まるで「猫の恩返し」 倒産寸前だった旅館、飢えた猫を助けたらお客が増え人気の宿に

 愛知県、渥美半島先端の伊良湖岬近くにある「角上楼」は、伝統と新しさが融合する空間、地元の豊かな食材を駆使した料理が評判の人気宿。そして、猫のいる宿としても知られている。そこには、福を招き、倒産寸前から宿を救った猫がいた。

(末尾に写真特集があります)

伝統ある料理旅館を受け継ぐも

 「角上楼」は愛知県田原市で、昭和の初めに料亭として始まった旅館。跡取り息子として生まれた上村純士さんは、東京でサラリーマン勤めをしていたが、先代の父が亡くなり、1992年に地元へ戻って家業を継いだ。しかし経営はあまりうまくいかなかった。

上村純士さん
上村純士さん

「と言うより全然です。当時は宴会が少しあるくらいで、旅館としては機能していませんでした。その後、結婚を機に一部を改装し、再スタートに挑んだのですが、なかなかお客様に来ていただくことができませんでした」

初代お宿猫タンとの出会い

 このままではいけない、なんとかしなくてはと焦るが、思うようにいかず葛藤する日々。そんな中のある晩、気分転換にと、奥さんで女将の好美さんと一緒に近所の店へ食事に行った帰り、子猫に出会う。駐車場の暗がりに、小さくてガリガリに痩せた、グレーがかった渦巻きじまのある猫がうずくまっていた。

「ちょっと構ったら後をついてきました。じゃあ連れて帰るかと。家には他の猫もいましたが、ついてくるならうちの子になるか? という感じでした。家に着いてご飯をあげると、余程飢えていたのでしょう、小さな体でキャットフードを丼ぶりサイズの器3杯たいらげました。でも食べてからは隅で丸まって、距離を取っていましたね」

 夕食に食べたのが焼き肉で、タンがおいしかった。その帰りに拾った猫ということで、タンと名付けた。

日なたの猫
初代お宿猫のタン。アメリカンショートヘアが混じった雑種の雌猫だった

 不思議なことに、それから旅館がうまく行き出した。

「タンは私たちには相変わらずマイペースな距離を取っていましたが、間もなく、お客さんを迎えに出るようになりました。なぜか飼い主ではなくお客さんによく懐いて、一緒に寝ることもあったほどです。

 そんな風ですから、お土産にキャットフードやおもちゃを持ってきて下さる方もいて、皆さんにとても可愛がられました。そうこうするうちにお客様が増えていき、『こりゃ、招き猫だな』と言っていたんです」

玄関で待つ猫
お客さんを待つ、在りし日のタン

 もちろん宿をよくする努力もしていたし、「縁側の日だまりで猫がのんびり寝ているといった、都会になくなってきた風景が珍しかったのかもしれませんね」と上村さんは言う。しかし、タンは自分を家に迎えてくれたことへの恩返しをしたのでは、福を招いたのでは、と思えてならない。

 上村さん夫婦と出会ったのは98年のことで、タンは約10年、お宿猫の務めを果たし、天国へ旅立った。

跡を継いだお宿猫はミュウ

 上村さん宅は元々猫を何匹が飼っており、今も複数の猫がいる。タンもそうだったが、家と宿が敷地続きなので行き来自由で、猫は自ら気が向いたら宿の方に顔を出す。家から出ない子もいれば、たまに、気まぐれに宿に顔を出す子もいる。

 今いるお宿猫は雌猫のミュウだ。「息子が拾ってきた猫で、初めは気性が荒くてよくかみつきましたが、子供を産んでからやさしくなりました」

白とグレーの猫
白とグレーの美猫、ミュウ

 ミュウは宿の方にいることが多く、外までお客さんを迎えに出ることもある。機嫌がよければふわふわの毛並みをなでさせてくれるし、ひょいっとひざに乗ってくることも。さらにミュウの子供、ミケ猫のミケーラも時々、姿を現すという。

懐かしくて新しい宿

 猫と自然に出会える「角上桜」、宿の特徴や施設についてもご紹介したい。

 本館建物は1925年築の和風木造建築で、手付かずの部分は「登録有形文化財」への登録を申請中(2021年2月現在)。ロケに使われたことも何度かあり、映画「釣りバカ日誌2」の舞台となった部屋「萩」は名物の一つになっている。

 一方で、時代に合わせて随時改装や増築を行ってきており、現在は本館、全室露天風呂付き客室の新館「雲上楼」と別邸「翠上楼」、さらに近くにあった築200年の旅籠をリノベーションした別館「井筒楼」という4つの棟がある。部屋は昔懐かしいものから露天付き、ホテルライクなラグジュアリータイプまで、多様な中から選べる。

 なお、本館に設けたロビーラウンジは「タンズルーム」と命名されている。また、「ミュウズサロン」と名付けられたスペースでは、お風呂上りにビールなどのお酒や多彩なおつまみを楽しめるサービスを行っている。

宿のラウンジ
ロビーラウンジ「タンズルーム」

 海に囲まれた田原市は、全国有数の農産物の産地でもあり、天然とらふぐをはじめとする新鮮な魚介や、みずみずしい野菜などの地元食材、手作りにこだわった料理も魅力だ。

「高級旅館ではありませんが、いい宿でありたいと思っています」と、女将の好美さん。

 その真摯な姿勢が生む宿の真価が評価され、「ミシュランガイド(日本版)愛知・岐阜・三重 2019 特別版」では、「特に快適」(3つ星相当)な旅館に選ばれた。

 懐かしさと新しさ、おいしい料理を味わいに行けば、お宿猫が出迎えてくれ、一緒に癒しの時間を過ごせるかも。そんな宿には、猫と猫のいる風景に会いたくて遠くから足を運ぶ人も少なくない。福猫お宿物語は、今もなお続いている。

和味の宿 角上楼
〒441-3617 愛知県田原市福江町下地38
TEL 0531-32-1155

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石井聖子
猫依存症の名古屋在住ライター。幼少期は犬、亀、鶏、インコと暮らし、猫歴は30年以上。現在は3ニャンズ(と夫)と同居。さらにワンコも一緒に暮らすのが野望。夢は弱い立場にいる動物と子ども、全ての人が一緒に幸せになれる方法を見つけること。

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