猫のルールを知らない子猫の「ピーヤ」 そこで夫が教育係をかって出た
ピーヤがやってきて間もなく、1週間の出張が入った。
赤ヒゲ先生に預けることに
夫も仕事が忙しかったので、留守のあいだは赤ひげ先生に預けることにした。診療の傍らにミルクを与え排尿をさせ、夜はご自宅に連れて帰り世話をしてくださるとのことで、大変ありがたい。
赤ひげ先生は朗らかな中年の女性だ。いつでも親身に近所の犬猫を診てくださることや良心的な価格設定から、庶民の味方だった町医者を描いた映画にちなんでそう呼んでいた。
先生は「大丈夫だとは思うけど」と前置きをして、「子猫は急に容体が変わることもあるから、もし死んじゃったらごめん」。もしものときだけ連絡をください、とお願いする。
1週間後にお土産を持って引き取りに行くと、ピーヤは変わらず元気そうでほっとする。
猫らしい見た目に
3時間おきの世話は少しずつ間隔が長くなり、離乳食を食べて自力で排尿できるようになった。体重も少しずつ増えて、猫らしい見た目になっていった。
もらい手を探して周囲に声をかけるつもりが、その気持ちはすっかり失せていた。
くまがピーヤの存在を嫌がらなかったのは大きな理由のひとつだ。夫婦と老猫一匹。これまでの三者の生活は居心地が良く平和だった。くまの晩年を静かに見届けるつもりでいたが、若い命の登場に私も夫も思っていた以上にときめいた。
はつらつとした子猫の存在は中年だらけの家の空気をガラッと変えてくれる。ピーヤが大きな物音を立てて走りまわると、家中が生き生きとした。
階段から転げ落ちないように段ボールで壁を作ったり、誤って危険なものを口にしないように常に気を配っていた。仮の名前はすっかり定着して、いつのまにかピーヤは本名になってしまった。
猫のルールを知らない
生後1週間で家族と別れて人間に育てられたピーヤは、猫のルールを知らない。手加減が分からずに飛びかかってはくまに叱られる。年寄りのくまはピーヤの底なしの元気さにうんざりしはじめていた。
そこで夫が教育係を申し出た。ピーヤが夫を強く噛んだら、夫もピーヤを噛み返す。夫が唸りながらピーヤの首根っこをくわえる姿は迫力があった。
夫は料理人だ。若い頃は料理の道へ進むかプロレスラーになるか、二つの夢を迷った時期があった。いまも部屋にはブルーザー・ブロディの大きなポスターが貼ってある。
夫はピーヤにプロレス技を教えることにしたと言う。猫用にアレンジして、半分本気で覚えさせようとしていた。
部屋をのぞくと、「これがスパーリング」と説明しながら手とり足とり指導している。ピーヤは夫に飛びかかってじゃれる。うっかり爪を深く立てると、夫はピーヤの耳や背中をぱくっと噛んでいさめる。2人が取っ組み合うのは寝る前の日課となった。
ドアの前で「ぴ~や~」
いまやすっかり親か兄弟がわりだ。夫がトイレや風呂へ立てばいちいち後を着いて歩き、閉まったドアの前でこの世の終わりとばかりにぴ〜や〜と嘆き悲しむ。
日々の特訓のかいもあって、ピーヤは健やかでたくましい女の子に育った。
声をかければじっと目を合わせて意図を読み取ろうとする。おなかがすくと正面からドーンと体当たりしてごはんをせがむ。食後はへそ天でのびのびと眠った。
【前の回】ひざの上で頼りなく震える小さな子猫「ピーヤ」 無事に育ってくれるだろうか
【次の回】夫を慕い片時も離れたくない子猫「ピーヤ」 こんなにも深い信頼関係が築けるなんて
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