ちゃっくんことチャビーは、「ペット」ではなく「家族」だった(水沢さん提供)
ちゃっくんことチャビーは、「ペット」ではなく「家族」だった(水沢さん提供)

愛する猫が旅立った3年後、兄妹猫を迎えた 一緒に重ねる月日が家族の絆を深めていく

 イラストレーターの水沢そらさんには、忘れえぬ猫がいる。その猫「チャビー」は、家族そのものだったが、4年前の夏に逝ってしまった。深い喪失感から抜け出せぬ日々が続く。3年経って、ふと心が動き、譲渡会に出かけた。そこで出会ったのが、チャビーの面影をほんのり宿す同じ白黒柄の兄妹子猫だった。

(末尾に写真特集があります)

ちゃっくんとの出会い

 水沢さんは、北海道の函館生まれ。小さい時から、いつもそばに猫がいた。

 上京後は猫も定職もない生活が続いた。 

 妻となる女性と暮らし始めた頃、彼女が同僚から「生まれた子猫をもらってくれないか」と頼まれたと聞き、すぐに賛成した。また猫と暮らしたいという思いがくすぶっていたからだ。

 ふたりして子猫たちに会いに行った。祖母から聞かされていた「肉球にほくろのある猫は、元気で狩りがうまい」も確かめ、髪型も好みだった男の子に決めた。シリンジでミルクを飲ませ、手のひらに載せて揺らしていると、そのまま眠ってしまう小ささだった。水沢さんはいつも家にいたので、子猫の面倒を見るには好都合で、すくすくと育った。

若い頃のちゃっくん(水沢さん提供)

 名前は、ツイストの王様として知られる「チャビー・チェッカー」からとって「チャビー」とする。「ちゃっくん」が彼の愛称となった。

 結婚の数年後にイラストを描くようになった水沢さんにとって、家でいっしょにいる時間が蓄積されていくにつれ、ちゃっくんは「ペット」ではなくなっていた。父や母、弟と接するのと同じ感覚になっていたのだ。

「叱るときも、弟に対するような言い聞かせ方でした。うれしいことがあったりした日は、ずーっと話しかけていましたね」

 ちゃっくんも心得たもので、夫婦げんかが始まると、ふたりの間に割って入り、おなかを見せて転がったり、いつも以上に可愛いしぐさをしてケンカを忘れさせるのだった。

巨漢となったちゃっくん

 ちゃっくんは、9キロ越えの大猫となった。たまに「かまって~」とやってくることはあっても、仕事の邪魔はしなかった。16歳の時から音楽をやっている水沢さんの家には、音楽仲間がよく集まり、飲み明かすこともよくあった。そんなとき、ちゃっくんも自分の椅子に座って、みんなとダイニングテーブルを囲み、ひとりしらふで参加していたものだった。

 医者からダイエットを勧められてはいたが、ご飯を減らすと粗相をするので、ついついあげてしまっていた。

 歩き方がぎくしゃくし始めたのは、18歳くらいのとき。体重のせいで、関節に負担がかかっているようだった。血液検査の結果、腎臓の値が悪いことが判明。その日から、看病が始まった。薬の服用に、家での皮下注射や点滴。

「治ると思い込んでいました。『これ以上は苦しめるだけ』と先生に言われて、ようやく気づいたんです。もう先がないことに」

 離れたくない思いと、苦しめたくない思いが交錯する日々、ちゃっくんのベッドをいつもそばに置いた。何かあったらすぐに気づくように、寝るときはタコ糸でお互いの指を結んだ。
亡くなる前日だったか、撫でてやっていたら、思いきり手を噛まれた。

「別れのあいさつだとしたら痛過ぎた。一年以上はその傷が残っていました。消えていくのが嫌だった」

 そう言って、水沢さんは涙ぐんだ。

喪失感が失せぬ日々

 2021年8月16日。19年連れ添ったちゃっくんが日常から消えた。その日から、何かにつけて涙が出た。あれ?と思ったら、もう泣いている。

「いつかまた必ず会おうね。愛してるよ。またね」と、別れのときにかけた言葉はちゃっくんの耳に届いただろうか。

 何もする気にならず、仕事は最小限。外出もせず、半年を過ごした。

 ある日、出版社の人から「漫画を描きませんか」と依頼があった。ちゃっくんのことを描こうと、引き受けた。

「東南西北」から発行された漫画「ちゃっくん」の1ページ

 一コマ一コマにちゃっくんとの日々を描き込んだ。外との出入りを自由にさせていた最初のアパート時代(じつはペット禁止だった)のこと。ご機嫌なときは短めの尻尾をフルフルと振っていたこと。帰宅したら、米袋の中身を盛大にばらまいていた事件のこと。仕事中の「とうちゃん」の膝に乗りたがった日のこと。そんな何でもない、でもかけがえのない愛おしい日々を。

