5度目の法改正に向けて 「真に動物を守れる」動物愛護法とするために求められること
犬猫の繁殖業者やペットショップの飼育環境を改善し、悪質業者を淘汰(とうた)するために、具体的な数値規制を盛り込んだ「飼養管理基準省令」が2021年6月、段階的に施行され始めた。その矢先に、飼育していた400匹以上の犬を虐待したとする、繁殖業者による大規模な動物虐待事件が発覚した。「アニマル桃太郎事件」だ。
行政はなぜ機能しなかったのか。制定以来5度目となる動物愛護法の改正議論が進み始めている今、「真に動物を守れる」法律であるために、どのような規制や制度が求められているのか。
取材を続けてきた朝日新聞社の太田匡彦記者の著書『猫を救うのは誰か ペットビジネスの「奴隷」たち』(朝日文庫)から一部を抜粋・編集し、紹介する。
動物愛護法、5度目の改正に向けて
犬猫の繁殖業者やペットショップの飼育環境を改善し、悪質業者を淘汰する「切り札」になるとされる、「8週齢規制」と数値規制を盛り込んだ「飼養管理基準省令」が21年6月、施行され始めた。超党派の「犬猫の殺処分ゼロをめざす動物愛護議員連盟」による動物愛護法改正プロジェクトチーム(PT)で座長を務めた牧原秀樹衆院議員が「大改正になった」と語るものだった。
実際、ペットビジネスにかかわる犬猫の動物福祉を向上させるという意味では、大きな前進だった。日本の動物福祉史のようなものを考える時、一つの画期だったと言える。
そして現在、超党派議連を中心に再び、制定以来5度目となる動物愛護法の改正議論が進み始めている。
次の法改正ではほかにどのような規制や制度が求められているのだろうか。
「真に動物を守れる」法律であるには
「前回の法改正で厳罰化は進んだ。でも現行法のままでは、虐待されている動物を確実に助け出し、保護することができません」
23年10月上旬、東京・永田町の衆院第1議員会館で開催された、次の動物愛護法改正のあり方を考えるシンポジウム。国会議員も含めた約200人を前に、公益社団法人「日本動物福祉協会」の町屋奈・獣医師調査員はそう訴えた。
どういうことか。町屋さんはいくつか事例をあげた。
たとえば、虐待されて死にかけている猫を発見しても、所有者(飼い主)の許可がなければ助け出せない。
真夏の車内に置き去りにされた犬がいても、所有者を探したり獣医師に状態を確認してもらったりと手順を踏む必要があり、対応に時間と手間がかかる。
警察が介入して虐待の証拠品として動物を押収できたケースでも、捜査が終わって返還を求められたら、再び虐待されるおそれが高くても所有者のもとに返さなければならない――。
こうした状況を打開するのに必要なのが、虐待されている動物をまずは行政がすばやく助け出せるようにするための「緊急一時保護」制度と、虐待した所有者がその動物を引き続き飼育できないようにする「飼育禁止命令」制度だという。町屋さんはこう話す。「次の法改正で、より動物を守るための法律に発展してほしい」
1973年に議員立法で制定され、4度の改正を経てきた動物愛護法。動物愛護団体などからは、いまだ「真に動物を守れる法律」になっていないと声があがる。最大の焦点になりそうなのが、緊急一時保護と飼育禁止命令の制度導入だ。
動物愛護法にかかわる事務を実際に所管する地方自治体の現場からも要望があがる。2022年に猫の繁殖業者が動愛法違反(虐待)容疑で逮捕される事件もあったさいたま市の担当者は、「虐待されている動物を行政が強制的に保護できる制度があれば、対応の幅は確実に広がる。動物の健康と安全を守るため、ぜひとも必要な制度だ」とする。
人と動物が共生する社会をめざして活動する一般財団法人「クリステル・ヴィ・アンサンブル」代表でフリーアナウンサーの滝川クリステルさんも23年9月、オンライン署名を立ち上げた。
