焦点は無麻酔の帝王切開、問題の本質は? 長野県繁殖業者虐待事件~裁判傍聴記②

 ペット関連の法律に詳しい細川敦史弁護士が、飼い主の暮らしにとって身近な話題を法律の視点から解説します。

 長野県松本市の2施設において、長年にわたり極めて多くの犬が劣悪な環境で飼育されていた事件について、2022年3月16日、長野地方裁判所松本支部において初公判が開かれました(傍聴記①はこちらから)。今回は、第2回となる裁判傍聴記をお届けします。

裁定合議事件に

 第2回の公判は、6月に行われる予定でしたが、事情はわかりませんが取り消されました。その後は、公判外で何らかの手続が行われていたようですが、初公判から10か月半が経過した2023年2月1日に、ようやく第2回公判が開かれるという、刑事裁判としてはあまり見ない流れで進んでいます。私は、今回も傍聴に訪れました。

 裁判所庁舎の入り口は、今回も、傍聴券の抽選で並ぶ人がかなりいました。一般的に、逮捕や初公判は注目されて騒がれるけれど、その後は判決まで報道されないことが多い印象ですが、この事件については、地元メディアや市民の関心はまだ薄れていないと感じました。

 午後1時半に法廷に入ると、傍聴席は前回のようにコロナ対応で制限されておらず、30席くらいが座れる状態でしたが、報道関係者と一般傍聴者で満員でした。

 また、前回は1名の裁判官で審理されていましたが、今後は3名の裁判官で審理を進めることが冒頭に宣言されました。刑事裁判において、合議体で審理されるのは、原則として、法律に定められた重大事件だけですが、事案の内容等に鑑みて裁判所が必要とした場合は、例外的に3名の裁判官で審理が行われます(「裁定合議事件」といいます)。裁判所も、この事件を重く受け止め、慎重に審理し判決をしようとしていることがうかがわれました。

被告人は無罪を主張

 さて、初公判以降の大きな動きとして、検察が、5匹の妊娠犬を帝王切開した被告人の行為について、2022年8月に動物傷害罪(動物愛護管理法44条1項違反)で追起訴したことがポイントです。なお、8匹のシーズー犬に狂犬病予防注射を受けさせなかった狂犬病予防法違反でも追起訴されています。

(getty images)

 動物傷害罪は、先行して審理されている動物虐待罪と比べて、法定刑の上限が大幅に重く(前者は懲役5年、後者は懲役1年)、また、捜査段階で、被告人が日常的に無麻酔で犬の帝王切開をしていたことが衝撃的に報道されていたことからも、被告人がどのように認否するのかは、第2回公判のハイライトといえました。

 被告人側は、狂犬病予防法違反の公訴事実は認めた上で、動物傷害罪については、無麻酔の事実を否認するとともに、仮に、麻酔を使っていなかったとしても妊娠犬をみだりに傷つけたとはいえず、被告人は無罪であると主張しました。

 ある程度想定されたことですが、法廷で被告人側が争う姿勢を明らかにしたことで、検察側は、帝王切開について動物傷害罪が成立することについては、特にしっかりと有罪の証明をしなければなりません。

焦点は麻酔薬を使ったか否か

 続いて、追起訴の事実について検察側の冒頭陳述があり、弁護側も冒頭陳述を行いました。双方が、自らの主張する「真実」を明らかにしました。どんなにもっともらしいストーリーを語っても、裁判で重要となるのは証拠です。

 追起訴分についても、検察側から70点近くの証拠書類が提出され、それらの要旨が読み上げられました。その中には、この後に証人尋問が予定されている元従業員の供述調書10数通も含まれていました。

 調書の内容を聞く限り、被告人や自分が帝王切開するときに麻酔薬を使用していたか否かについて、当初は「使っていない」と言っていたのが、後に「使っていた。やっていたときは陣痛促進剤と認識しており、麻酔薬とは思っていなかったが、実はそれが麻酔薬だったことが被告人から伝えられた」旨、供述が変遷していることがうかがわれました。

 ここまでで、開廷からだいたい1時間くらいが経過していました。

証人による証言は…

 供述調書は、被疑者などの供述内容を捜査官がまとめて作成するものであり、誤りが含まれている可能性もあります。そのため、事実関係に争いがある場合は、その事実を体験している証人が裁判所に出廷し、法廷で直接語ってもらうことが原則です。

 今回も、被告人に次いでナンバー2の立場にあった元従業員男性が出廷しました。冒頭、嘘を言わない宣誓をし、裁判官から偽証罪の告知を受けた後、検察官からの質問に答えていく形で進んでいきました。

(getty images)

 一般的に、検察側の証人は、被告人の有罪が認められる方向の具体的事実を証言することが通常です。今回の元従業員も、その方向での証言をするのかと思いきや、かなり歯切れが悪く、検察官からの質問に対し、かなりの間があってポツポツと小声で証言するといった感じでした。弁護人からの尋問に対しても、スラスラ答えていたわけではありませんが、全体的な印象としては、弁護側のストーリーに沿った証言をしているように感じられました。

 具体的な証言内容については、告発人団体である公益財団法人動物環境・福祉協会Evaのレポートをご参照ください。

 裁判官の質問が終わった頃には、予定時間を大幅に過ぎ、役所の終業時間も過ぎているであろう午後5時半になっていました。

 次回の日程については、4月中旬の日が示されましたが、裁判長はこの日に公判を開くか別の手続とするかについては明言せず、長かった第2回公判は閉廷しました。

忘れてはならない事件のポイント

 第2回公判を傍聴した感想は、麻酔薬を使用した事実があるかどうかに焦点が当てられ、2時間半に及んだ元従業員に対する尋問の大半は、これに関することに費やされていました。この事実は一定の重要性はあるかもしれませんが、麻酔薬を使っていようとも、獣医師ではない被告人が、妊娠犬の帝王切開を行うことは危険な行為といえます。麻酔の管理も難しく、素人判断で当たり前のように選択してよい出産方法ではないとされ、例外的な場合に行うべきであるとの獣医師の意見もあります。

 本件は、ペットの劣悪繁殖施設として明るみに出たものとしては、過去に例を見ない規模の事件であり、裁判所には、慎重に審理を行っていただきたいとは思いますが、事件のポイント、本質がズレてしまわないよう、傍聴席から強く願っています。

【前の回】動物虐待から犬や猫を救うために 「どうぶつ弁護団」ができること【後編】

細川敦史
2001年弁護士登録(兵庫県弁護士会)。民事・家事事件全般を取り扱いながら、ペットに関する事件や動物虐待事件を手がける。動物愛護管理法に関する講演やセミナー講師も多数。動物に対する虐待をなくすためのNPO法人どうぶつ弁護団理事長、動物の法と政策研究会会長、ペット法学会会員。

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この連載について
おしえて、ペットの弁護士さん
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