犬は生きる原動力である 彼らがいないと私は無気力人間
先代犬の富士丸、いまは保護犬の大吉と福助と暮らすライターの穴澤 賢さんが、犬との暮らしで悩んだ「しつけ」「いたずら」「コミュニケーション」など、実際の経験から学んできた“教訓”をお届けしていきます。
挫折からライターに
前回、報告したように2023年11月、私は八ケ岳に移住した。20代のバンド活動に明け暮れていた頃、まさか自分が50代になり八ケ岳で暮らすことなど夢にも思わなかった。元々私は大阪の庄内というパンチパーマの中学生がいるくらいガラの悪い下町(当時)で育ったので、田舎暮らしはおろか、アウトドア的なものに一切興味がなかった。
ヤンキーや暴走族のスタイルにダサさを感じていた私は不良ではなかったが、真面目でもなく、クラブ活動に励むこともなく、遅刻して来たくせに早退するような生徒だった。唯一、頑張ったと思えるのはバイトとギターくらいだ。
20代後半で上京してからは、高円寺や下北のライブハウスに定期的に出て、でもお客は増えず、打ち上げで飲んだくれ、もう何をしに東京に来たのかも分からなくなり、結局インディーズレーベルから1枚CDを出しただけで、30歳で挫折した。その後、ほとんど成り行きでフリーライターになり(拙著「ひとりと一匹(小学館文庫)」参照)、今に至る。
そもそもフリーライターになったのも、当時暮らしていた富士丸という犬がきっかけだった。そして、その富士丸が7歳半で突然死してしまい、私はすべてに無気力になった。
空白の2年半の記憶
2009年11月から2年ほど、自分が何をやっていたのか記憶があいまいだ。ライターの先輩の命令で本を書いたり、音楽系連載をやっていたワーナーからのありがたいお誘いでCDブックを出したりはしていたが、自分から意欲的にやったことはなかった。
あえて規則的に何時から何時まではパソコンに向かって仕事する、と決めていた。そうしないと、何もやらないように思えたからだ。だからそれ以外の時間は何をやっていたのか、ほとんど覚えていない。
ぼんやり記憶しているのは、誰かがくれたマイケル・ジャクソンの「THIS IS IT」のDVDを毎晩のように観ていたことだ。別にファンでも何でもなかったのだが、テレビ番組がうるさく感じ、けれど無音の部屋が妙に寂しく、なにげなくDVDを再生していたんだと思う。
たぶん100回以上観た。おかげで、それまで通って来なかったマイケル・ジャクソンの歌とダンスのレベルがすごかったんだと、このとき初めて知った。それ以外は何も学んでいない。
私は若い頃の厨房(ちゅうぼう)でのバイト経験からわりと料理はする方だったが、富士丸がいなくなってから一切しなくなった。味もどうでもよかった。コンビニ弁当ばかり食べていた。
というように、富士丸がいなくなってからの私は廃人同様だった。といっても働かないと暮らしていけないので、誰かが紹介してくれた健康雑誌の原稿をちょろっと書いたりはしていたいが、仕事への意欲は一切なかった。
大吉を迎えてからの私
ところが、ひょんなことから2011年11月に飼い主を募集するサイト経由で子犬の大吉が来てから、私は変わった。
食べる、遊ぶ、寝る、ウンチする、だけのサイクルで生きる子犬大吉が可愛くて仕方ない。その姿を残したい気持ちで、富士丸との別れ以降、触れなくなっていた一眼レフに手を伸ばす。大吉のゴハンを作るためにキッチンに立つうち、自分のための料理もするようになる。
なぜか仕事にも意欲的になり、自分から出版社に売り込んで本を出したり、新たな連載を始めたり、動きが活発になった。福助が加わってからは、さらに加速する。
恐るべき犬の力
2歳の大吉と、子犬福助のバトルがほほ笑ましく、兄の顔になっていく大吉を誇りに思った。
私生活では渋谷区初台から足立区扇大橋を経て、鎌倉市腰越に引っ越した。そして2017年夏には大福が喜ぶからという理由で、八ケ岳の山の家を手に入れた。そこから2拠点生活を始め、ついに2023年には八ケ岳に完全移住した。
ざっと書いてもこんな感じで、明らかに大吉が来てから精力的になっている。私はもともとやる気のない、ふわふわした駄目人間なので、その原動力は犬としか考えられない。彼らがいなければ、八ケ岳に移住なんてしていないと断言出来る。恐ろしいが、私は犬なしでは生きられない、ということらしい。
だから、私は犬のために生きると決めたのだが、これはもう仕方ない体質のようなものなのだろう。
恐らく、私と同じような体質の人もいるだろう。それを受け入れようよ。譲渡先募集は年齢的に厳しくても、以前書いたように方法はあると思う。
山に来てから、大福は元気になった気がする。あの子犬だった大吉と福助は、12歳と9歳になった。ときどきうれしそうに遊ぶ彼らを見ながら「あと何年こんな姿が見られるだろう」と思う。そんなとき、ちょっと切なくなるが、彼が最期まで楽しければそれでいいんだと自分に言い聞かせる。その後のことは、そのとき考えよう。
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