「こんにちは、はちです。僕の悩みはご飯が少ないことと背中がかけないことなんだ」(小林写函撮影)
「こんにちは、はちです。僕の悩みはご飯が少ないことと背中がかけないことなんだ」(小林写函撮影)

男子チームに芽生えた絆? ポンと頭をこづかれて、愛猫はうれしそうにニャーと鳴く

 元野良猫「はち」を家に迎えて9カ月目に入った10月初旬、はちの体重が6kgになってしまったので、本腰を入れてダイエットを始めた。

 経過は順調だった。1カ月後には体重は200g減って5.8kgになり、2カ月後には5.6kgになった。

(末尾に写真特集があります)

ダイエットが成功したのは…

 夜寝る前にじゃらし棒でしっかり遊んでやり、そのあとドライフードをたっぷり与えることで、夜明け前に、激しいご飯の催促で私を起こしに来ることもなくなった。

 はちは、「かまってちゃん」で甘えん坊の猫だ。それなのに飼い主が遊ぶことをサボっていたので、不満があったのかもしれない。相手をしてもらえて、安心して眠るのかもしれなかった。

 動きにも、俊敏さが戻ってきた。ツレアイの部屋にあるキャビネットの上に登る際、少し前はベッドを足がかりにしていたのが、一気に床から飛び乗るようになった。

「ご飯ご飯と一時はうるさかったけど、いい猫になったね」と、得意そうな様子のはちの頭をなでながらツレアイが言った。

「なんとかひとりで背中をかく方法ってないのかな」(小林写函撮影)

 はちのダイエットが順調に進んだことの裏には、ツレアイの協力があった。

厳しくしつけるツレアイ

 ツレアイは、はちがご飯を欲しがり、どんなに鳴こうが甘えてこようが、情にほだされてフードを与えることはない。それどころか「まだご飯の時間じゃないでしょ!」と厳しい顔で諭(さと)し、あまりにもしつこいと「うるさい!」と叱りつける。

 私が、鳴かれるのに根負けして、決まった時間より早めにフードを与えようとすると「くせになるから時間は守れ」と怒った。

 もっともな意見だし、私に対して怒るのはかまわない。だが、はちを叱ることに関して私は反対だった。猫を大声で叱ると人間を怖い人と思わせる原因になり、信頼関係を築けなくなるので決してやってはいけないと、ネットにも本にも書いてあったからだ。

 はちは、叱られるとビクッとして鳴くのをやめ、一目散に私の部屋のクローゼットに逃げ込む。

 一度はちが、我々のご飯に手を出したときは、ツレアイは「コラッ!」と大声を出し、脱兎のごとく走り去ったはちをこちらが止めるのも聞かずに追いかけた。クローゼットにもぐり込み、シャーシャー威嚇してくるはちを、クローゼットの扉をドンドンと叩きながら睨みつけていた。

「持ってくるならカメラじゃなくて僕用のブラシでしょ、おじちゃん」(小林写函撮影)

「猫が悪さをしたり言うことをきかないときは、床を叩くなどして遠回しに注意するか、冷静に諭すか、が適した方法らしいよ」

 と私は言った。

「でも、甘やかしちゃだめだよ」とツレアイは反論した。

 猫も、もともとは野生の動物だったのだから、強いものには従うはずだ、上となる人間が威厳を持たないと甘くみられる、というのが彼の自論だった。

 とはいえ、そんな態度だと、はちが卑屈になり、ツレアイを恐れるようにならないかと私は気が気ではなかった。

くったくのない性格のはち

 だが、そうはならなかった。

 クローゼットにもぐり込んだはちは、籠城を決め込むことはできず、1時間もすると私たちがいる部屋に現れる。そうして、ツレアイにすり寄って、彼の足に尻尾を絡めたり、顔をこすりつけたりする。

 するとツレアイは「反省したのか、まったくしょうがないな」と言いながら、はちの背中をなでざるをえなくなる。

 はちの、くったくのない性格のおかげだ。

 そんなことが繰り返されるのだが、どういうわけか、はちは私よりツレアイに親愛の情を示すようになった。

「あれ?体が軽いぞ」(小林写函撮影)

 たとえば2人でリビングにいるとき、はちは必ず先にツレアイに寄っていく。テーブルの上に乗り、前脚でちょんちょんとツレアイの腕をつつく。ツレアイは、気が向くと頭や背中をたっぷりなでてやるのだが、読書中だったりすると、つれない態度ではちを床に下ろす。

 すると、はちは今度はひざに乗る。ツレアイは、しばらくははちの好きなようにさせているが、「いいかげん重いよ、邪魔」と抱え上げ、容赦なく床にぽんと放り投げるように下ろしてしまう。

 それでも、はちは懲りない。しつこくちょっかいを出したり、膝(ひざ)によじ登ろうとし、しまいにはツレアイに怒られる。

「おばちゃんの膝に乗ったのはテーブルの食べ物が気になったからなんだ」(小林写函撮影)

 あるときは、ソファで横になって昼寝をしているツレアイの背中に、はちがぴったり寄り添っている姿を見て目を疑った。

 甘えん坊なのに、なぜか人間と一緒に寝る趣味はないらしいはちは、これまで私の睡眠中に寄り添ってくることはなかったからだ。

 ツレアイが起き上がり、立ち去ったので代わりに同じ場所に私が横になってみた。するとはちは居心地が悪そうにもぞもぞと立ちあがり、どこかへ行ってしまった。

 はちの世話をし、食費や日用品、医療費など飼育にかかる費用を払っているのは私だ。はちは、私がいなければ生きていけない。それなのに、なぜ「おじちゃん派」になるのか。

 ツレアイは「おばちゃんは家の中で一番偉い人、おじちゃんと自分は、ボスの下で飼われている同類、ってわかっているんじゃないかな」と言う。

「かまってちゃん」の猫としては、無視されるよりは怒られても相手をしてもらえるほうがうれしいのかもしれない。

 食器から床にこぼれて、棚の下に入り込んでしまったドライフードをみつけて必死で掻き出そうとしているはちを見て、ツレアイは言う。

「自動販売機の下に落ちているコインを拾うような真似しないの」

 ツレアイにポンと頭をこづかれて、はちは「ニャー」とうれしそうな声で鳴いた。

(次回は5月19日公開予定です)

【前の回】攻防戦の末にたどり着いた成功の兆し ぽっちゃりになった愛猫「はち」のダイエット

宮脇灯子
フリーランス編集ライター。出版社で料理書の編集に携わったのち、東京とパリの製菓学校でフランス菓子を学ぶ。現在は製菓やテーブルコーディネート、フラワーデザイン、ワインに関する記事の執筆、書籍の編集を手がける。東京都出身。成城大学文芸学部卒。
著書にsippo人気連載「猫はニャーとは鳴かない」を改題・加筆修正して一冊にまとめた『ハチワレ猫ぽんたと過ごした1114日』(河出書房新社)がある。

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この連載について
続・猫はニャーとは鳴かない
2018年から2年にわたり掲載された連載「猫はニャーとは鳴かない」の続編です。人生で初めて一緒に暮らした猫「ぽんた」を見送った著者は、その2カ月後に野良猫を保護し、家族に迎えます。再び始まった猫との日々をつづります。
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