車の前に現れ、座り込んでいた子猫 その出会いが女性を動かした

   運命のような出来事が時として起こることがある。親からはぐれた子猫を拾い、事故死した子猫を見送った。それを機に女性の猫好きに火がつき、家を借りて猫の保護を始め、さらに新しい夢を持つにいたった。

(末尾に写真特集があります)

   埼玉県越谷市にあるマンションを訪ねると、三毛猫が出迎えてくれた。飼い主の派遣社員、伊藤夏織さん(40)が優しい眼差しを向けて穏やかに話す。

「この子が『こむぎ』、3歳半の女の子です。しっぽの先が、まるで麦の穂のようでしょう」

   伊藤さんは、ここで次女の花蓮さん(13)と、猫の「こむぎ」と暮らしている。

「こむぎ」はソファに上ったり、オモチャで遊んだり、自由気ままなお嬢さま猫だ。だが、もともとは警戒心の強い野良猫の子だった。

先住犬「小町」にくっつく子猫時代の「こむぎ」
先住犬「小町」にくっつく子猫時代の「こむぎ」

資材置き場で鳴いていた子猫

   出会いは2015年秋にさかのぼる。

   伊藤さんは以前、建築関係の会社に勤めていた。その会社の敷地に、ときどき野良猫が現れた。ある日、薄暗い資材置き場の奥で子猫がニャーニャーと鳴いていた。

 親からはぐれたらしく、子猫1匹だけだった。伊藤さんは数日かけて、おやつで誘い出そうとしたが、怖がって奥から出てこない。週末になり、「週明けまで持たないかもしれない」と思って試行錯誤したが、出てくる気配はなかった。夕方になり、仕方なく「ごめんね、家に帰るね」と言い残し、隣の駐車場にとめてあった車に乗り込んだ。

   ちょうど動き出した時だった。どこからか子猫が現れ、車の前に座り込んでいた。車のライトが小さな子猫を照らし出す。

 伊藤さんは驚いてブレーキを踏んだ。ライトを付けたまま車から降り、はいつくばって子猫を捕まえた。子猫はてのひらに乗るほど小さかった。すぐに娘に電話をして、「今から子猫を連れて帰るから、ミルクを買っておいて」と頼んだ。

 当時、家には10歳を超えたメスのミニチュアダックスフントがいた。進学で家を出た長女が欲しがって飼い始めた犬だ。伊藤さん自身は幼い頃から猫と暮らしてきた猫好きだが、犬との同居は無理だと、はなから猫を飼うことは諦めていた。だがその時は、突き動かされるものがあったという。

   家に子猫「こむぎ」を迎えると、心配が杞憂だとわかった。老犬は「こむぎ」をスムーズに受け入れ、「こむぎ」も犬にすぐになついた。それを見て、伊藤さんは思ったのだった。「猫、やっぱり好きだな」

「こむぎ」を抱く花蓮さんと夏織さん
「こむぎ」を抱く花蓮さんと夏織さん

猫のために家を借りる

   その後も、会社の敷地には、野良猫の家族が現れた。会社の職人さんと小屋をつくって、仕事の合間に世話をした。

   ところが、ある日、事故が起きた。世話していた子猫が目の前の道路で車にひかれたのだ。

「さっきおやつをあげた子が……とショックでした。ここにいると、他の子もひかれてしまうのではと気が気でなくなって」

   死んだ子猫を火葬しながら、伊藤さんは野良猫たちを保護する決意をした。

 老犬への負担を考え、自宅以外で生活させたいと思い、すぐに知り合いの不動産業者に相談し、数匹の猫を飼育できる部屋を探した。自宅近くに、もとはクリーニング店だった2階建ての賃貸物件が見つかった。

   会社に残っていた野良猫の親子を保護して、借家で世話を始めた。そこに、会社帰りに出会った猫や、近くの駐車場にいた猫なども加わった。

 その後、会社を辞めて、しばらく仕事を休んだ。そして猫たちの世話に没頭した。

借家の猫たち 窓から人や車、犬を眺めるのが楽しいらしい
借家の猫たち 窓から人や車、犬を眺めるのが楽しいらしい

猫カフェ付き2世帯住宅の夢

  1年ほどの休養を経て、伊藤さんは派遣会社で働き始めた。保護した猫は次々と譲渡するが、臆病な子など常に10匹ほどを借家に置いている。

   朝6時前に起きて、借家で猫の世話をし、自宅に戻って7時に娘を起こす。娘を学校に送り出した後に出勤し、帰宅前にまた借家に寄る。

「仕事帰りに借家で猫に会うと、嫌なことを忘れられる(笑)。リフレッシュして帰宅すると、家では『こむぎ』が迎えてくれるので、ダブルの癒やしです。娘も両方の猫を大事に思ってくれました」

 それでも、自宅と借家と二重生活を続けるうちに、1カ所で世話をしたいと思うようになった。県内に住む父親も高齢になり、同居もしたかった。

   そこで考え出したのが、猫カフェ付きの2世帯住宅。猫カフェとはいっても、直接触れ合うのではなく、“窓越し”に会うというものだ。

   猫を保護している借家がアイデアのもとになった。元クリーニング店のため、一階の一部がガラス張りになっていて室内が見える。通りかかった人が外から眺め、保育所の散歩コースにもなっている。

「ガラス越しでも見られて嬉しいという声を聞いて、この形態をお店にできないかなと思うようになったんです。人が苦手な猫も、窓があれば安心してくつろげるし」

   カフェのメニューに、譲渡可能な猫の写真を添えて、興味を持った人は別室で面会できるようにする。飲食の業務は友人に任せ、伊藤さんは外で仕事を続けて安定した収入を得る予定だ。父からの生前贈与と自分の貯金を合わせて、すでに土地を購入し、間取り図もできた。

「近くに役所の出張所や幼稚園もあるので、お年寄りやママたちに、気軽に立ち寄ってもらえる場にしたい。ふつうのお総菜を出したいんです。保護猫と出会う“きっかけ作り”になればいいな」

「こむぎ」や他の猫たちと引っ越しをするのは、来年の春の予定だ。

藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は16歳の黒猫イヌオと、2歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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