「こんにちは、みかんです。この枝かじりたいけど、お母さんにしかられちゃう」(小林写函撮影)
「こんにちは、みかんです。この枝かじりたいけど、お母さんにしかられちゃう」(小林写函撮影)

コロナ禍が明けて久々の愛猫を連れた帰省 “やんちゃな孫”に両親が目を細めたあの日

 なんとか実家に着き、キャリーバッグをリビングに運び、扉を開けた。「みかん」は、待ってましたといわんばかりに、好奇心に満ちた目を輝かせながら飛び出してきた。

(末尾に写真特集があります)

「ひなた」と「みかん」2匹の猫

 東京郊外の自宅兼アトリエで、オリジナルの革小物(KALEIDOSCOPE/カレイドスコヲプ)を製作している大場さや夏さんの家族は、夫と、サバ白猫の「ひなた」(11歳、メス)と、茶白トラ猫「みかん」(2歳、オス)だ。

 ひなたは、先代猫「ふぶき」(享年15歳、メス)が慢性腎臓病で亡くなって約半年後の2013年の5月、かかりつけだった動物病院から紹介された。外で暮らしていた母猫が産んだ子猫のきょうだいのうちの1匹だった。愛猫を失ってからまだ半年で、悲しみはいえきってはいなかったが、ふぶきとよく似た毛色だったことに縁を感じて引き取った。

 みかんは2022年5月に、近所の廃屋で生まれた子猫で、近隣の住民が保護した。そのお宅では引き取ることができず、ちょうど2匹目を考えていたさや夏さんが、家の猫として迎えた。

 ひなたは、性格はおっとりしており、やや人見知りでデリケート。

 みかんは、元気で活発だ。2歳になった今でも好奇心全開で家の中を走り回り、ひなたにちょっかいを出しては、うっとうしがられている。

 みかんは、人見知りをまったくしない。初めてのお客にも一瞬たりとも臆せずすり寄っていき、愛想をふりまく。動物病院に連れて行ったときも、診察中にゴロゴロとのどをならし、採血の際にも、獣医師が封を切ったシリンジの袋にじゃれたりしている。あげくは獣医師に抱っこされ、鼻を真っ赤にして大喜びしている始末だ。

 性格も年齢も違う2匹だが、ほどよい距離を保ちながら仲良く暮らしている。

「みかんという名はね、お母さんがミカン型の革製品を試作中に、近所の人が僕を保護したからさ」(小林写函撮影)

 さや夏さんは山形県出身だ。帰省の際には、たいてい愛猫を一緒に連れて行く。

 それは、先代猫、ふぶきと暮らしていたときからの習慣だ。ふぶきは、都内の大学で1人暮らしをしていたときに譲り受けた猫だったので、お盆や冬休みなどの長期帰省する際に、アパートで1匹にしておくわけにはいかなかった。まだキャットシッターの存在が一般的でなかったこともあり、なんの迷いもなく連れて帰った。

 私鉄と在来線、新幹線を乗り継いてドアツードアで約6時間、キャリーバッグに入ったふぶきは、最初の帰省のときからおとなしかった。鳴いたり騒いだりすることもなく、さや夏さんの足元でじっとしていた。

 ただ、目的地の1つ手前の駅を出るときだけ、なぜか少し鳴いた。それは、さや夏さんの心の準備に呼応するかのようだった。

 実家でも、特に緊張する様子もなく、自然に家と両親になじんだ。実家で用意してもらったトイレを普通に使用し、粗相もしなかった。

 ふぶきとは一緒に過ごした15年の間に、新幹線で30往復以上はした。さや夏さんが海外に出かけるときなどは、ふぶきだけを1週間以上実家に預けたこともあった。

「こんにちは、ひなたです。暖かい印象の名前でしょ、よろしくね」(小林写函撮影)

 一般的に猫は「家につく」といわれ、環境の変化は大きなストレスと考えられている。だが、さや夏さんは「猫とは、楽に連れて移動できる生き物なのだな」と思い込んでいた。

 そうでないと知ったのは、ひなたを初めてお正月に実家に連れて帰ったときだ。

久しぶりにみんなで帰省

 東京駅に向かうまでの道中は静かだった。だが新幹線に乗せたとたん、「あおーん」「あおーん」と鳴き出した。悲痛な声にさや夏さんは焦り、着ていたコートをキャリーバッグにかけて暗くし、落ち着かせようとしたり、乗客の迷惑にならないよう、キャリーをデッキに移動したりした。

 実家では、特に問題なく過ごせたが、移動はひなたにとってもさや夏さんにとっても負担になった。さや夏さんの仕事が忙しくなったこともあり、ひなたとの帰省の機会はふぶきのときと比べて減った。また数年後に結婚すると、さや夏さんひとりで帰省することも多くなった。

 その後、コロナ禍で帰省がままならなくなり、その間にさや夏さんはみかんを迎えた。そしてコロナが落ち着いた2023年のお正月、久しぶりに夫と2人で帰省することにした。

 ひなたと、今回はみかんも一緒だ。みかんにとっては初の帰省となる。

 実家では2019年の夏に「なな」という名のオス猫を迎えていた。果たして2匹がうまくやれるのか、やんちゃなみかんが、キャリーバッグの中で長時間じっとしていられるだろうかという懸念もあった。

「あんまり仲良しに撮らないでねbyひなた」(小林写函撮影)

 みかんは、私鉄と在来線で移動している間はおとなしかった。だが新幹線に乗り、ひなたが鳴き出すとみかんも鳴き出した。

 といっても、みかんの鳴き方は悲壮感や緊急性がなく、鳴いているひなたがおもしろいから真似している、という感じだ。まるでちゃかすように鳴き方がひなたにとっても勘にさわるようで声は大きくなり、さや夏さんは冷や汗が出る思いで2匹をデッキに運んだ。

 なんとか実家に着き、キャリーバッグをリビングに運び、扉を開けた。「みかん」は、待ってましたといわんばかりに、好奇心に満ちた目を輝かせながら飛び出してきた。

 キャットタワーにのぼり、爪研ぎで爪をとぎ、初対面のさや夏さんの母親にゴンゴン頭突きをしては擦り寄り、床に転がって甘えた。

 このみかんの行動にもっとも驚いたのは、実家の猫、ななだった。初めて訪れた家で、自分の所有物を我が物顔で使う様子に圧倒され、当初はリビングから姿を消し、隠れてしまうほどだった。

 それでも数日後には一緒に母親からおやつをもらうなどをして、ひなたを含めた3匹で折り合いはつけたようだった。

 滞在中、好き放題に実家の中を駆け回っていたみかんは、母親が丹精込めて作った和小物をおもちゃにしたり、いたずらばかりでひやひやさせた。だが両親はとがめることはせず、「やんちゃな孫」に、終始目を細めていた。

(次回は9月13日公開予定です)

【前の回】「人間は下手に介入しないこと」 姉妹猫と預かり猫の関係に変化が表れたあの日

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
あぁ、猫よ! 忘れられないあの日のこと
猫と暮らす人なら誰しもが持っている愛猫とのとっておきのストーリー。その中から特に忘れられないエピソードを拾い上げ、そのできごとが起こった1日に焦点をあてながら、猫と、かかわる家族や周辺の人々とのドラマを描きます。
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