多頭崩壊を生き延びた障がいがある猫 子育て支援の場で人気者に
全盲のイチと脳障がいを持つサビーヌは、過酷な多頭崩壊現場で生き延びて保護された猫同士。譲渡先を探しつつ、子育て支援の場の猫スタッフとして、集まる子どもたちを笑顔にしている。
おっとりイチくんは常駐スタッフ
春まだ浅き2月。千葉市内の住宅街にある子育て支援の場「マザーズ・コンフォート」を訪ねた。その名には、ありのままのママを受け入れて、包み込み抱きしめるという意味が込められている。子育てに不安や孤立感を感じている母親とその子どもたちにのんびりできる居場所を提供し、相談にも乗る場所だ。
青いドアを開けると、2階から子どもたちの笑いさざめく声が漏れてきた。笑い声の真ん中にいたのは、どっしりしたキジトラ猫だった。
「多頭飼育崩壊現場から来た預かり猫のイチです。全盲ですけど棚にも乗るし、不自由なく過ごしています。子どもたちが騒がしくなると、こたつの中へ自主避難するんですよ」と、マザーズ・コンフォート代表の大谷明子さんが、紹介してくれた。「ようこそ」とばかり、白濁した両目でイチはまっすぐにこちらを見上げた。「いっちゃんに会いに来たよ」という子には、「いいよ、触れば」と迎える温厚この上ない猫である。
天性のアニマルセラピストたち
ちょうどこの日は、月に一度の「保護犬・保護猫とふれあう会」も開かれていた。「ひとと動物のくらしを考える会ちば」のメンバーでもあり、生活困窮者の相談支援をしている金田由希さんが、ふれあいには打ってつけの人間大好きトリオを連れてきていた。
保護されて金田さんの家族となったミックス犬のカリーシは、おしゃれな洋服を着て愛敬を振りまいている。12歳のおばあちゃん、チワワ犬のプリンは、かまってほしくて笑顔ですっ飛んできた。
1歳前のサビ猫サビーヌは、まん丸な目を持つキュートな女の子で、部屋の中をぐるぐる行ったり来たり。誰かのそばを通るたび、なでてもらっている。目の焦点がちょっと定まらないのとまっすぐ歩けないのは、先天的な脳障がいがあるためだ。イチと同じ過酷な多頭崩壊現場からの保護猫である。
その家族からの生活困窮に関する福祉窓口への相談で、昨年春に発覚した現場だった。おとな猫30匹ほどが未手術のままで、糞尿まみれの中、次々と子猫が生まれていた。サビーヌは、生まれてすぐ母猫から育児放棄されていたという。
「多頭飼育崩壊は、動物を飼う正しい知識がないことや避妊手術費用がないということだけでなくて、困っていても助けてと言えない社会的孤立が関係しています」と、金田さんは言う。
「それは、福祉関係者として放ってはおけない問題。地域で社会的孤立を生まないためにも、こうした居場所が必要で、イチもサビーヌもプリンも多頭飼育崩壊の家から保護されて、ここでみんなが笑顔になるのを手伝ってくれています」
人にも猫にも居心地のいい場所を
「マザーズ・コンフォート」は、生活困窮者の支援団体が借り上げているスペースの一室を大谷さんが間借りして開いている。他の部屋は、家からの自立をめざす若い女性たちのシェアハウスとなっている。大谷さんは微笑んで言う。
「猫がただ、のんびりとそばにいる。そんな非言語の世界は、子育てにつかれたお母さんにとっても、自閉傾向や行動障がいを持つ子にとっても、家族の軋轢から逃れてきた若い女性にとっても、すごく居心地いいみたい。こたつに頭を突っ込んで、なにやらイチと話し込んでいる子もいます。ここが、人にとっても保護猫にとっても、それぞれ次のステップに向かう前の居場所になってくれたらいいなあと思います」
じつは、大谷さんは、イチを預かるまでは猫が大の苦手だったのだという。小さい時に猫にかまれたためだ。多頭崩壊現場の掃除を手伝いに行ったとき、必死に生き抜いていた猫たちにすっかり感情移入してしまい、いつも窓辺にいて見えない目で空を見上げていたイチを預かることにしたのだった。
「今は、イチが可愛くて可愛くて。譲渡先が決まったらどうしよう(笑)。金田さんには『次、いるから!』と言われてます」
取材後、2月の譲渡会で、金田さん預かりのプリンとサビーヌの譲渡先がそれぞれ決まった。新しい家族は彼女たちのセラピー才能をよく理解し、「ふれあう会」参加継続を了解してくれている。
新型コロナウイルスの収束がいまだ見えない現在、マザーズ・コンフォートは、開放を自粛中。子どもたちの元気な笑い声が、一日も早く戻って来るのを、イチもサビーヌも心待ちにしている。
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