「自宅でみとる」を支えたい 退院してもまだ終わらない愛玩動物看護師の仕事
愛玩動物看護師など動物看護職の方々にお話を聞く連載。前回に続き、愛玩動物看護師の佐藤越子さんの体験談です。長年、病院に通ってきていた犬ががんに。飼い主は、最後は自宅で過ごさせると決めます。しかし、病気の犬を自宅で世話することへの不安から、佐藤さんにたびたび電話をかけてきました。
最後は家族にみとってほしい
佐藤越子さんは、日々仕事と向き合う中で、こんな思いを強めていた。
「入院中に容体が急変し、息を引き取る瞬間に会えなくて、後悔する人をたくさん見てきました。動物が最後を迎える時、できることなら家族にみとってほしい」
そこで、「そろそろ危ないかもしれない」と感じ時には、飼い主に連絡すべきかどうか、早めに決断してほしいと、獣医師に伝えるようにしている。今電話して、すぐ来院してもらえば、間に合うかもしれない。そのチャンスを逃したくないからだ。
もしくはこんなケースもある。回復の見込みがなければ飼い主は、「入院させるより、あとは家でみとりたい」と希望することも多い。それは佐藤さんの願う「最後は家族と」をかなえる選択だが、そういう形で「退院」しても、愛玩動物看護師の仕事はそこで終わるとは限らない。
佐藤さんが勤める動物病院に通ってくるオスのポメラニアンがいた。飼い主は明るくて楽しいお母さん。ポメラニアンを大切にしており、若い頃から健康体だったが、定期的に健康チェックを受けさせていた。
つきあいが長いこともあり、佐藤さんは受付でお母さんとよく話した。
「私のことを家族のように慕ってくれて、『ずっといてね』って、毎回プレッシャーをかけてくるんです(笑)」
やがて佐藤さんは師長になり、裏方の業務が増えたため、受付に立たなくなった。
「そのため、ポメラニアンのお母さんのことも、『今日はいらしてるんだな』とたまにわかるぐらいで、あまりコミュニケーションを取れていない状態でした」
飼い主にのしかかる不安
ある時、ポメラニアンが調子を崩したため、検査すると腫瘍(しゅよう)見つかった。そこで抗がん剤治療をスタートした。お母さんと直接話すことはないものの、闘病のことはもちろん佐藤さんも知っていた。
がんの進行は早く、ポメラニアンの体調は悪化の一途をたどった。お母さんは、「あとはお家でゆっくり過ごさせてあげたい」と望んだようだ。肺への転移もあり、呼吸が苦しいことから、獣医師と話し合い、自宅に酸素テントをレンタルすることになった。
退院後、病院に電話がかかってきた。声の主はお母さんで、「佐藤さんに替わってほしい」という。
「酸素室で、あまり落ち着けていないような気がするんだけど、大丈夫かなあ?」とお母さん。
「自宅での酸素管理は、酸素濃度を上げるためにわんちゃんのいる空間をある程度密閉する必要があるので、湿度や温度が上がってしまうなど調整が難しいんです。そこで、『湿気が出ているのなら、少し部屋を冷やすか換気した方がいいですね』とお伝えしました」
その後もお母さんは、何度も佐藤さんあてに電話をかけてきた。会う機会はめっきり減っていたのに、佐藤さんとの絆はまったく揺らいでいなかったのだ。だが、ポメラニアンが良くなる魔法の言葉があるわけではなく、佐藤さんは心配事に、ただ耳を傾けることしかできない。
「オーナーさん、家で不安になるんですよね。この子は今どんな状態なんだろうとか、苦しそうだからやっぱり病院に連れて行くべきなのかなとか」
家で過ごさせることを自ら選んだけれど、医療知識のない飼い主が、がんの末期状態にある愛犬と過ごす不安は計り知れなかった。
人工呼吸器を外し、転院したい
ある日かかってきた電話の内容は、一気に深刻化していた。ポメラニアンの状態が急変し、佐藤さんの病院は夜間の受け入れを行っていないため、他の動物病院に飛び込んだという。現在ポメラニアンは、人工呼吸器につながれ、命を保っている状態だ。お母さんはこうたずねた。
「今、他の病院で入院しているんだけれど、そちらに連れて行けないかな?」
佐藤さんをはじめ、信頼できるスタッフがいるこの病院に、転院したいと希望してきたのだ。
だがそのためには、人工呼吸器を一時的に外し、病院を移動しなければならない。ポメラニアンがそれに耐えうるかどうかは、現在入院している病院の判断となる。少なくとも現時点では不可能だという。
その旨、獣医師が説明する。しかしお母さんはあきらめきれない。そしてまたも、佐藤さんと話したいと言った。
「こういう状況なんだけど、どうしたらいいかな」
「そちらの先生が、移動できると判断すれば、うちはいつでも受け入れますからね」
もちろん佐藤さんが解決できる事態ではなく、心を込めて励ますのが精いっぱいだ。
ポメラニアンは一時、少し持ち直した。そこで人工呼吸器を外してみたところ、呼吸が弱まっため、移動は断念せざるを得なかった。そんな状態が2日間ほど続き、また電話が鳴った。
「たった今、亡くなりました」
あの明るいお母さんが、泣いていた。
子犬を連れてやって来た!
しばらくして、病院には再びお母さんの姿があった。お礼のあいさつに来てくれたのだ。
「努めて明るくふるまってくださったのだと思いますが、『本当にありがとう』って、笑顔で私たちにおっしゃってくれました」
なごやかな会話を終え、病院の出入り口までお母さんを見送りに行く。
「これで、お母さんと会うのは最後なのかな」
だが、病院を出て行く最後の瞬間。しんみりした空気打ち破るかのように、お母さんから“指令”が飛んできた。
「絶対辞めんなよ!」
「は、はいーっ!」
苦しい時期を支えてくれたことへの、お母さんなりの「ありがとう」だったのだろうか。
それからほどなくして、お母さんは再び病院を訪れた。何と、あどけない、ポメラニアンの子犬を連れて。
「ワクチンを打ちに来たよ。この子、よろしくね」
となると、あの時の「辞めんなよ」は、「またお世話になるんだから」の意味だったのか? 何にせよ、佐藤さんの心はパッと明るくなった。
「動物を亡くすと、『病院イコール、悲しい思い出』になってしまい、病院に来られなくなってしまう人もいると聞きます。でもこうやって、新しい子を飼って連れて来てくれるとすごくうれしいですよね」
さて、この件でお母さんから繰り返し電話を受けた佐藤さんだが、「ほとんど話を聞くことしかできなかった」と謙虚に振り返る。
だが、不安を受け止め、聞いてくれる人こそが、あの時のお母さんには必要だったのだろう。そしてその相手は、長いつきあいのある佐藤さんでなければならなかった。自宅でのケアや過ごし方を指導し、飼い主の心を支える。末期状態にある動物とその飼い主に対し、獣医師にできることはもうないのだとしても、愛玩動物看護師にできることはある。
(次回は12月26日に公開予定です)
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