スーパーの空き地で出会った野良猫 「あのこ」なの?(2)
夏の終わりになると、野良猫の「あのこ」は、ぱったりと姿を見せなくなった。
「縄張りを変えたのかな」「どこかの飼い猫になったとか」「まさか、事故か病気で……」と、ツレアイと2人でさまざまな憶測をしていたある日の夕方、近所のスーパーに行くと、裏の空き地に、茶色い猫がたたずんでいるのが目に入った。
「『あのこ』じゃない?!」と私たちが揃って声を上げると、猫はこちらへ近づいてきた。足元まで来ると「なあー」と鳴き、その場にコロンと転がり、寝そべった。
「久ぶりだねー、お前はどこにいたの?」と言いながらツレアイは腰を落とし、猫のあごや背中をなで始めた。「かわいいねー、ほら、なでてあげなよ」と私を促した。
私はとまどっていた。猫をなでた経験が皆無に等しいため、なで方がわからない。それ以上に驚いたのは、“きれい好き”で、外出のたびに手を洗うツレアイが、相好を崩して猫をなでている姿だった。
「野良猫に触ったりして、不潔ではないのか?」という疑問が頭をもたげたが、そういう人間がなでているのだから、害はないのだろう、と考えた。
彼の真似をし、恐る恐る猫をなでてみた。あごの毛は柔らかく、背中はすべすべとしていて、猫という生き物は温かいのだな、と思った。猫は体をくねらせると、ゴーゴーと、軽いいびきにも似た音をどこからともなく立てはじめた。これが、猫が喜んでいるときに発する「ゴロゴロと喉をならす」音だということを、はじめて知った。
しかし、なでているうちに、どうやらこの猫は「あのこ」ではないことがわかってきた。柄は似ているが、顔が小さいし、からだつきもやや華奢だ。何より、人とは一定の距離を置いているようだった「あのこ」に比べると、ずっと社交的で顔つきも穏やか。やはり、別の猫だった。
この猫にはその後、ほぼ毎日のように空き地で会った。こちらが足を止めると、必ず気づき、声を発して走り寄ってきて、私のすねやふくらはぎに顔をこすりつける。そのたびに、私はしゃがんで猫をなでた。
スーパーでの買い物を終えて出てくると、待っていたかのように近寄って来る。またなでる。この一連の行動のせいで、私の夕方の外出時間は長引いた。そして用もないのに毎日、夕方になるとスーパーに出かけては空き地のところで立ち止まり、猫の姿を探すようになった。
ほどなくしてわかったのだが、この猫は、買い物客の間では知られた存在だった。空き地に行くと、しゃがみこんでいる人がいたり、数人が輪になって立ち止まったりしている光景に何度も出くわした。すると、そこには、必ず猫がいた。そうして、井戸端会議ならぬ、猫端会議が繰り広げられるのだった。
「この猫、いつもいますよね」「人に慣れているから、飼い猫かしら?」「首輪をしていないし、野良らしいですよ」「足と尻尾が長くて、こんなにかわいい野良はめったにいない」「オスだな、後ろから見るとわかる」「なでさせてくる野良猫なんて珍しい」「ママー、僕も猫、なでたい」
皆の意見をまとめると「元は飼い猫で、今は野良、夕方この場所にやってくるのは、餌がもらえるから」ということになった。確かに、餌を与える人はよく見かけた。猫は、ひとしきり皆に愛想を振りまき、お腹がいっぱいになると、空き地の向こうへと姿を消すのだった。
なでたいときになでて、心を満たしてもらう。猫からしても、私は大勢の取り巻きの一人でしかない。愛着を持たれたり、立ち去るときに鳴いて引き止められたりすることもない。
何のしがらみもない関係は気楽といえば気楽だが、どこか物足りないような、独占欲のようなものが、フツフツと自分の中に湧いてくるのを感じた。
そんなとき、ツレアイが言った。「うちで飼ってあげればいいんじゃない?」と。
【前の回】野良猫の「あのこ」が、また塀の上にやって来た(1)
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