恥ずかしがりの野良猫 店猫になりみんなを元気づける存在に
脚に障がいのある「ミケちゃん」は、周りの人たちに気にかけてもらいながら、町中で生きていた。悩みぬいた末に、猫を店に迎え入れたのは、街角の小さな鍼灸マッサージ院。毎朝発信されるツイッター「ミケちゃん」の笑顔とひと言は、多くの人を元気づけている。
毎朝5時ころ発信されるツイッター「ミケちゃん(@ojm52811)」に、一日を始める元気をもらっている人が増えている。ミケちゃんは、推定7~8歳の、ごく普通の三毛猫である。
ある日のミケちゃんは、マスカット色の瞳を輝かせて、こうつぶやく。「わあ~、お待ちかねのモーニング! やすらぎさん、今週もおいしいごはん、よろしくね」。やすらぎさんとは、「やすらぎ治療室」の鍼灸マッサージ師である冨森猛(たけし)さんのことだ。
ある日のミケちゃんは、神妙な顔でこうつぶやく。「毎日誰にでも朝が来るのが当たり前と思いがちだけど、けっしてそうではないんだわ。一日一日を大切に生きていこう。朝が迎えられること、ごはんが食べられること、すべてに感謝して」。ミケちゃんツイッターを励みにつらい闘病生活を送っていたフォロワー女性の訃報が届いたばかりの朝だった。
またある日のミケちゃんは、不思議そうにつぶやく。「ナデナデされると体と心が温かくなって元気になるわ。人の手の力ってすごいな~」。打てば響くように「ミケちゃん見てると元気になるから、ミケちゃんの力もすごいよ」といったコメントがいくつも返ってくる。
フォロワーの年齢も職業もさまざま、闘病中の人も悩みを抱えた人もいて、エールを送り合う場にもなっている。
きびしかった外猫時代
冨森さんが、奥さんの香織さんと共に開いている鍼灸マッサージ院は、千葉県市川市の「行徳(ぎょうとく)」駅の近くにある。ボクサー時代に心身を前向きにしてくれる鍼灸マッサージの力を知った冨森さんは、サラリーマンを辞めて資格を取った。ミケちゃんに出会ったのは、6年前のこと。
「お隣の美容室にご飯をもらいに通ってくる、内気で恥ずかしがりやのノラでした。幼さを残しながら、すでに外暮らしの厳しさがうかがえる目をしていて。子猫時代は公園にいたと聞きました。生まれつき後ろ右足が根元から欠損していてカラスから狙われやすく、当時のボス猫が追い払ってくれて、生き延びてきたようです」
ミケちゃんは、通りのお向かいの家のおばあちゃんにもときどきご飯をもらっていた。足が不自由になり外に出られなくなったおばあちゃんが2階の窓から手を振るのを、ミケちゃんは寂しそうに見上げていた。やすらぎ治療室のガラスドア越しに冨森さんと目が合うと、ミケちゃんは恥ずかしげに立ち止まるのだった。
ミケちゃんの外暮らしに冨森さんは心を痛めた。だが、自宅には迎えられない事情がある。お客さんに施術をする仕事場の猫にもできない。声をかけたり、ときたまごはんをあげたりすることしか、してやれることはなかった。ミケちゃんは、ごはんを必ず残し、ノラ仲間を呼びにいくのだった。
地域猫から店猫に
冨森さんが自転車で朝8時に店にやって来ると、ミケちゃんは遠くから野ウサギのようにはせ参じた。出勤は、7時になり、6時になり、5時になった。仕事を終えた夕方にしばし中に入れてあげても、閉店時には外に出さねばならない。見上げる瞳が切なかった。
あの子はどこで寝ているのだろうか。雨や寒さをどうしのいでいるのだろうか。事故に巻き込まれはしないだろうか。いつも別れがつらく、眠りが浅くなった。
ミケちゃんにおうちを見つけよう。まずは不妊手術をして健康チェックもしてワクチンも打ってやらなければ。ちょうど市川市で「地域猫活動」支援が始まったのを、広報誌で知った。ご近所さんと「やすらぎ猫の会」を作り、地域猫活動団体として登録。手術の補助金ももらえることとなった。「おうちを探そう。会えなくなるのはつらいけれど、このまま外暮らしを続けてミケちゃんが病気になったり事故に遭ったりするほうがつらいから」と話しかける冨森さんの顔を、ミケちゃんはじっと見つめた。
耳カットの地域猫となり、譲渡先募集中の秋の暮れ、どうしても閉店時に外に出たがらない寒い晩があった。「一晩だけ店に置いて帰ったんです。心配で心配で朝早く飛んでいくと、ミケちゃんはとびきりの笑顔で僕を迎えてくれました」
そのとき冨森さんの心は決まった。ミケちゃんのおうちはここ。やすらぎ治療室だ、と。妻の香織さんも賛成した。
マイルールを守るミケちゃん
2つある施術ベッドのうち、カーテンレールで仕切った日当たりのいいほうの特大ベッドルームがミケちゃんの個室となった。
賢いミケちゃんはマイルールを作り、自分を律した。いたずらはしない。猫が苦手なお客さんの時は個室で気配を消している。キッチンには決して入らない。
ミケちゃんに会うのを楽しみにして来店するおなじみさんには、赤いソファでいそいそと接待をする。ぬいぐるみや猫じゃらしやブランケットを送ってくれるフォロワーが全国にいる。通園通学時にガラス越しに手を振る地域の小さなファンもいる。公園時代のミケちゃんを見ていた新聞配達の若者は、治療室にいるミケちゃんを見つけて、うれしそうに叫んだものだ。「わあ、この子、ここの猫になったんだ! よかった!」
響き合い、支え合う場に
ミケちゃんを店猫にしてから、冨森さんの出勤は4時半となった。休業日も変わらない。「やすらぎさん、おはよう!」と迎えるミケちゃんをナデナデ・マッサージしてやったあと、日替わりトッピングのモーニングを作る。そのあと、写真とメッセージをツイッターにアップする。
「愚痴や後ろ向きの言葉は書きません。ミケちゃんならきっと言うだろう言葉を僕が代弁しているだけ。最近も、余命宣告を受けた方から『毎朝の楽しみです』というメッセージをいただきました。コロナ禍の今も、みんなそれぞれ大変だけど『がんばろうね』と励まし合ってます」
フォロワーの多さは、やさしくけなげなミケちゃんならではだが、そればかりではない。ミケちゃんツイッターには、町と人、人と人、町と猫、猫と猫、人と猫が、優しく思い合ってつつましく暮らす「寄りそう」形の原点がある。また、冨森さん夫婦が悩み葛藤しながらも、すぐそばの小さな命のために「自分にできること」を模索する姿も、さまざまな困難を生きる人たちの胸に響いているのだろう。
行徳地区には現在、地域猫活動登録団体が21もあって、外猫の手術や保護譲渡も進んでいる。ミケちゃんを守ってくれたボス猫シロは、人にけっして懐かない不器用な10年余りの外猫人生を終え、今は空の上。ノラ時代にミケちゃんと仲良しだったきつねこちゃんは、ご近所のおうち猫になった。
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