いざという時に対応! 夜間救急動物病院の現場
帰宅して、高齢のペットが倒れているのを見つけたら、夜中に急に苦しみだしたら、そして、散歩中に事故に遭ったら……。そんな時、頼りになるのが 夜間も診療を受け付けている動物病院。ペットの健康と飼い主の安心を支える現場を取材した。
文=編集部・鎌田倫子 写真=写真部・加藤夏子
人通りも少なくなった10月上旬の午後10時、小学4年生の女の子が目に涙を浮かべて、母親と一緒にTRVA夜間救急動物医療センター(東京都世田谷区)を訪ねてきた。ペットのチワワを抱いている。
「カイ君、頑張って。目を閉じないで」
女の子は、腕の中でぐったりしているチワワにそう声をかける。そのかたわらで、母親が獣医師に経緯を説明する。
「ジャーキーを丸のみしちゃったんです。吐き出そうとしても、口から泡を出すだけで」
X線で胴体を撮影すると、食道に四角い影が映し出された。
「このまま放置していると、食道が炎症を起こし、潰瘍ができて穴があいてしまう。早めに処置をしないといけない」
センター長の中村篤史さんはそう診断した。動物専用の内視鏡を使って取り出すという。
麻酔をかけ、獣医師は犬の口からカメラの管を入れ始める。
「脈拍は安定しています」
動物看護師が容体を報告すると、獣医師は内部が映し出された画面を見ながら、慎重にカメラを操作する。カメラが胃にたどり着く手前で、黄色い塊が見つかった。先端がクリップのようになった鉗子で挟み、引き上げる。口から出てきたのは長さ3~4センチのジャーキー。処置にかかった時間は20分足らずだった。
「(処置が)早いね」
「よかった」
親子はそう話し、安心した様子を見せた。カイ君が麻酔から覚め、安定するのを待ってセンターを後にした。時刻は深夜0時を過ぎようとしていた。
急患が集中する時間「トリアージ」で対応も
設備もスタッフも充実23区外からも駆け付ける
TRVA夜間動物救急医療センターは、夜間診療専門の動物病院だ。城南地区を中心に活動する42の動物病院が出資し、一般社団法人を立ち上げて共同で運営している。国道246号沿いに立ち、近隣だけでなく、23区外から急患が運ばれてくることもある。冒頭の女の子と母親も、調布市の自宅から車で駆け付けていた。街の動物病院の診療時間外を補うのがセンターの役割なので、応急処置をした後は「かかりつけ医」に引き継ぐ仕組みになっている。
診療時間は午後8時から翌朝6時まで。深夜1時くらいまでがピークで、問い合わせの電話がひっきりなしに鳴る。
「はい、どうされました」
「犬種は?」
「何歳ぐらいの子ですか」
「症状によっては少しお待たせするかもしれません」
電話を受けた動物看護師が、ホワイトボードに内容を書き込んでいく。常時待機しているのは獣医師が2~3人、動物看護師は3人ほど。心電図や超音波検査(エコー)、X線撮影室、ICU(集中治療室)など設備も充実している。それでも急患が集中する時もあり、重症度や緊急性に応じて選別する「トリアージ」で対処している。
取材した日も、緊急性の高い小型犬が運ばれてきたため、優先して診察が行われた。その小型犬は小刻みに体が震え、咳き込み、苦しそうだ。
「血痰吐いています」
と動物看護師。咳と共にピンクの痰が吐きだされた。
「まずいな」
担当の獣医師の顔が曇る。血痰が出るのは、肺にたまった水を吐いているためと考えられた。その症状から、肺に水がたまる「肺気腫」が疑われた。肺に水がたまると、酸素を取り込みにくくなり、呼吸が荒くなる。肺気腫は、心臓に何らかの障害があるために起こることが多い。小型犬に酸素マスクをつけた。獣医師がつぶやく。
「肺が水浸しだ」
肺を調べたエコーの画面は真っ白。エコーでは空気は黒く、水は白っぽく写る。肺気腫と診断を確定させ、酸素濃度が高いICUに小型犬を移した。
肺気腫への対処としては、利尿剤を投与して水分を体外へ排出させ、心臓の治療薬を点滴で入れる。再び血を吐いたら利尿剤を追加するなどして排尿を促し、呼吸数が正常に戻るのをひたすら待つ。
「頑張れ。何とか落ち着いて」
ICUのガラス越しにスタッフがかわるがわる声をかけた。
