「さあ、どこからでもかかってらっしゃい」(小林写函撮影)
「さあ、どこからでもかかってらっしゃい」(小林写函撮影)

「人間は下手に介入しないこと」 姉妹猫と預かり猫の関係に変化が表れたあの日

  その日、帰宅をすると、玲子さんは家の玄関の前で深呼吸をした。どんなに家の中が荒れていても驚かないと覚悟を決め、ドアを開けてリビングに向かった。

(末尾に写真特集があります)

見た目も性格も異なる姉妹猫

 緑豊かな街の日当たりのよいマンションで暮らす一之進(かずのしん)さんと玲子さん夫妻のところには、「ゆき」と「ピッピ」(ともに13歳)という名の姉妹猫がいる。

 知り合いの家で生まれたロシアンブルーのミックスで、生後約2カ月で家に迎えた。

 姉のゆきは、からだは小さいが賢くて気が強い。警戒心も強く、来客には一定の距離をおく。

 妹のピッピは、からだは大きいがおっとりとして、ちょっと抜けている性格だ。初対面の人間にもすぐに心を開き、家族と過ごすときと変わらない態度でくつろぐ。

 ゆきは、すぐにピッピに猫パンチをお見舞いしてけんかを仕掛ける。一方のピッピは、けんかが下手。ゆきにはたかれると「何をするの」とモモンガのように体を起こして応戦するが、隙だらけの体勢で、すぐに追加の猫パンチをくらってしまう。

 幼いときはいつも一緒で、くっついて寝ていた。1歳を過ぎ、それぞれ自我が確立されてからはつかず離れずの距離で過ごしているが、それでも馬は合っているようだ。

「ゆきよ。私は気高いの、よろしく」(小林写函撮影)

 ゆきとピッピが家に来て6年が過ぎた2018年秋のことだった。親しい友人夫婦から「連休を利用して海外旅行にでかける10 日間、愛猫を預かってもらえないか」と頼まれた。

 猫の名は「ぽん太」と言い、ブリテッシュショートヘアーのオスで1歳だった。友人夫婦にとって初めての猫で、愛情をたっぷり受けて育った箱入り息子だ。

 人が大好きな甘えん坊なので、ペットシッターなどに頼んで1匹で留守番をさせるよりは、信頼できる人の家で面倒を見てもらったほうが安心というのが理由だった。

天真爛漫な預かり猫ぽん太

 一之進さんと玲子さんはふたつ返事で承諾した。

 だが、ゆきとピッピが受け入れてくれるかどうかの心配はあった。短期間とはいえこの「猫のお泊まり」を実施するには、先住猫のいる家に新入り猫を迎える場合と同じ心構えが必要だ。

 2人は多頭飼いの心得について調べ、結果、居室の1室をぽん太に与え、最初は隔離して過ごさせようと決めた。

 部屋のドアは半開きにし、間に100円均一ショップで買ってきたネットを固定して柵を作った。部屋を丸ごと大きなケージのような扱いにしたのだ。部屋には、友人夫婦がぽん太を連れて来たときに持ってきた毛布やおもちゃとともに、ぽん太を入れた。

 だがぽん太は柵を軽々と飛び越え、リビングにいるゆきとピッピのところへ突進して行ってしまった。2匹は当然、激しく威嚇した。

「ピッピよ。お客さんのお相手はしないけど、どうぞごゆっくり」(小林写函撮影)

 ぽん太は天真爛漫で、ものおじしない性格だった。生まれてまもなく母親から離れ、友人夫婦の家に迎えられたため、ほかの猫と接触したことがない。そのせいか、「シャーシャー」言われてもきょとんとしており、威嚇されているとはわからないようだった。はじめて目にする自分と同種らしい猫という動物に興味津々で、積極的に仲間に入ろうとした。

