小さな命を救ったリレー 大やけどから復活した猫「たま」

ベッドでくつろぐ「たま」
ベッドでくつろぐ「たま」

 地域猫がメッキ工場で劇薬の容器に落ち、大やけどを負った。だが、人々の善意で一命をとりとめ、今は新しい飼い主のもとで幸せに暮らしている。九死に一生を得た猫「たま」に会いに行った。

 

(末尾に写真特集があります)

 

「たま」は、雑種のオス猫、推定2歳半。東京都葛飾区在住の会社員Oさん(34)宅で暮らしている。


「仕事が終わると直帰して、休日もずっとこの子といます。かわいくって離れがたくて!」


 一緒に暮らし始めて3カ月、新婚のように仲むつまじい。「ここに来た時より、体が大きくなりました。少し太って、新しい“毛”も生えたせいかもしれません。でも後ろ足のあたりは、まだはげているんです」


 傍らでのんびり毛づくろいする「たま」は元地域猫だ。耳に小さな桜型のカットがある。幸せそうに見えるが、実は過去、命を失いかねない大事故にあった経験を持つ。

 

Oさんと、たま
Oさんと、たま

◆瀕死の大火傷

 事故の緊急対応、保護、譲渡にまで関わったボランティア「ねこねこ亭」の女性スタッフが、当時の様子を説明してくれた。


「たまは、あるおばあちゃんが庭で可愛がっていた猫です。1月末、暖を取ろうとして近所のメッキ工場に入ったようです。そのまま閉じ込められる形で、工場内で過ごしていて、週明け早々、アクシデントが起きた。目の近くに深い傷があったので、まず頭を打ったみたいです」


 おそらく、「たま」は工場内に急にとどろいた機械音に驚き、換気扇から外に出ようとして、頭から飛び込んでしまった。だが、はじき飛ばされ、そのまま液体の入った容器に落ちたようだ。


「液体はメッキの最終工程で使う“苛性ソーダ”。油やたんぱく質を溶かす劇薬でした。前から工場に猫が入ることがあり、工場の人も気にかけていたようです。ボチャンと何かが落ちる音がしたため、ラインをストップして工場内を捜索。気絶して浮いていた猫を引き上げたそうです」


 猫は主に下半身が劇薬に浸かっていた。工員は応急処置として気絶したままの猫を水でジャブジャブ洗って、ひとまず陽だまりに置いてタオルを取りに行った。その間に猫の意識が戻り、自力で歩いて、おばあちゃんの家の庭に戻った。だが、たどり着くやいなや、うずくまってしまった……


「『猫が真っ黒になっている。どうしていいかわからない』という連絡が人づてに私に入りました。駆けつけて、その日のうちに動物病院に連れて行きました」

 

退院してボランティアの家にいたとき(5月末頃、治療で剃毛した毛は生えそろっていなかった)
退院してボランティアの家にいたとき(5月末頃、治療で剃毛した毛は生えそろっていなかった)

◆3軒目の動物病院

 獣医師の説明はこうだった。苛性ソーダを浴びると、薬品火傷でひどい痛みがあるはず。皮膚の壊死が神経まで達したら歩けなくなり、どんな影響が出るかわからない。「安楽死も視野に」と告げられた。だが、女性スタッフはあきらめ切れなかった。


「別の意見を聞こうと、他の病院も周りました。3軒目で“入院加療”の話が出たので、そこに賭けたんです。火傷に効く“スーパー軟膏”があるということでした」


 2週間後、女性スタッフのもとに動物病院から電話が入った。


「よくない電話だと覚悟して出ると、先生が『とてもよく食べるのでゴハンを持って来て』と。そこから光が射しましたね。『たま』は人懐こくて、治療のための剃毛時に喉をグルグル鳴らしたりして、ナースさんも胸キュン、病院のアイドルになっていきました」


 入院は2か月以上に及んだものの、火傷は深部には到達しておらず、「たま」は歩くことができた。排泄にも支障はなく、内臓に問題もみられない。頭の傷も治った。


 もともと世話をしていたおばあちゃん宅では室内飼いができないため、女性スタッフは退院前から新しい家族を探し始めた。6月には猫好きの家族のもとでトライアルが始まったが、なぜか「たま」はその家になじめず、わあわあと鳴きわめいた。

 

 

◆新しい飼い主との出会い

 その後「たま」を迎えたのが、今一緒に暮らすOさんだ。Oさんは「たま」を一時預かっていた「ねこねこ亭」の男性スタッフと友達で、何度か「たま」に会っていた。


「不思議と馬が合い、最初に会った時から私を慕ってくれていました。トライアルの再募集の前に話が出て、猫というより、たまとなら暮らしていけるかも、と名乗りをあげたんです」


 Oさんは猫を飼うのが初めて。ボランティアのスタッフらが「必要な時には支えていく」と言ってくれたのが心強く、決め手になった。当時の住まいはペット不可のワンルームだったが、同居を機に、駅から少し離れた2LDKの猫可マンションに引っ越した。家賃は少し上がったが、Oさんは満足そうだ。

 

みんなみんな、たまが好き
みんなみんな、たまが好き

「ボランティアさんから、『たま』が隠れるのに使っていたコタツを貸してもらったり、トイレとかハウスとかも貸してもらって(笑)。皆さんに見守って頂いているという安心感があります」


「たま」は多くの人たちに救われた。工場では工員に助けられ、すぐに洗われたことで火傷が最小限で済んだようだ。おばあちゃんや近所の人が通報し、ボランティアがあきらめなかったことで、火傷に強い病院に巡り合い、皮膚も再生した――。


 女性スタッフはいう。


「あきらめなければ、奇跡が起きるんですね。『たま』の生命力や性格も大きいけれど、うまく命のリレーがつながりました。実は後から工場長が、『助かって欲しい』と猫にたくさん寄付をしてくださったんですよ」


 多くの人の善意に支えられ、「たま」は生きている。

 

・「ねこねこ亭」 ブログ

藤村かおり
小説など創作活動を経て90年代からペットの取材を手がける。2011年~2017年「週刊朝日」記者。2017年から「sippo」ライター。猫歴約30年。今は19歳の黒猫イヌオと、5歳のキジ猫はっぴー(ふまたん)と暮らす。@megmilk8686

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この連載について
ペットと人のものがたり
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