元気さゆえに2階から地下へ落ちたか 災害救助犬はつねに危険と隣り合わせ

訓練場で、隠れている行方不明者を捜すため穴に鼻を突っ込むココ。中に人がいることを確認するとその場でほえて、ハンドラーの私に知らせてくれる

 ジャーナリストで災害救助犬のハンドラーとしても活動する河畠大四さんが、愛犬であり信頼を寄せる災害救助犬の「ココ」(ボーダーコリー/メス11歳)との生活に込められた、喜びや挑戦を伝えていきます。

(末尾に写真特集があります)

倒壊現場での冷静な判断

 1月3日、16時半過ぎ、私は災害救助犬のココとともに石川県輪島市門前町の倒壊家屋で、要救助者の捜索を始めた。1階の屋根に上り、地震でできた屋根の1メートル幅の隙間にココを入れた。

 屋根に沿って横に伸びたその隙間は意外と歩きやすく、ココは鼻を下に向けてにおいをかいでいる。そして居間に通じる穴の周辺をゆっくりと行ったり来たり。しかし、特に反応は示さない。

ココは屋根にできた亀裂の隙間に入ってゆっくり捜索する。ココのちょっとした反応も見逃してはいけないと私はへっぴりごしの態勢でその動きを凝視する

 ココが居間に通じる穴の前に来たときに私が「入れ」と指示を出せば、おそらく中へ入って行っただろう。

 しかし、私はあえてその指示を出さなかった。

 それというのも、穴の中がどうなっているのか皆目見当がつかなかったからだ。たとえ指示で中に入ったとしても、犬が戻ってこられないような深さや構造になっているという恐れがあった。

 その上、ココが穴の前をいくら往復しても鼻を穴の中に突っ込んだり、何かにおいをとったりしたときの反応――しっぽをぐるぐる回したり、横に振ったり――することもなかったからだ。

 万が一にも人のにおいをかぎ取れば、ココなら間違いなく自分から穴の中に入っていく。少なくとも訓練ではそう反応してきた。たとえ穴の中に入らなくても、鼻をその穴に突っ込んでにおいを確認するだろう。しかし、そういうこともしない。少しでも変わった動きをしていれば、私もためらうことなく「入れ」と指示していた。

2階から地下へ落ちた救助犬

 ふいに数年前、都内で行われたビル解体現場での捜索訓練で起きた「ある事故」を思い出した。

 あれはラブラドル・レトリバーの災害救助犬ココアが行方不明者を捜索しているときのことだった。

 ハンドラーが捜索中の2階から少し慌てたような声で「犬が見当たらないんです。下の方に行ってませんか」と叫んだ。

 1階にいた私はあたりを見回したが、犬が捜索している気配がない。念のため部屋の外も確認したがやはり見当たらない。

「1階には来てませんよ」と返事をする。

 心配になって2階に上がった。

 するとハンドラーが緊張した顔つきで「あの穴に落ちました」とビルの暗闇の隅の方を指さした。配管の通っていた穴なのか、小さな穴が開いていた。

穴に落ちた茶色のラブラドルのココア(写真中央)。上から見る限り、ほとんど動かなかった

 中をのぞくと真っ暗だったので、懐中電灯で照らしてみた。

 すると地下の底のがれきの真ん中にココアはいた。ほとんど動かないのでケガをしているかも知れない。ココアのハンドラーはそのときのことを思い出して話す。

「呼んでも返事をしないので、鉄柱で串刺しになっていると最悪のケースを想像しました」

 ハンドラーによると「記憶があいまいだが」と前置きしたうえでこう振り返る。

「落ちた場所は床に開いていた30センチ幅の穴で、事故防止のため板でカバーはされていたようです。どうも、捜索中のココアが自分で急ブレーキをかけたところ板がずれて、穴に落ちた様子でした」

 そういえば、穴に落ちたココアは、ひたすら走り回って探す“奔走タイプ”の災害救助犬だった。元気の良さが取りえだが、それが災いしたのかもしれない。

 穴は人ひとりがなんとか入れる広さがあった。

 小柄な仲間がザイルを体にくくり付けて穴に入り、ゆっくりと地下まで降りた。とりあえず、犬が大きなケガをしていないかを確認して、ハーネスをつけて引っ張り上げた。

 救い出されたココアは意外と元気そうに目をパチクリさせる。念のため、ハンドラーが体の隅々をさわってケガをしていないか確認した。

 2階から地下へ、落ち方によっては大ケガをしてもおかしくなかったが、幸いにも無傷だった。奇跡としか言いようがない。動物の持つ何らかの本能が働いたのだろうか。人間ではそうはいかない。

もっとも穴は人が入れる広さだったから犬を救出できたが、人が入れない狭さだったらと思うとゾッとした。訓練といえども災害救助犬は「危険と隣り合わせだ」ということをそのとき、痛切に感じた。

救出されたココア。2階から地下へ落ちてもかすり傷ひとつ負わなかった。人が落ちたらこうはいかない

隙間は救助犬に託すしかない

 そんなことを思い出しながら、居間に通じる穴の前を行き来するココを見守った。3分余りの捜索にまったく反応を示さなかったため、居間の捜索を終えることにした。

 私は屋根から降りると、ココに「来い」と指示を出して呼び戻した。ココは滑りやすい瓦をトン、トン、トンとリズムよく降りてきた。

 あたりは刻一刻と暗くなる。小雨が降る中、今度は駐車場のある玄関側に回った。

 もうココにはリードも首輪もつけていない。私の後からゆっくりと着いてくる。

私の足元でにおいをかぐココ。屋根の奥の方に何かにおいがするのだろうか。駐車場の中は薄暗く、屋根が斜めにかしいでいる

 駐車場の前にくると崩れた1階の屋根と地面の間に隙間があった。人が入るにはあまりに危険だ。

 身軽で俊敏な犬に捜索を託すしかない。

 ココに隙間から入るよう腕を伸ばして、「探せ!」と指示を出した。相変わらずテンションの低いココは周囲のにおいをかぎなら、そろりそろりと中へ入っていった。

 2階との隙間が数十センチしかない駐車場。その中をココはぐるりと回って探す。広さは車一台が駐車できるぐらいのスペースだ。しかし特に変わった動きはしない。

 駐車場の捜索を終えるとココは、小さな隙間から吸い寄せられるように奥へと入って姿を消した。玄関の中に入っていったのだろう。私はココの捜索で何か物音でもしないかと耳を澄ませていた。

昨年12月にわが家に迎えたボーダーコリーのハリー(オス/8カ月)。ふせや待て、呼び戻しなど少しずつできるようになってきた。いずれココのように災害救助犬になってもらいたい

(次回は6月19日に掲載予定です)

【前の回】災害救助犬のココ、石川県輪島市の倒壊家屋へ チームワークを発揮して捜索する

河畠大四
フリージャーナリスト、編集者、災害救助犬ハンドラー、日本救助犬協会 救助犬部副部長。1984年小学館入社、ビッグコミックで手塚治虫担当ほか。1989年朝日新聞社入社、週刊朝日、経済部などで記者、編集者を務める。2020年に早期退職して、テントと寝袋を積んで日本縦断自転車ひとり旅に出る。自転車旅と救助犬育成を中心にX(@e37TQUBRKJcf49z)「ココ&バイク」で発信中。

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この連載について
災害救助犬、ココと行く
ジャーナリストで災害救助犬のハンドラーとしても活動する河畠大四さんが、愛犬であり信頼を寄せる災害救助犬のココとの生活に込められた喜びや挑戦を伝えていきます。
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