ってきたプリティーも、迎えた小梅やトゥエルブもうれしそうだったという。
ノラを見かけなくなって、ひと安心
店内には、これまでに直接保護したり、持ち込まれたり預かったりした猫たち全員のアルバムがある。2019年9月の№83「豆大福」で終わっているのは、「もうこの辺りには、避妊・去勢していないノラはいなくなり、子猫も産まれなくなった」ためだ。
よそから流れてきた猫が産んだ子も、捨てられていた子もコツコツと保護・譲渡してきた結果である。数年前からは、お客経由でよそから持ち込まれる案件だけになっていた。
83匹の中には、保護時にすでに衰弱していて生きられなかった子が何匹かいる。2カ月のときに腸重積という大手術を乗り越えた「こあ」は、4年半という短い生涯だったが、店内でみんなにたっぷりと愛されて過ごした。
いま、店に残っている5匹は、それぞれ事情があって譲渡しなかった猫たちだ。ノラ気質の抜けなかった小梅。出戻りプリティー。なぜか売れ残ったトゥエルブ、人見知りのはげしいきなこ、山育ちのため3年半たってもいまだ引きこもりのシャルルである。
猫は猫なりに機微を感じて生きている。比べられて「こっちがいい」と他の子が次々と選ばれて、自分だけが売れ残ったとき、トゥエルブはしょんぼりとした。そっけなかった小梅が、その日から急に彼にやさしくなり、ご飯も譲るようになった。
長じて猫店長の肩書をもらったトゥエルブは、生き生きと立ち働いている。店内を巡回して顧客サービスに怠りなく、ファンがすこぶる多い。子猫がやってくると大張り切りで面倒を見てきた、気のいい猫だ。
あるとき、新入り子猫の保育中に吐き続けて一日入院。検査の結果は異状なく「張り切りすぎて体が心についていかなかったため」と診断されて帰ってきた。今も、人見知りきなこや引きこもりシャルルに「お兄ちゃん」と慕われている。
猫には、人と人をつなぐ不思議な力がある
きょうも、隣の席に陣取って、なじみ客の若林さんの目尻を下げさせているトゥエルブ。「はじめは妻が店の前を通りかかって『猫がいる!』と発見。夫婦とも猫が好きなので、客として通いだしました」とのこと。猫スタッフはしっかり店に恩返しをしているようだ。
店では、新規の予約客に「猫がいますがよろしいですか?」と聞いているが、トラブルはまだ1件もなく、むしろ喜ぶ客が多いという。
外猫たちのしあわせを願ってできることを続けてきたと、気負いなく語る康弘さんたち。奥まったスペースを利用して保護ができ、客とゆっくり会話を交わし合う場だからこその安心できる譲渡先探しを地道に続けることができた。
「もらわれていった子が、飼い主さんに連れられて遊びにくることがあります。すると、猫スタッフたちは一同『おお~~! よくきたな』って感じ。ちゃんと覚えているんですね。小さな子の面倒を見たり、仲間を慰めたり励ましたり、猫たちの愛情連鎖にはいろいろ教えられますよ」と、康弘さん。
「猫の知識などまるでなかったところから始まって、寝る間も惜しんでのミルクやりの日々。手塩にかけた子猫をもらってくださったお客さんから、しあわせなその後を聞かせていただく時が、一番うれしい。猫って、人と人をつなぐ不思議な力を持ってますね!」と、早織さん。
巡り合った83の小さな命のひとつひとつが、今は「大の猫好き」となったスタッフ一同の忘れられない宝物だ。
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