判決を受けてやるべきこと 長野県繁殖業者虐待事件~裁判傍聴記④
ペット関連の法律に詳しい細川敦史弁護士が、飼い主の暮らしにとって身近な話題を法律の視点から解説します。今回は、判決が出た「長野県繁殖業者虐待事件」についてです。
長野県繁殖業者虐待事件の判決
今年5月10日、長野県松本市の犬繁殖業者による大量虐待事件の第9回公判、判決言渡し期日がありました。私は、第1回、第2回、第5回、第7回の公判に続き、告発人団体(公益財団法人動物環境・福祉協会Eva)のメンバーと一緒に傍聴をしました。
地元をはじめ注目の事件の判決言渡しということで、事前にメディア各社が情報収集に動いており、当日の傍聴席も記者で埋まっていました。
検察官、弁護人が着席している中で、私たちも法廷に入り、それから裁判官3名が法壇に着席しました。張り詰めた空気の中、最後に被告人が法廷に入室し、裁判官、検察官、弁護人に礼をして証言台の前に立ちました。
そして、裁判長が被告人の氏名を確認し、判決主文(結論部分)を読み上げました。被告人を懲役1年及び罰金10万円に処する――。そして、懲役刑については執行猶予を付し、その期間は3年と、検察官の求刑(懲役1年及び罰金10万円)をなぞった、ごく普通の判決でした。
母犬に不必要な苦痛を与えていたと認定
裁判長は、被告人を着席させた上で、判決理由を読み上げました。
その多くは、母犬の帝王切開時に、沈静・鎮痛効果のあるドミトールを投与していたかの事実認定に費やされていました(審理の時間や証人尋問でも、かなりの部分をかけていました)。結論として、ドミトールを投与していた可能性があることから、これを使っていないとの検察官の主張は認められないとしつつ、薬剤投与の効果が生じる前に帝王切開をしていたことなどを理由に、被告人の帝王切開は母犬に不必要な苦痛を与えていたと認定し、動物傷害罪の成立を認めました。
続いて、従業員の証言内容や、鑑定を担当した獣医師の証言内容、動物愛護管理法44条1項の条文解釈などが述べられました。
不十分だと感じられた問題認識
ドミトール投与の可能性に関する裁判所の認定はさておき、動物傷害罪と動物虐待罪が有罪とされたことは告発人団体としては納得のいく結論でした。しかし、裁判所はなぜ、検察官の求刑をなぞった量刑と判断したのか、その具体的理由が気になるところです。判決の言い渡しでは、犯罪の成否についての理由が述べられた後、量刑理由が述べられます。
罰金10万円の理由について、判決では特に触れられませんでしたが、検察官の求刑で指摘されたように、狂犬病予防注射を受けさせなかった狂犬病予防法違反に対応するものと考えられます。
注目すべきは、5頭の母犬(いずれも短頭種)に対する動物傷害罪と、452頭に対する動物虐待罪について、懲役1年・執行猶予3年とした具体的理由です。
動物虐待罪について、特に1つの犬舎については、従業員を配置せず、清掃をせず長期間放置したため、高度の臭気を計測したことなど極めて不衛生で劣悪な環境であったことを指摘しました。結論として、過去に例をみない悪質な事案であることを指摘し、2019年法改正で追加された懲役刑を選択すべきであるとしました。ここまでは頷ける内容でした。
これに対し、動物傷害罪については、「曲がりなりにも子犬を摘出するための帝王切開手術であり、その手段が相当性を欠くために違法と評価されるものの、目的自体は不当なものとはいえず、(中略)暴行による虐待事案や猟奇的な殺傷事案とは性質を異にするというべきである。」とし、計を軽くする方向の理由として指摘されました。
裁判官が被告人に同情的であるとまでは言いませんが、コストカットのために獣医師によらず繁殖犬の帝王切開を繰り返していたこと、すなわち、利欲目的と結びついて動物に苦痛を与え続けていたことの問題についての認識が不十分であると感じました。
判決を受けて① 動物虐待罪の法定刑引き上げの検討
被告人・検察官のどちらからも控訴されず14日が経過し、判決は確定しました。
これまでも、動物虐待事件に対する検察庁の処分・求刑、または裁判所の量刑が不十分と感じるケースはありました。本件も同様の思いです。
しかしながら、個別の刑事事件に関する司法判断について、部外者が異議を述べる機会はありませんし、また、そういったことをしても徒労です。より現実的・建設的には、今回の確定した判決を受けて、現行の動物愛護管理法を見直す必要があるのかどうかです。この点、1年以下の懲役にとどまっている動物虐待罪(44条2項)の法定刑の引き上げを検討することが考えられます。
「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」という量刑は、犯罪の中では比較的軽微といえますが、今回のような452頭もの動物に対する虐待行為は想定していない可能性があります。今回の量刑理由を聞いていると、帝王切開の傷害罪よりも、劣悪環境での虐待罪の方により大きな責任があるとしている節もあり、虐待罪の法定刑が重ければ、判決内容は変わっていた可能性があります。
この点について、先日から、Evaが動物虐待罪(44条2項)の厳罰化を求める請願署名を始めています。次回法改正での実現を目指し、ご協力いただければと思います。
判決を受けて② 専門知識を有する組織などが直接関与する制度の検討
また、将来的には次のようなことも検討の余地があるのではと考えています。
虐待被害にあった動物は、法律上は「被害者」ではありません。そのため、動物の立場にたって声をあげる人たちがいても、刑事手続においては完全に蚊帳の外です。
今回の松本市のケースでも、現行法で認められている「刑事告発」という手続によって、捜査機関との間で法的な利害関係(検察庁との関係では、処分結果の通知義務や不起訴理由の説明義務などが発生します)をつくり、決して敵対関係になることなく、言うべきことを言い、一定の協力関係で進めてきたと認識していました。しかしながら、集大成ともいうべき検察庁の論告求刑には、残念ながら、多くの署名とともに述べた意見が反映された形跡は見られませんでした。
告発人は、独自の求刑意見を述べることはできませんし、裁判所の判決がいかに不服であっても、控訴(異議申し立て)をする権限はありません。
犯罪被害者も、かつては同じような立場で、警察や検察に事情聴取を受けるだけでの「証拠方法」にすぎず、公判日も知らされずに刑事裁判が進むなど、権利保障は不十分でした。それが、多くの関係者の尽力により、2005年に犯罪被害者等基本法ができ、被害者や遺族の権利・利益を保護するためのさまざまな制度ができました。そのうちの1つが、被害者参加制度であり、被告人への質問や、検察官とは別に独自の論告求刑ができるようになりました。動物虐待の刑事裁判における告発人の立場は、かつての犯罪被害者と似たような状況にあると考えています。
動物や法律に関する専門知識や高い公益性を有する組織が、一定の条件のもと、一定の範囲で刑事裁判に直接関与する制度についても、将来的には検討されてよいのではと考えています。
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