1階が倒壊した家の屋根に登り、ココを引っ張り上げて2階との間にできた1メートルほどの隙間に入れた。そこで「探せ」と指示を出した
1階が倒壊した家の屋根に登り、ココを引っ張り上げて2階との間にできた1メートルほどの隙間に入れた。そこで「探せ」と指示を出した

災害救助犬のココ、石川県輪島市の倒壊家屋へ チームワークを発揮して捜索する

 ジャーナリストで災害救助犬のハンドラーとしても活動する河畠大四さんが、愛犬であり信頼を寄せる災害救助犬の「ココ」(ボーダーコリー/メス11歳)との生活に込められた、喜びや挑戦を伝えていきます。

(末尾に写真特集があります)

救助犬との捜索で重要な「サポーター」

「ココちゃん、おしっこをさせましたか?」

 石川県輪島市の倒壊家屋の前。私たち、日本救助犬協会の能登半島出動チームは輪島市門前町で救助活動をしている愛知県の緊急消防援助隊から出動要請を受けて、行方不明者(要救助者)の捜索を始めようとしていた。

 私がココを連れてどの部屋から探そうかと歩いていたときに、サポーターからそう問いかけられた。

 サポーターとは、救助犬を連れたハンドラーから少し離れてついて行き、彼らの行動が危なくないかをチェックする人のことだ。ハンドラーや犬に何か危険なことが起きそうなときにはすぐに声をかける。なぜならハンドラーは捜索にのめり込みやすく、犬の動きばかりに気を取られがちだからだ。余震の恐れがある地域での倒壊家屋の捜索は非常に危険で、ハンドラーは犬の動きを注視しながらも、頭上や足元などへの注意も払わなければならない。

 日本救助犬協会の会員は会社員や公務員、自営業者、主婦など、普段は防災関係の仕事とは無縁な人がほとんどだ。もちろん、災害現場に出動するため防災のことは一般の人よりは詳しくても、消防士や警察官のように日常的に危険を回避する訓練を積んでいるわけではない。だからこそ、サポーターの存在はとても重要になってくる。出動・捜索は「安全第一」が大前提だからだ。

 現場での捜索態勢は隊長1人、ハンドラー2人、救助犬2頭、サポーター1人が基本で、サポーターがいないときは隊長がサポーターを兼ねる。救助犬が2頭必要なのは、もしも犬が反応したときにもう1頭も同じ場所で反応するかを確認するためだ。また、訓練された救助犬の集中力は10分ぐらいと言われており、休みを交えて交互に捜索をさせるためでもある。1頭は捜索、1頭は休んで次に備える。

 サポーターのふいの問いかけに、私は緊張していた気持ちがスーッと抜けていった。「おしっこはさせました」と手短に答えたが、正確には、排泄(はいせつ)をさせようとしたけれどココはおしっこもうんちもしませんでした、になる。

 捜索はいつも通り、訓練通りにやればいい。犬を信じて、自分を信じて。

 そんな私の緊張を知ってか、知らずか、ココは私に付かず離れず、右に左ににおいを嗅いだりしている。初めての場所だからだろう、ココなりに鼻や目、耳など五感をフル活用して現場を感じ取ろうとしている。

消防の人から捜索家屋の状況を聞く。その間、ココは私の傍で周囲のにおいを嗅いでいた

捜索のカギは人が出すストレス臭

 消防の人が捜索家屋の説明をはじめた。表通りから見た家の左端が駐車場でその奥に玄関がある。玄関の右隣に居間、さらに隣が仏間だという。居間と仏間の屋根にはそれぞれ人ひとりが入れる四角い穴が開けられていた。消防の人は言う。

「屋根に穴を開けて中に入り、懐中電灯で照らして見たり、声掛けをしたりしてみましたが、人の反応はありませんでした」

 1階は屋根を残して潰れていて、横並びの玄関、居間、仏間の行き来はできないらしい。

 その話を聞いている間も傍にいるココはにおいを嗅いでいる。地面に鼻をつけたり、顔を上げて左右を見たり。決して広い家ではないので、この家屋の中に人が閉じ込められていれば、隙間のどこからか体臭(ストレス臭)が漏れてきてもおかしくない。

 しかし、その可能性を低めているのがほとんど吹かない風と小雨だ。においが漏れてこなければ、人間の数千倍とも数万倍とも言われる犬の優れた嗅覚(きゅうかく)でも能力を発揮しづらい。

 果たしてココは、この捜索現場で反応するだろうか。

1階の屋根に登って14キロあるココを引っ張り上げる。幸い、素直に従ってくれた

捜索を始めたら極力、指示は出さない

 能登半島地震の発生時間が16時過ぎだったこともあり、私はココを居間から捜索させることにした。元日のその時間帯なら居間にいることも十分考えられるからだ。

 とはいえ、先入観は禁物だ。この部屋に要救助者がいるかもしれないと思うことで、犬にさまざまな指示を出しかねないからだ。

 捜索現場を離脱したり、集中力が切れかかったりするなど、よほどのことがない限り、私は捜索を始めたココに指示は出さない。捜索で頼るのは私の勘ではなく、ココの鼻なのだ。

 居間への入り口は屋根と屋根の間の1メートル幅の隙間に開いている穴だ。屋根瓦は新しく光沢を帯び、それが雨にぬれててかっている。ツルツルしているので足が滑りやすい。瓦の雪止めに足を掛け、14キロあるココを引っ張り上げて屋根と屋根の隙間に入れた。

 そのとき、再びサポーターから「ココのリード、ついてますよ」との声がかかった。

 災害救助犬を捜索させるときは、リードだけでなく、首輪もはずす。日本救助犬協会では、捜索させるときには犬の体には何もつけないのが原則だ。何かを身につけているとそれががれきに引っかかって犬が身動き取れなくなる恐れがあるからだ。

引っ張り上げたココを屋根と屋根の隙間に入れた。地面と違って足元にいろいろなものが転がっている。ゆっくりと周りを見回すココ

「わかってます」

 とサポーターに答えて、左手を瓦につきながら右手でリードをはずす。

 ココのリードは先が輪っかになっていて首輪も兼ねている一体型なので、輪っかを緩めてリードをはずした。

 ここからが災害救助犬の本格的な捜索だ。

「探せ!」

 テンションの低いココを鼓舞するように、いつもの響く声で指示を出した。

災害救助犬認定審査会の服従試験の1項目、トンネル通過。一気に駆け抜けて、トンネルを出たところで止まり、ハンドラーが来るまで待つココ

(次回は6月6日に公開予定です)

【前の回】輪島市に到着し災害救助犬ココが捜索へ 小雨がちらつき、夕闇が迫る

河畠大四
フリージャーナリスト、編集者、災害救助犬ハンドラー、日本救助犬協会 救助犬部副部長。1984年小学館入社、ビッグコミックで手塚治虫担当ほか。1989年朝日新聞社入社、週刊朝日、経済部などで記者、編集者を務める。2020年に早期退職して、テントと寝袋を積んで日本縦断自転車ひとり旅に出る。自転車旅と救助犬育成を中心にX(@e37TQUBRKJcf49z)「ココ&バイク」で発信中。

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この連載について
災害救助犬、ココと行く
ジャーナリストで災害救助犬のハンドラーとしても活動する河畠大四さんが、愛犬であり信頼を寄せる災害救助犬のココとの生活に込められた喜びや挑戦を伝えていきます。
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