滝川さんはこの2年余り、動物虐待を発見した際には警察などに迅速に通報するよう啓発するキャンペーンを展開してきた。だが、「勇気を出して虐待を通報しても、動物を適切に助け出すことができない実態が見えてきた。保護活動の現場で多くの人がこの壁に直面し、悩んでいる。世論の力でなんとか打破したい」と話す。24年6月30日時点で4万5千筆余りの署名が集まっている。
第1種動物取扱業者に対する規制強化
犬猫の繁殖業者やペットショップなど営利を目的とした第1種動物取扱業者に対する規制は19年の法改正でかなりの前進がみられたが、それでもまだ「不十分」という声が根強い。
業者へのよりいっそうの規制として強く求められているのが、イベント会場などで短期間の安売り販売をする「移動販売」の禁止と、生後56日以下の子犬・子猫の販売を禁じた「8週齢規制」の強化だ。
8週齢規制については、業者による「出生日偽装」が横行しており、行政も対応に苦慮している現実がある。杉本さんは言う。
「幼齢動物の販売は、消費者の衝動買いや繁殖業者による乱繁殖の原因になっている。動物と消費者を守るため、絶対に改正する必要がある。海外では一部でペットショップにおける犬猫などの販売を禁じる流れが出てきているが、日本においても今後、まずは幼齢犬猫の販売禁止を訴えていきたい」
また移動販売を巡っては業界側からも「売ったあとに病気になったなどのトラブルが多いが購入者へのフォローを行わず、『売り逃げ』のようになっている実態がある。業界全体の評判を下げている」(一般社団法人「ペットパーク流通協会」の上原勝三会長)などの批判が出ている。
上原氏自身が運営する競り市では、「移動販売をやっている業者は出入り禁止にした」という。行政からは「法令違反があっても、すぐに去っていくので指導が困難」(静岡市動物指導センター)などの指摘があり、規制強化が急がれている。
畜産動物や実験動物なども守れるか
ほかにも、営利と非営利の境目がわかりにくい活動を展開する事例が散見されるようになってきた、「第2種動物取扱業者」としての届け出が求められている動物愛護団体に対する規制強化や、保護対象とする動物の両生類や魚類への拡大、畜産動物を保護する規定の明文化などを求める動きが活発化している。
さらに、これまで研究者らの強い反発があって動愛法による保護や管理が行き届かなかった実験動物を巡っても、法律を所管する環境省が動き出した。
加速する次期動物愛護法改正に向けて、地方自治体の現場はどう考えているのか――。23年12月の動物愛護行政を担う都道府県、政令指定都市、中核市への調査(129自治体、回収率100%)では、現場をあずかる行政としてさらにどのような法制度が必要と考えているのかも聞いた。
すると、動物取扱業に関する事務を取り扱わない中核市(22自治体)を中心に「無回答」とする自治体が少なくなく、一方で制度の詳細が不透明な段階では「わからない」とする自治体も多かったが、それでも「移動販売の禁止」や「日本犬6種への8週齢規制の適用」を求める自治体が60近くにのぼった(「どちらかと言えば必要」も含む)。
多くの動物愛護団体が要求している「緊急一時保護」や「飼育禁止命令」の制度導入についても、必要と考える自治体が50以上あった(同)。
超党派議連の動物愛護法改正PTで座長を務める牧原秀樹衆院議員は言う。
「人と動物がともに幸せに暮らせる社会に向かっていくためにどのような法改正が必要なのか、議論を重ねていきたい」
遠くない将来、日本の犬猫たちを覆う「闇」が過去のものとなっていてほしい。ペットビジネスの現場にいる犬たち、猫たちが救われていてほしい。その願いを込めて。
※登場する人物の所属先や肩書、年齢、団体・組織の名称、調査結果のデータなどはいずれも原則として取材当時のものです
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