その隣のIUCでも肺気腫の小型犬が、伏せの姿勢でおとなしくしていた。名前はビスケ。11歳のミニチュア・シュナイザーで、前日に緊急入院した。午後10時半ごろ、心配した飼い主夫婦が面会にやってきた。ICUのなかにビスケに、夫婦がかわるがわる声をかける。
「一時はどうなることかと思ったけど目が変わってきたわね」
「大丈夫だな。よかったな」
ビスケは、もともと心臓に病気があり、散歩中に倒れて運ばれてきた。呼吸に合わせて脇腹が膨らんだりへこんだりして、見るからに危ない状態だった。我慢強い性格だから、知らない人の前で「おしっこ」ができず、利尿剤を投与しても我慢してしまう。そこで、カテーテルを導入して排尿させて、危機を脱したという。回復の具合をみて、翌日に退院する予定だ。
「子どもは独立。家に帰った時に喜んで迎えてくれるのはコイツだけ。もう高齢なので、夜中に駆け込めるところがあるのはありがたい」(飼い主の男性)
もう手遅れだった猫毛並み整え飼い主の元に
飼い主に与える安心感、人間的な部分も重要
元気に飼い主の元に帰れるペットばかりではない。到着した時点で手遅れだったり、手を尽くしても助からなかったりするケースもある。中村さんはいう。
「飼い主にとっては厳しい結果になることもあり、救急では人間的な部分も重要なんです」
ある猫が心肺停止状態で運ばれて来た。もう手遅れだったが、一通りの検査をした後、動物看護師が体の汚れを丁寧に水拭きして、ドライヤーをかけながらブラッシング。仕上げに、くしで毛の流れを整える。つややなか毛並みはまるで生きているようだった。
「よく頑張ったね」
頭やあごをなで、最後は、真っ白な布をかけて飼い主の元に戻した。動作一つひとつにスタッフの優しさがあふれていた。
センターには、誤飲や誤食から帝王切開が必要な症状まで、さまざまな状態の動物たちが運ばれてくる。中には「犬同士でじゃれてひっかいて涙目になった」など明らかに軽傷の場合もある。それでも、飼い主が希望すれば、来院は断らない。獣医師の塗木貴臣さんはこう話す。
「飼い主に安心感を与えるのも、夜間救急の役割だと思う」
待合室では、飼い主はみな深刻な表情で待機し、獣医師から説明を聞くときも真剣だ。誤食などが原因で、飼い犬を何度かセンターに連れてきたことがある70歳代の男性は「嫌な顔一つせず、丁寧に接してもらえるので安心です」と話す。
ペットの健康と飼い主の心。その両方を、夜間救急動物病院は支えている。
丸のみしたジャーキー
取り出されるまでの20分
X線撮影は二人がかり
内視鏡で取り出す
異物の取り出し完了
飼い主と再会
手術は別室で
飼い主が防げる誤飲・誤食
これが有害! ペットから遠ざけよう
夜間救急に多い症例の一つが、犬や猫の誤飲や誤食。約2割を占めるという。チョコレートや玉ねぎなど人間が普段から口にしている食べ物でも、動物の身体には有害なものもある。
ペットの手が届かないところに保管すれば、誤飲・誤食の多くは防げるので、飼い主は普段から注意してほしい。
動物病院での処置は、「トラネエキサム酸」という薬を注射して、食べたものを吐かせることが多い。異物を詰まらせた場合は動物専用の内視鏡を使って、取り出すこともある。
特に注意したい身近なもの
玉ねぎ、ニラ、ニンニク
赤血球が弾ける「溶血」になり、貧血を引き起こす。煮込むなど火を通してもダメ。これらの食材の煮汁を飲ませるのもダメ。ネギも同様の理由で食べさせてはいけない。
キシリトール入りガム、タブレット
ダイエット甘味料のキシリトール成分が有害に。腎臓が反応してインシュリンの分泌を促進して、低血糖になってしまう。
チョコレート
症状は不整脈や嘔吐など。チョコレートに含まれるテオブロミンという成分がよくない。特にブラックチョコレートは注意。
ガマガエル
動物に襲われると毒をだす。食べて死ぬこともある。雨上がりには都会でも道路に出没するので、犬の散歩時には注意しよう。
TRVA
夜間救急動物医療センター
東京都城南地区の動物病院が中心となって共同で運営。緊急を要する病気やケガの応急処置がメイン。来院は電話で受け付ける。診療時間は午後8時~午前6時
東京都世田谷区深沢8-19-12
TEL03-5760-1212
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