法廷に響き渡る悲痛な犬たちの鳴き声 長野県繁殖業者虐待事件~裁判傍聴記①
ペット関連の法律に詳しい細川敦史弁護士が、飼い主の暮らしにとって身近な話題を法律の視点から解説します。今回は、3月16日に行われた長野県繁殖業者虐待事件の初公判についての傍聴記です。
前代未聞の虐待事件、初公判へ
昨年11月の記事で、長野県の繁殖業者が約1000匹の犬を劣悪な環境で飼育していたとして、動物愛護法違反で逮捕された事件について触れました。この前代未聞の虐待事案について、その後、長野地方裁判所松本支部に公判請求され、3月16日に第1回公判が開かれました。
当日、私も公判を傍聴してきましたので、その様子を紹介します。
長野地方裁判所松本支部へ
私たち弁護士は、日常的に、法廷のバーの中で依頼者や被告人のために訴訟活動を行う一方で、自分が関与していない裁判を傍聴することはまずないのですが、動物に関連する刑事事件については、近くの裁判所で、時間があえば傍聴することがあります。
今回は長野県ということで、通常であればわざわざ出向くことはありませんが、動物愛護関係者やペット業界はもちろん、社会的にも衝撃を与えた過去に例をみない事件の初公判ですので、都合をつけて傍聴することとしました。
社会的関心の高さがうかがわれる
当日は午後の裁判だったので、早朝に兵庫を出発し、新幹線と特急を乗り継ぎ、国宝松本城の北隣にある裁判所に到着しました。裁判所付近にはすでに多くのテレビカメラや報道陣がいて、社会的関心の高さがうかがわれ、裁判所関係者も報道関係者や傍聴希望者の整理など、懸命に対応しているのが印象的でした。
法廷に入り、緊張の幕開け
厳重なセキュリティチェックを受けて法廷に入り、傍聴席に座りました。コロナ対応として、24席ある傍聴席は半分の12席しか使えず、報道関係者用の傍聴席はいっぱいでした。
検察官、2名の弁護人が着席し、裁判官も入りました。最後に、スーツ姿の被告人が入廷し、定刻を少し過ぎての開廷となりました。
被告人はどんな認否をするのか、どんな展開が待っているのか、緊張の幕開けでした。
起訴内容は犬452匹の虐待
冒頭、裁判官からの人定質問に続いて、検察官が起訴状を朗読しました。「2カ所の犬舎で、それぞれ362匹と90匹の犬に対し、健康及び安全を保持することが困難な場所に拘束して衰弱させる虐待をした」という内容を読み上げました。
虐待の事実を認めた被告人
続いて、裁判官から被告人に対し、黙秘権の詳しい説明が行われ、その上で、読み上げられた起訴状の内容について間違いはないか質問したところ、「間違いありません」と発言しました。
一般的に、被告人が起訴状の事実を認めるのか争うのかによって、その後の手続の進行やそれに伴う審理期間はかなり変わってきます。いわばこの裁判がどう進んでいくかの重要な分岐点ですので、この場面は息を飲んで見守りましたが、被告人が認めたことで、内心でホッと息をつきました。
自白事件も厳格に事実を立証
被告人が罪を認めたいわゆる自白事件であっても、検察官は、罪となるべき事実を厳格に立証する必要があります。
検察官から、被告人の職歴、家族構成、特に犬の繁殖業を始めてからの経過、販売ルート、犬の販売による売上額、事件現場の劣悪な状況など、冒頭陳述で具体的な事実が明らかにされました。
冒頭陳述に引き続いて、検察官から、膨大な証拠書類の取り調べ請求がされました。甲号証といわれる捜査機関が作成する報告書などの資料が111点、乙号証といわれる被告人に関する資料が29点ありました。これらのうち、弁護人が不同意または意見を留保した一部の証拠以外のほとんどが採用されました。
ここからの証拠調べ手続が、この日のもう一つのヤマ場でした。
提示された100点以上の証拠
検察官は、100点以上の証拠について、証拠の要点を説明していきました。法廷では詳しく読み上げられることはありませんでしたが、メモを取りながら聴き取った限りでは、警察が2つの犬舎を捜索したときの状況を記録した捜査報告書や、犬のリスト、犬舎の異常なアンモニア臭気の測定結果、犬の負傷・衰弱状況を検査した獣医師の供述調書、保健所の指導内容や改善されなかった状況を記載した職員の供述調書、多数の元スタッフの供述調書などがあることがうかがわれました。
静まりかえった法廷に、犬たちの悲痛な声
中でも、法廷の両脇に設置された大型スクリーンに、2つの犬舎を捜索したときに警察官が撮影したと思われる動画が10数分間にわたり流されたのは、今回のハイライトといえるものでした。3メートル位の高さに、4段に積み重なった小さなケージに、トイ・プードル、パピヨン、柴犬、ビーグル、キャバリア・キング・チャールズ・スパニエル、ポメラニアン、ダックスフンドなど、人気の犬種が閉じ込められていました。
膨大な証拠の説明で、集中が途切れる人がいたかもしれませんが、このときばかりは、傍聴者、報道関係者たちは一斉にスクリーンを凝視していました。静まりかえった法廷に、犬たちの鳴き声だけがひたすら響き渡り、その悲痛な声を聴いていました。
被告人は、公判では終始表情を変えず、マスクもあって感情の起伏が読み取れませんでしたが、このときばかりは、映像によってリアルに自らの行いと結果を突き付けられ、省みていたかもしれません。
追起訴などの説明を経て、閉廷
これらの証拠の説明で、1時間以上を要したと思います。当日はここまでの手続で終わり、裁判官から検察官に、今後の進行について尋ねていました。
この事件は、動物保護団体による告発がされており、警察から余罪について事件送致がされる予定とのことで、それを見て検察官から追起訴の可能性があると説明していました。
この追起訴がどうなるかまだわかりませんが、6月に次回の公判期日が設定され、閉廷となりました。
判決が確定するまで追うことが大事
次回公判では、追起訴がなければ、弁護側の立証として、情状証人の尋問と被告人質問が予想され、早ければ結審する可能性もあります。一方、追起訴があれば、その追起訴事実について審理が行われ、被告人の認否や、検察側の証拠の取調べ、弁護側証人の尋問などが予想されます。
刑事事件は、ガサ入れや被疑者の逮捕、初公判にどうしても注目が集まりますが、これらの手続では終わりません。すべての審理が終わり、判決が確定するまで、引き続き、間近で見守っていきたいと思います。
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