 ゆきとピッピは、その態度がうっとうしくて仕方がない。とくにゆきは、ぽん太が近づいてくるとうなるような声を上げて棚の上にのぼり、上から激しく威嚇した。

 一之進さんと玲子さんが心配だったのは、気の強いゆきがぽん太をはたいて、怪我をさせてしまうことだった。だから、ゆきが「シャー」をはじめると、「ダメダメ!」と制し、すぐにぽん太を遠ざけるようにした。

3匹のかかわり方に変化が

 3日間の連休中になんとか、3匹が折り合いをつけてくれればと願ったが叶わず、連休が明けた朝、一之進さんと玲子さんは後ろ髪を引かれる思いで職場に向かった。

 心配性の玲子さんは、仕事中も3匹のことが頭から離れなかった。今頃、ゆきがぽん太を叩いて怪我でもさせていたらどうしよう、もしかしたらぽん太も反撃しているかもしれない、3匹が取っ組み合いになり、暴れ回って毛が飛び散り、ものが倒れ、カーテンがずたずたになっていたら……。

「色っぽい感じで撮って」(小林写函撮影)

 その日、帰宅をすると、玲子さんは家の玄関の前で深呼吸をした。どんなに家の中が荒れていても驚かないと覚悟を決めて、ドアを開けてリビングに向かった。

 部屋の様子は朝と変わらず、3匹は距離をおき、思い思いの場所でくつろいでいた。

 玲子さんは、インターネットで読んだ多頭飼いについてのアドバイスを思い出した。

「猫のことは、猫同士に任せて人間は下手に介入しないこと。そのほうが、お互いの距離感がはかれるようになり、早く折り合いがつけられるようになる」

 こういうことなのかと、玲子さんは安堵と拍子抜けが混在した気持ちの中で理解した。

「そういえば、ぽん太って子いたわね、どうしてるかしら」(小林写函撮影)

 とはいえ、その日から「シャーシャー」がなくなったわけではなかった。

 ただ、一之進さんと玲子さんは対応を変えた。ゆきとピッピがぽん太を威嚇しても、放っておくようにしたのだ。威嚇が激しいときでも無理に引き離したりはせず、人間がそれぞれおもちゃで遊んでやり、猫たちの気を紛らわせるように工夫をした。

 数日経つと、ピッピがぽん太を受け入れた。近づいてきても「シャー」と言わなくなった。

 ゆきは、相変わらず威嚇し続けた。ゆきには、「この家のボスは自分」という意識があるようで、縄張りを犯す侵入者は排除せねばという義務感もあるようだった。

3匹並んでカリカリ

 しかし猫たちは、人間が思っているよりも賢い。

 ぽん太はやがて、ゆきに近づいていくときにやみくもではなく、距離を考えるようになった。

 すると、ゆきの態度も変わってきた。「シャー」が減り、姉妹で日光浴を楽しむベランダに、ぽん太が来るのを拒まなくなった。

 そうして、ぽん太のお泊まり期間が終わる2日前、ゆきとピッピ、ぽん太の3匹は並んでカリカリを食べた。

 2日後、ぽん太を迎えに来た友人夫婦は、愛猫との再会を喜び、感謝の言葉を尽くした。

 一之進さんと玲子さんは、「パパとママ」とともに元気に去っていくぽん太の姿を、ほっとした気持ちで見送った。

 ぽん太がいなくなると、家の中は急に広くなった。

 ゆきとピッピは「あれ、あの子どこに行ったの?」という様子で、しばらく家の中をうろうろしていた。しかし2日も経つと何ごともなかったように、もとの2匹の生活に戻った。

(次回は8月9日公開予定です)
【前の回】事件発生で深い結びつきを実感 「牧子さんちの猫社会」家猫4匹が結託したあの日

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
あぁ、猫よ! 忘れられないあの日のこと
猫と暮らす人なら誰しもが持っている愛猫とのとっておきのストーリー。その中から特に忘れられないエピソードを拾い上げ、そのできごとが起こった1日に焦点をあてながら、猫と、かかわる家族や周辺の人々とのドラマを描きます。
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