「ミーコ」は“影武者”猫 老いた母のため、娘たちが演じた芝居
「お母さんにとって、猫は大切な存在だったわね」「ウチは猫が絶えたことがないし」
新盆を前に、東京都内に住む齋藤徳恵さん(53)と、妹の和子さん(50)が、母親と猫の思い出をなつかしそうに語る。姉妹の母、きよさんが亡くなったのは、今年3月のこと。享年91歳だった。
(末尾に写真特集があります)
齋藤家には現在、猫が2匹いる。推定14歳のメス猫ミーコと、推定17歳のオス猫マメ。2匹とも福島県のシェルター(福猫舎)から譲り受けた猫だ。そのうちの1匹、ミーコは、実はもともと“お母さんのため”に、「色」や「模様」を指定して迎えいれたのだという。
「今のミーコは、前に飼っていた先代ミーコの身代わりというか、“影武者”だったんですよ」
先代ミーコは、今から26年前の1991年、和子さんが勤める職場の裏で保護した茶色のサビ柄の猫だった。
「まだ小さく、怪我を負ったまま放置されていました。獣医さんに診せた後、家に連れて帰ったんです。ちょっとむすーっとしたところのある(笑)、かわいいメスの猫でした(笑)」
その先代ミーコが死んだのは2012年、今から5年前のことだ。
その時のミーコは21歳。とても長生きだった。保護した時に20代半ばだった和子さんは40代半ばになり、60代後半だった母親は80代後半になっていた。
亡くなってから火葬業者が家に迎えに来るまで、ミーコを床の間の前に安置し、花やお線香を供えていたが、母親は受け入れようとしなかった、と和子さんが説明する。
「ミーコ、亡くなったんだよ。御線香あげなよ。明日お別れだよ、と母に何度言っても、『あ、そうなの?』などと言っていました。きちんと理解できていなかった上に、受け入れたくなかったのかもしれません」
そして、ミーコの死後しばらくして、母親の行動に異変が起きた。室内のいたる所にミーコを探すようになったのだ。
「いないねえ、どこにいるの?」と、ソファの下を見たり、テーブルの下を見たり。「2010年から発症した認知症が進み、死をうまく理解できないようでした。そのうちに、ミーコは入院しているのだと思いこみ、『早く退院すればいいね』と帰りを待ち始めたんです」
どうしようかと姉妹は悩んだ。
「このまま待ち続けているのはよくない」「思い切って猫を探そうか。ミーコに似ている猫を」
当時、母親を担当してくれていた介護福祉士に相談すると、「猫が足元に来ると(転んだりすることがあるので)気をつけないといけないが、可愛がれるペットがいることは、本当に心の栄養になります」と賛成してくれたという。
そんな頃、徳恵さんは友人から、「福島在住のボランティアさんが、震災で被災した猫を複数預かっている」という情報を聞きつけた。
先代のミーコの代わりになる“大人の猫”をもらうなら、行き場のない猫を預かる所から選ぶのがいいね、と姉妹の意見は一致。福島のボランティアに先代のミーコの写真を送り、「模様が似た猫がいればお願いします」というリクエストをしたのだった。
そうして白羽の矢が立ったのが、今のミーコだ。茶色いサビ柄は、先代に良く似ており、なにより、ちょっとむすっとした媚びない雰囲気が良く似ていた。
ミーコが齋藤家にやって来たのは、先代の死から半年たった2013年1月だった。
母親は猫を見ると、「あ、ミーコが帰ってきたの!」と“再会”を喜んだという。
ミーコは家に来た時点で、推定約7~8歳。生い立ちの詳細はわからないが、ひょっとしたらお年寄りに飼われていたのではないか、と和子さんは思ったという。
「(ミーコが来る前は)母は常にやるせない、つまらないという顔をして、ほとんど話さなくなり、老人性うつ病と診断されるほどでした。でも、ミーコが家に来てからは、明るく、語彙が豊富になり、ミーコのコミカルな表情や動作によく笑うようになりました。まさしくアニマルセラピーで、母親も家の中も明るくなりました」
その後2年間、母親はミーコと楽しい日々を過ごしたが、2015年5月に脳硬塞で倒れて入院し、退院後は高齢者施設に入った。
「一緒に過ごした時間はそう長くはないですが、ミーコが“影武者”として家に来てからは、確実に母親と私達、家全体の“幸せ度”がアップしたんです。でもね、ふっと思うことがあるんです。お母さんは本当のところ、私たちの策にだまされていたのかしら。おねえさん、どう思う?」(和子さん)
「えっ、私は最後までそう思っていたけれど」(徳恵さん)
真相は、わからない。
だが先代ミーコのことも、後輩ミーコのことも、お母さんは同じように、大好きだったはずだ。そのことだけは、間違いないだろう。
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