「漫画を描けたことで、心の整理がついたのか、ラクになりました」

 それでも、「子猫いりませんか?」というお誘いはずっと断っていた。

これは、タイミングかも

 2年前の春。函館の母から「子猫を保護した」という連絡が来た。先住猫と相性が悪いという。ちゃっくんがいなくなってから、2年近く。縁なのかなと思い、迎えに行くことを決めた。ところが、迎えに行く前に、その子は突然死してしまった。その後、友人経由で、四国のシェルターに保護されている子猫を迎えることとなり、新幹線で行く段取りもつけた。だが、その子も、シェルター内の伝染病発生で命を落としてしまった。

 そんなときに、何の気なしに見ていたインスタグラムで、保護されたばかりの白黒きょうだいの映像が流れてきたのだ。ミルクボランティアの墨田さんのインスタだった。なぜだか「あれ」と心が動き、もう一度再生して眺めた。これはタイミングかも、と思えた。

水沢家にやってきたばかり、お皿を割った銀パチコンビ

「『この子たちに会ってみたいんだけど』と妻に言うと、『いいよ』と言ってくれました。妻も大の猫好きなんですが、僕がその気になるまで、そっとしておいてくれたんです。譲渡会場に行ってみて、その子たちは、保護されたきょうだいたちの中でもとくに仲のいい2匹だということで、もらうことに決めました」

 やってきた当初は、ちゃっくんと違うことばかりで、戸惑った。ちゃっくんが大好きだった猫草にもまるで関心なし。遊ぶのも兄妹同士で完結してしまう。「ちょっとさびしい」と、水沢さんはちゃっくんにそっと話しかけたものだ。名を呼ぶと、銀次郎は歩み寄ってくるが、途中でパタッと倒れてしまう。獣医さんに「病気では」と相談すると、こんな答えが返ってきた。

「甘えです」

「朝方、ふたりが遊び始める可愛い足音で目を覚ますのは、とても気持ちのいい習慣となりました。ちゃっくんを迎えた頃は貧乏すぎておもちゃも買ってあげられなかった。このふたりには、いろいろ買い与えてます。ちゃっくんが見てたら『甘やかしすぎ』と言うでしょうね(笑)」

右が銀次郎(右)、左が八花(はっか)

日々を重ねていい家族に

 水沢さんが、3つの毛玉を見せてくれた。

 薄茶の大きな毛玉は、何年もかけて、生存中のちゃっくんの抜け毛から作ったもので、幾たびも幾たびもさすった証でまん丸で柔らかく、ほんのり暖かい。「ちゃっくんがいなくなったら」と思っただけで悲しくてシクシク泣きながら作っていたら、妻に笑われた。小さな二つの毛玉は、白い方が八花ちゃんの抜け毛で、ベージュっぽいのが銀次郎君の抜け毛だ。二つとも、まだ日が浅く、短めの若毛なので、まあるくまとまっていない。それは、まさに家族の歴史を見ているようだ。

左から、銀次郎、チャビー、八花の毛玉

「銀パチとは、まだお互いに『家族になろうね』と努力しあっている段階かな。これからいっしょに重ねていく年月が、僕たち夫婦と銀パチとの家族の絆を深めていくでしょう。そうしてちゃっくんと同じように、いい家族になると思います」

 いずれまた「銀パチ」という漫画を水沢さんが描くとすれば、とっておきのエピソードはすでにある。

 ちゃっくんの毛玉は、兄妹の手の届かなそうな骨壺の隣に置いていたのだが、ある朝起きたら、銀パチが、大切な大切なちゃっくんの毛玉をばらまいて大騒ぎしていて、おとうさんを「うわあああ~」と号泣させてしまった事件だ。泣きながら毛を拾い集めた水沢さんは、時間をかけてまた丸め、今はふたりの手の届かない場所に置いている。

「20代半ばから40代初めまでの、今の自分とつながる大事な時期を一緒に過ごしてくれたちゃっくんには感謝しかありません。人間臭い猫だったけど、長い年月を経てそうなったのかもしれない。銀パチとのこれからは、ふたり分の楽しみがありますね」

 水沢さんは「六月の光」というテーマの作品群で、ちゃっくんをモデルにしたり、銀パチをモデルにしたりしている。3匹揃った作品も1枚ある。

「6月の光」

 絵の中で、ちゃっくんは菩薩のように優しく佇み、その両脇で銀パチ兄妹が甘える。3匹は、同じ柔らかい光の中にいる。

水沢そら
北海道函館市出身、東京都在住。バンタンデザイン研究所卒業。MJイラストレーションズに学ぶ。主な受賞歴にTIS公募2013年銀賞、同2014年銅賞、「イラストレーション誌」ザ・チョイス2013年/6月号入選(同年年度賞受賞)、ギャラリーハウスMAYA装画コンペ2013 MAYA賞、他。書籍、広告、音楽、アパレルなどの分野で活動中。2022年に19年間連れ添った愛猫”チャビー”との日々を描いた初の漫画作品”ちゃっくん”を東西南北kikenより刊行。2023年より新たな家族、銀次郎と八花の保護猫きょうだいと暮らしはじめる。
http://mizusawasora.com



佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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