10年前の春、20キロ圏に取り残された動物たち 悲惨な現実があったことを忘れない

震災直後、福島の犬
車の音を聞きつけて、次々に犬たちが姿を見せた

 東日本大震災から、まもなく10年が経ちます。10年前の春、福島第一原発の「20キロ圏内」には、たくさんの動物たちが取り残されていました。

愛護団体のボランティアとして20キロ圏内へ

 私は当時、朝日新聞労働組合の専従をしていて、取材活動に携わることができない立場でした。記者として何もできないことに、切歯扼腕(せっしやくわん)しました。そんな時に、避難先で身動きが取れない飼い主らの依頼で福島第一原発の半径20キロ圏内に入り、動物たちを助け出してくるボランティア活動が行われていることを知りました。4月半ば、休日を利用して、動物愛護団体のボランティアとして20キロ圏内に入りました。

 人影が絶え、風の音と鳥の鳴き声しか聞こえない静寂に包まれた街で、犬や猫は生きていました。私たちの車の音を聞きつけると、人恋しいのか、少なくない犬たちが尾を振りながら駆け寄ってきました。警戒心が強いはずの猫も、エサを置くと姿を現しました。痩せた牛が、道路をゆっくりと歩いたり、水たまりでのどを潤したりしている姿にも出くわしました。

震災後の福島にいた犬
車の音を聞きつけて、次々に犬たちが姿を見せた

リードにつながれたまま息絶えていた

 動ける動物たちは、飢えている様子ではありましたが、まだましでした。飼い主はすぐに戻ってくるつもりだったのでしょう、つながれたり、屋内に入れられたりしていた動物たちは、悲惨な運命をたどっていました。

 ある民家の庭先では、1匹の柴犬がリードにつながれたまま、ポーチにもたれかかるようにして息絶えていました。ふわふわの冬毛はまだやわらかでした。しばらくは生きていたのでしょう、あたりに糞(ふん)が散乱していました。

 また、別の民家では、雑種犬が縁側のすぐわきに倒れ、死んでいました。やはりリードにつながれたままでした。頭のすぐ先には、飼い主がいればその気配が感じられたであろう、居間の大きな窓がありました。

震災後の福島にいた犬
車の音を聞きつけて、次々に犬たちが姿を見せた

 何度も20キロ圏内に入ったボランティアの女性によると、飼い主のいなくなった家の中で、暴れ、苦しんだ様子で死んでいた猫もいたといいます。あちこちで、満開の桜が、誰に見られるでもなく咲いていたのが、印象的でした。

 ところどころに津波のあとが残るなかを、南から北へ縦断するように2台の車で移動し、この日は結局、被災した飼い主からの依頼のうち猫2匹を見つけ、保護することができました。飼い主からの依頼がない犬や猫は連れ出せません。かえって再会を妨げる可能性があるからです。せめてもの思いで、まとまった数の犬や猫を見かけた場所では、車をとめ、エサや水を置いてきました。

震災後の福島で保護した猫
この日は2匹の猫を保護できた

 このころ、20キロ圏内には数千匹の犬や猫が取り残されていると推計されていました。多数の動物愛護団体をはじめ、福島県などの行政も保護に奔走しましたが、保護は思うように進まなかったと聞いています。

ペットとの暮らしを取り戻せない苦悩

 組合の専従を終えて記者に復帰した後、折に触れて、被災した人とペットの身の上に起きたことを取材しました。大震災が起き、津波が押し寄せ、福島第一原発で事故が起きるなか、多くの人が「すぐに戻ってくるつもり」でペットを残し、着の身着のまま避難していました。避難所を転々とするなかで、愛犬、愛猫のことを気に掛けながらも、すぐに助けに戻ることができなかった後悔を、ペットとの暮らしを取り戻せない日々の苦悩を、聞きました。

 環境省は、このような被災経験をもとに、大規模災害時にはペットを連れて一緒に避難する、いわゆる「同行避難」の徹底を呼びかけています。

 しかし実際に避難所を設置する全国の地方自治体に、そのことが確実に浸透しているとは言えない状況が、災害が起きるたびに浮き彫りになっています。一緒に逃げてこられても、避難所では一緒に過ごせる(同伴避難)とは限らないという問題も、新たに浮上しています。

保護活動、社会で支える仕組みを

 また、東日本大震災をきっかけに大きく広まった、動物保護のボランティア活動の現状も気になります。

 震災を機に立ち上がったり活動の幅を広げたりした動物愛護団体のなかには、10年を経て、人繰りや資金繰りを続けることに「疲れ」が見え始めているところが、出てきています。他方で最近になって、ペットショップ関係者やペットショップチェーン自体が行う「保護というプロセスを経ない譲渡活動」によって、譲渡先や寄付金、ボランティアの人手などの「シェア」を奪われている様子も散見されます。

 なんらかの理由で飼い主を失った、またはもともと飼い主がいない犬や猫などを保護、譲渡する活動の持続可能性を、社会的に担保していく仕組みが、そろそろ必要ではないでしょうか。

 犬や猫にとって10年という歳月は重いです。東日本大震災を経験したものの多くは、既に世を去ったのでないでしょうか。人の営みの延長線上で、犬や猫をはじめとする数多くの動物が命を落とし、不幸な選択をせざるを得なくなった現実を、人がおぼえておかなくてはいけません。確かな記憶が、動物とのよりよい共生のあり方を模索する、原動力になるはずです。

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太田匡彦
1976年東京都生まれ。98年、東京大学文学部卒。読売新聞東京本社を経て2001年、朝日新聞社入社。経済部記者として流通業界などの取材を担当した後、AERA編集部在籍中の08年に犬の殺処分問題の取材を始めた。15年、朝日新聞のペット面「ペットとともに」(朝刊に毎月掲載)およびペット情報発信サイト「sippo」の立ち上げに携わった。著書に『犬を殺すのは誰か ペット流通の闇』『「奴隷」になった犬、そして猫』(いずれも朝日新聞出版)などがある。

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この連載について
いのちへの想像力 「家族」のことを考えよう
動物福祉や流通、法制度などペットに関する取材を続ける朝日新聞の太田匡彦記者が、ペットをめぐる問題を解説するコラムです。
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